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「旅人魂に薪をくべろ!」聖地フィンランド・サウナで流した汗と北欧の風。



プロフィールの趣味欄から、「旅行」の文字を消した。

「あんなに旅行ばかりしていたのに?」
友人からはそう言われるかもしれない。

まだ長くない私の人生は、常に旅行に彩られていた。

高校時代は北陸、四国、そして小笠原諸島へ。大学生時代は東南アジアを皮切りにアラスカ、トルコ、ロシアへ。
長い休みが始まる前には決まって、友人から「今度はどこに行くの?」と尋ねられた。

あの頃は目的なんて無くても、知らない街へ行くこと自体が楽しみだった。

初めて自分でルートを決めた旅は、京都から滋賀、福井、金沢を経て富山まで向かった。青春18きっぷを握りしめ、友人と二人で電車に乗り込む。時刻表を睨みながら列車の乗り継ぎと闘った。正直、不安で仕方がなかった。だからこそ、地図でしか知らない街に降り立つ興奮があった。

初の海外旅行は、タイ、ラオス、ベトナム、カンボジアを周遊した。どの街にいても、太陽が出ている間は楽しい。耳慣れない音楽、何かが腐ったような街の匂い、燃えるように鮮やかな動植物の色と五感の全てで感じる異国の空気に胸が高鳴った。だが高揚感とは裏腹に、夜が近づくにつれ心細さが襲いかかる。

無事に旅を終えることができるのか。最終日までの日数を、毎晩指折り数えてから眠りについた。帰りの飛行機に搭乗した時の達成感と安堵の気持ちは、今でも忘れられない。

しかし、旅慣れるに従って、そんな旅行の新鮮味はだんだんと薄れていく。

新鮮味とはトレーディングカードのようなもので、はじめのうちはレアカードでも歓喜していても、時間が経つとスーパーレア、ウルトラレアが出ないと興奮しないようになってしまう。しかし、レアカードが出る確率はとてつもなく低く、課金でもしない限り難しい。

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旅好きだった私に、飽きの兆候が認められたのは社会人3年目を過ぎた頃だった。

長い休暇のある学生と短い休みしか取れない社会人とでは、旅行のスタイルは変わる。社会人とはまるで水槽の中の魚のように、短い休暇期間という制約に囲まれ、自由度を奪われた中で旅行をすることを強いられる。

それを承知で旅に出ようとすれば、必然的に窮屈な旅程になったり、移動に次ぐ移動になったりすることになる。それでも時間が足りなければ、妥協して行くのを諦める場所が生じる。

そんな旅行へ出かけても、残念ながら私には全力で楽しむことができなかった。時には予定していた街を通過したり、「寺や遺跡は3つで飽きる」「ヨーロッパの旧市街はどこも同じ」などといった題目を並べて、一日何もせずに過ごすこともあった。

何をしても昔のような新鮮な気持ちには戻らない。

金は無くても、気力と体力を駆使して長距離バスを乗り継いだあの頃。その気になればどこにでも、どこまでも行けたあの頃。今は戻れない、輝かしい日々だ。水槽の中から、広い海を泳いでいた頃を懐かしむ。


「楽しめない旅行になんて、さっさと終わらせて帰ったほうがいいんじゃないか。」
訪れたかったはずの旅先で、いつしかそんな自問を繰り返すようになった。


そんな私の旅行観をがらりと変えたのは、一つの本から始まった旅行だった。


サウナ旅は冬のコミケから始まった。

2017年12月31日。
私の旅は、東京ビッグサイトから始まった。

年末のビッグサイトといえば、日本最大、いや、世界最大規模の同人誌即売会、コミックマーケットの会場である。年末の聖戦に足を運ばなければ、気分よく年を越すことが出来ない。

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コミケというと、いかがわしい本が売られていると思う方もいるかもしれない。しかし、それは大きな誤解である。

同人誌とは、同人(同好の士)が私費を出して製作した書籍のことである。一括りに同人誌に表現される分野は無限といってもいいほど幅広い。二次創作はもとよりオリジナルのマンガや小説を売っている人もいる。文房具や発泡酒のレビュー、人気ラジオの文字起こし、歴史考証、円周率の本なんてものもある。また、コミケで売られているものは文章だけではなく、写真集、アクセサリー、自作CDなどを売っている人もいる。

サッカー関係でいえば、ユニフォームを着用している売り子も目につく。アウェイ遠征記や、スタジアムグルメを自宅で再現する本まで販売されている。目の付け所が面白すぎて、思わず買ってしまった。


お目当ての本なんてなくても、ぶらついているだけでおもしろい。
しかし、ただぶらついているだけでは年を越すことは出来ない。

コミケにおける至高の喜び。それは、自分の魂を震わす本との邂逅である。

2017年12月31日。私は一冊の本に出会った。

そして、その本は私の人生を大きく狂わせていった——。


その本こそが、saunasというフィンランドのサウナ旅行記だ。


突然だが、私がメインパーソナリティを勤めているラジオ「OWL FM」はご存知だろうか。OWL magazineの公式ラジオと謳いつつ、サッカー以外の様々なテーマのフリートークばかり話している。もしまだ聴いたことのない方は、この記事を機にぜひラジオも併せて聴いてみて欲しい。ぜひ。


おっと失礼。そもそも自己紹介をしていなかった。

私の名前はキャプテンさかまき。OWL magazineのラジオ放送、OWL FMのメイン放送OWL FMのパーソナリティにして、東京武蔵野シティFCとコーラ、そしてあるものを愛する男だ。

OWL magazineに興味を持ったきっかけは、中村慎太郎さんの記事にあった、「過去のサッカー遠征を振り返る記事には価値がある」という言葉だ。これに強く共感し、自分の経験をここで披露したいと思い門を叩いた。それからどれくらい時間が経ったか、気づけばラジオパーソナリティとなった。

そんなラジオの多岐にわたるフリートークの中でもひときわ熱を入れて話しているテーマ、それがサウナだ。何を隠そう、私は生粋のサウナー。サウナが大好きなのだ。

ラジオのコラボ配信機能を使って、サウナの魅力を紹介した放送は特に自信作だ。私と同じくサウナ好きの中村慎太郎さんとサウナの魅力を滔々と語ったところ、配信に参加していたつじーさんを一人前のサウナ好きに変貌させてしまったほどだ。その様子は、ぜひその耳で聞いてみて欲しい。


そんな私とサウナと出会い。それは、札幌雪まつりに訪れた時のこと……。

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ふらりと訪れたスーパー銭湯で、ロウリュという熱波が送られてくるサービスを経験してしまった。

熱い……。もの凄く……、熱い。皮膚が焦げそうになる。しかし、その焦げるような感覚が私の魂に火をつけてしまった。

宿泊施設にはお金をかけないというポリシーを持っていたのだが、そんな価値観は燃え尽きて跡形もなくなった。これ以降、私は旅をする際にサウナ付きの宿泊施設だけを選ぶようになった。

火がついたサウナ熱は、鎮まらない。

時は流れ、サウナ好きの友人に紹介された池袋のサウナでのこと。ここのロウリュは相当な高温が売りのようだ。

サウナストーンに大量の水が注がれる。

……

サウナを舐めていた。熱いを通り越し、痛い。灼熱地獄だ。まさに生き地獄の様相で、熱波が両肩に降り注ぐ。

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身の危険を感じるほどの熱さに耐えきれず、脱兎のごとく退出した私を待っていたもの、それは、これまた地獄のように大量の氷の浮かんだ水風呂であった。

サウナの後の水風呂は気持ち良い、という知識は頭にあった。しかし、どうしても水風呂の冷たさには抵抗がある。それも、目の前にあるのは氷水だ。私はつけ麺じゃない。バラエティ番組だったら罰ゲームだ。それに自分から入るなんて、自殺行為じゃないか。

しかし、この日は身体が冷却を求めていた。桶に掬った水で汗を落とし一気に入水する。熱を持った身体が急速に冷え、ゾクゾクとした感覚がする。

これが水風呂の醍醐味なのか……


真っ赤に熱された魂が、冷えた水風呂でもうもうと水蒸気を放っている。爆発寸前だ。

サウナ、水風呂と極限状態に晒された身体を休めるために横になる。目を瞑ると、星が瞬いている。まるで宇宙のような、曼荼羅のような映像が投影され、どこかへ引き込まれるような感覚に襲われる。五感は研ぎ澄まされ、水の音が鮮明に聞こえる。

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※画像はイメージです

サウナ好きの間では、この言語化できない快感を「ととのい」と呼ぶらしい。

地獄から一転、天にも昇る心地良さ。まさに、トリップだ。物理的に日常から非日常へ移動するのが旅であると定義するなら、サウナは精神世界の移動だ。サウナ、水風呂、そして「ととのい」体験を経てサウナの虜となったのだ。



そんな私にとって、サウナ発祥の地フィンランドに目が向くのも、至極当然のことだった。


しかし、憧れはあってもなかなか渡航は実現しない。フィンランドのサウナの情報は、当時それほど多くはなかったのだ。

書店に並ぶ市販の北欧旅行ガイドはファンシーな装丁で、とても男の一人旅向けではなさそうだ。ページを開けば北欧家具、イッタラのグラスにマリメッコ、ムーミンに教会。インスタ映えしそうな可愛らしい写真が並ぶ。もちろんサウナの情報はごくわずか。

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情報無しで現地に向かい、自分の足で探すしかないのだろうか。そう思っていたタイミングで、偶然にもこのサウナ本に巡り合ってしまったのだ。この表紙を見た時の興奮は今でも忘れられない。

一体、どんなサウナがあるんだろうか……

購入した本を読み終えると、居ても立ってもいられず夏休みの航空券を予約した。


衝撃!フィンランドの混浴サウナ!

モスクワ経由で降り立った夏のヘルシンキは夜9時を回っていたというのに、まだ夕方くらいの明るさであった。

しかし明るさとは裏腹に、空港から電車で市街地まで出ると街中へ降り立つと既にに人は疎らで、治安の良い国とはいっても初めて訪れる街の夜は少々心細い。

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路面電車に乗ってなんとかホステルにたどり着き、夕食もそこそこにサウナ情報を調べる。 せっかくならサウナ付きのホテルにすればよかったが、北欧の物価は高い。コーラもビールもファーストフードも、日本の1.5倍の価格は当たり前で、少しでも宿代を節約しなければならない。

調べた限り、朝から営業しているサウナは少ない。しかし、調べてみると1件だけ、土曜日に限り朝営業をしているサウナがあるらしい。幸運にも明日は土曜日。この施設をこの旅1つ目のサウナと決める。


休日の朝は爽やかな快晴で、絶好のサウナ日和だ。大都市とはいえど、朝の街は人通りも少なく散歩するにはちょうど良い。目指すは中心街を抜けた先、港湾部に立つ、アーティスティックな建造物。この建物こそが、私のフィンランド初サウナだ。

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ぱっと見はおよそサウナ施設には見えず、予備知識がなければカフェやアトリエと勘違いするかもしれない。
実は本場フィンランドでも日本の銭湯のように公衆サウナは下火気味らしく、最近は新たな人気発掘のためこのようなおしゃれな施設がこぞって建てられているらしい。

店名はフィンランド語で熱波を意味するロウリュ(loyly)。そう、日本で私を狂わせたあのロウリュと同じ名前だ。建物の屋上は広場になっていて、ヘルシンキマダム達が朝のヨガに勤しんでいる。

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気合十分、開店と同時に入店する。内装は脱衣所もシャワーも、モノクロとウッディな装飾でおしゃれそのもの。さすが北欧といったところだ。


しかし本質はそこではない。設備がいくら綺麗でも、サウナが物足りなければ合格点は与えられない。水着に着替えていざ参らん!

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勇み足で向かう私は、この後二度驚かされることになる。

一つ目の驚きはサウナの外観。なんと壁がガラス張りなのだ。水着を着用しているから恥ずかしさはないし、朝の柔らかな日差しが差し込んで、なんとも明るい雰囲気は良い意味でサウナらしくない。残念ながら写真を撮れるような場所ではないので、ホームページでぜひ外観を見て欲しい。


開店すぐだからか、部屋は熱し切っていないようだった。周りに声を掛けてサウナストーンに水をくべる。すると水がストーンに触れた瞬間に音を立てて水蒸気に変わり、体感気温が上昇する。汗が一気に吹き出すのだ。これだ、これ。私の渇望していたものは。

そして二つ目の、この旅最大の驚きは、暑さに耐えているときに到来した。先ほどまで外でヨガをしていた水着姿のヘルシンキマダムが大挙してサウナに入ってきたのだ!

そう、この施設は混浴だったのだ!

 だから水着着用必須だったのか……ヨガからのサウナ、なんという健康的な土曜日の朝なんだろう。サウナで全身の血行が良くなればヨガの効果も上がりそうだ……しかし、水着着用とはいえ、こう明るいと目のやり場にも困る。

こんな時は瞑想だ。煩悩を取り払え!

……

………


「熱い!さすがに限界だ!」

 心頭滅却しても汗は出るもので、サウナに入って10分ほどすると熱さに耐えきれなくなる。サウナ室の扉を開けて外に出ると、シャワーには目もくれず一目散に屋外のテラスへ。その向こうには海が広がる。そう、このサウナは海に面しており、水風呂がわりに海に入れるのだ。

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 まるで広いプールにでも入るように階段伝いに海へ入ると、火照った身体が一気に冷まされる。残念ながら日本の水風呂と比べれば、夏の海は水温も高く水質も特段良いわけでは無い。しかし、どこまでも広がる海に浮かぶ爽快感はそれを補って余りある。

 水から上がると、心地よい海水が身体から熱を奪う。椅子に座って目を瞑ると、遠くで聞きなれない言葉が聞こえてきて、まるで異国のラジオを聴いているようで不思議と耳心地が良い。朝から入るサウナは格別だ。辛い仕事や、飛行機移動の疲れも融けて消えてしまうようだった。


 休息を終えて目を開けると、にわかに人が増えて賑やかになっている。土曜日ということもあって、観光客だけでなく地元の利用者も多いようだ。

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 サウナ→水風呂→外気浴の1セットを終えると、2セット目はこの施設もう一つのサウナへ向かう。こちらはフィンランドの伝統的なサウナを模しており、ほとんど明かりが無く薄暗い。熱源が薪ストーブだからか、木の燃える匂いがする。

 ほとんど手探り状態で恐る恐る奥に入り席に座ると、横の男に話しかけられた。どうやら男はメキシコからの旅行者らしい。

「メキシコにもサウナはあるのかい?」

 そんな私の質問に、彼は当然とでも言いたげに「メキシコにもあるさ。火山帯で蒸気が吹き出しているところにテントに張ってサウナにしているんだ」と答える。

 言われてみれば納得だ。日本でも風呂とは元々蒸風呂のことを指す言葉だったはず。入浴文化は日本だけでなく古代ローマやイギリスにも存在しているのだから、ヨーロッパから遠く離れた土地でも、サウナ文化が発達していて不思議ではない。

 サウナによって、メキシコへの新たな興味が湧いた瞬間だった。サウナの中のほんの短い交流。お互いほとんど顔は見えなかったが、共通の趣味が心を繋いだ瞬間だった。


フィンランドのサウナと日本の銭湯の共通点

翌日も快晴。北欧のイメージとはかけ離れた30℃近い夏日だ。
こんな日はサウナ日和であり、そして絶好のスポーツ観戦日和でもある。

海外サッカーに疎いこともあって馴染みのないフィンランドリーグの試合日程を確認すると、幸運なことに昼過ぎからヘルシンキ近郊の街で1部リーグの試合が開催されるらしい。地下鉄に乗って郊外まで足を伸ばす。

観戦したカードは、FC Honka対HJKヘルシンキ。ヨーロッパサッカーに疎い私にとって、ほとんど何の前情報もないチーム同士の対戦だったが、どの国で見ても、どのカテゴリでも、生で見るサッカーは面白い。

この試合の詳細については、フィンランドサッカー観戦記としてまた別の機会に紹介しようと思う。

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試合が終わってヘルシンキの市街地へと戻った頃にはもう夕方。しかし、北欧の夏は日が長く、ディナータイムになっても夕日の出番は訪れない。

歩き回って足はへとへと。1日の疲れを癒すには、やはりサウナしかないだろう。

 

向かったのはクルットゥーリ(Kulttuuri)という名前のサウナ。見た感じは昔ながらの施設という外観だが、2013年にできた新しい施設らしい。店の外では休憩をしているのか、多くの人が芝生や階段に座っている。

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話によると、このサウナはフィンランド人の建築家と日本人のデザイナーが設計し、経営しているのだという。

クルットゥーリとはフィンランド語で文化という意味で、サウナに人が集まることでコミュニティができてほしいというコンセプトで作られたという。そのコンセプト通り、店内にはテーブルや椅子がたくさん用意されていて、時折ワークショップなども開催されているらしい。

日本でも個人宅への浴室普及とともに銭湯の数は激減している。一方で、近年のサウナブームや銭湯を取り上げるマンガやテレビ番組の増加など、若者を中心に見直されている一面もある。おしゃれに改装されたり、カフェやコワーキングスペースを併設した銭湯なんて変わり種の店もある。

フィンランド同様、日本でも個人主義志向の高まりの反動として、人が集まる場としての銭湯の役割が見直されているのではないだろうか。


さて、サウナの紹介に戻ろう。ここのサウナは良い意味でストイックだ。男女別で裸で入るのは日本と変わらないが、ホームページを見ると「独りで来店してほしい」との文字が。サウナに会話は不要。自分と向き合えとでも言わんばかりのストロングスタイル。そしてフィンランドでは珍しく、アルコール類の持ち込みも禁止だ。

服を脱いで、サウナへ入る。
屋内は狭くて暗く、小さく開けられた窓からの光だけが頼りだ。

サウナに入ると、全裸の男たちが黙々と汗を流している。ほとんど無音だ。ストーブに置かれた石の音だけが時折聞こえてくる。フィンランドのシャイなお国柄なのか、熱さに耐えているのか、店のルールを遵守しているのか、ほとんどに誰も口を開くことなく熱さと対峙している。

部屋の温度が下がれば、申し合わせる訳でもなく誰かがサウナストーンに水をかける。一見の観光客を歓迎するでも、排除するでもない雰囲気が気兼ねなくて心地よい。

私の横にちょこんと座っていたのは小さな男の子。まだ小学生くらいだというのに、じっと座っている。自分が子供の頃は、サウナに入ってすぐに熱い熱いと騒いでいただろう。それに比べてこの子の場慣れした様子。これが本場育ちなのだろうか。

部屋が狭いからか、熱しやすく冷めやすいところはあったものの、今日もいい汗をかいた。水風呂はなく、柄杓で水を頭に掛けてクールダウン。

休憩スペースは屋外にあって、海からの風が気持ち良い。せわしない大都市の中で、ここだけ時間がゆっくりと進んでいるようだった。


湖畔のサウナでととのい体験

フィンランド3日目は、満を辞して今回の旅で最も楽しみにしている場所へと向かう。

クーシャルヴィ(Kuusijärvi)雑誌で読んだ中で、私の心を最も震わせた国立公園の湖畔に佇むサウナ。ロケーションだけでも素晴らしいが、どうやらサウナの温度も高く、相当気持ちが良いらしい。

その素晴らしさは有名らしく、かの旅行ガイド、「地球の歩き方」にも掲載されていた。そのせいかヘルシンキ駅前のバス停では日本人旅行者に「湖畔にあるサウナへ行きたいんですけど、このバス停で合ってますか?」と尋ねられた。

旅行者は50歳近い年齢だったが、若々しい風貌だった。ヨーロッパ旅行は学生時代以来で、せっかくフィンランドへ来たなら本場のサウナに入りたいと街の観光案内所に聞いたところ、ここを案内されたのだという。90年代のヘルシンキは市街地も薄暗い雰囲気で、久々に訪れた街の変貌に目を丸くしたらしい。

ヘルシンキ駅前からバスに揺られて40分ほどの場所に国立公園はある。近場の観光地として人気なのか、平日にも関わらず日光浴に水浴びとレジャーを楽しむ人で混雑している。サウナはその一角、丸太小屋のような風貌だ。

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サウナの前には、先客たちがベンチで談笑している。ここは男女別だが、公園内だからか水着着用が必要らしい。簡易な脱衣所で着替えると、早速サウナへ入る。

お待ちかねのサウナはスモーク式で、くべられた薪の燃える匂いが心地よい。まるで自分が燻製になったみたいだ。そして前評判通り、ここのサウナはとてつもなく熱い。床も壁も熱くなっていて、お尻に板を敷かないと座ることも難しい。温度計はないが、100℃近くあるだろう。上段の席は熱くてすぐに耐えられなくなってしまうほどだ。


明らかに、汗の出方が違う……。
汗腺が開き、タオルで拭いても拭いても汗が吹き出てくる。

窓の外には、青空の下はしゃぎ回る子供の姿。こんな良い天気に、どうして私は薄暗い部屋の中でじっとしているのだろうか。あまりにも大きなコントラストに笑えてきてしまう。

窓の向こうをよく見ると、遠くに小さな小屋がもう一つ見える。聞くところによると、向こうのサウナはここよりもさらに熱く、相当上級者向けらしい。もはや拷問だ。


入室して10分も経過せず、身体から「外に出ろ!このままじゃ熱くて死ぬぞ!」という警告が聞こえてくる。我慢してもっと入っていたいという気持ちはあるが、身体は正直だ。


全身に熱波を浴びた身体で外に飛び出すと、

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そこは、

最高のロケーション。

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鬱蒼とした湖畔の木々が途切れた場所に、湖へとまっすぐに続く一本の桟橋が伸びる。

まるで、天国に向かう滑走路のよう。湖水は燦き、汗を流して身軽になった身体は、翼が生えて飛んでいけるのではないかとさえ錯覚してしまう。


助走をつけて、桟橋の端から湖に飛び込む。思いっきりジャンプしたのなんて、いつ以来だろうか。水しぶきをあげて入水したら一心不乱にクロールだ。湖は広く、泳いでも泳いでも向こう岸にはたどり着かない。

くるりと身体を反転させて今度は背泳ぎの姿勢になると、バタ足を止めて浮かんでみる。夏の太陽が全てを眩しく照らしている。冬は雪に閉ざされる北欧の、ほんの短い貴重な夏。欧米人がサマーバケーションを長く取るのも頷ける。

 ふと後ろを見ると、同じバスでやってきたあの旅行者が歓声を上げている。その顔は、まるで子供のよう。誰もが童心に返ったように水浴びを楽しんでいる。水の音や風の音に混じって、遠くで子供達のはしゃぐ声。ノイズで溢れる東京とは大違いだ。

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湖から上がり、身体に付いた水滴も拭うことなくベンチでサウナと水浴びの余韻に浸る。恍惚にも似た気持ち良さは、きっと血流が良くなっただけではないだろう。ストレスという軛から解き放たれた開放感。まさに身も心も生まれ変わったような心地だ。


こんな充実した気持ちになった旅行は久しぶりだ。旅先での体験は、何にも代えがたい。そんな当たり前のことを、サウナは思い出させてくれた。

旅行の新鮮味を失わせていたのは他でも無い、自分自身だったのだ。


そしてこの旅は、旅の目的を明確にして出かけることの契機にもなった。

どうして旅に飽きてしまったのか。それは、旅を趣味の一つだと捉えていたからだろう。

しかし、見方を変えればサウナでも、サッカーでも、山登りでも、何かの目的のために出かければそれは全てが旅行へと繋がる。求めるものが違えば同じ行き先でも旅行のスタイルは無限に広がり、その度に新鮮な気持ちにさせられる。まるでやり尽くしていたゲームの裏ステージを見つけたように、世界は輝いて見える。

旅行は趣味の枠から飛び出し、昇華した。
だから、趣味の欄にわざわざ旅行なんて書かなくてもいい。

凍りついていた旅行に対する気持ちは溶け切って、情熱が自分の中でまたふつふつと湧き出してくるのを感じる。まるでサウナストーンから出る蒸気のように、猛烈な熱を帯びて噴き出してくる。

この先、旅に飽きることはもうないだろう。
そう確信し、2セット目のサウナへ向かった。

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キャプテンさかまきの所信表明

最後に、私の所信表明をしたい。OWL magazineは旅とサッカーのウェブ雑誌だが、私の記事のテーマはずばり「サッカー遠征×〇〇」だ。

もしあなたがサッカーだけしか楽しんでいないならば、残念ながら遠征の魅力の半分も享受できていない。遠征の魅力をより引き出すには、様々な引き出しが必要だ。

サッカーに詳しいライターはこの世界に数多いるだろう。しかし、他の分野まで手が回る人間はごく僅かだろう。そこでさかまきの出番だ
自慢ではないが、引き出しの多さには絶対の自信がある。趣味欄がサウナ、スポーツ観戦、トライアスロン、登山、音楽(メタルとテクノに、ロックとフォークも少々)なんて人間を、自分の他に聞いたことがない。

応援している東京武蔵野シティFCのチームの試合を見に行くついでに、他の趣味も組み合わせて楽しむ記事を通じてJFLの、いや地域の魅力を発信したい。

そんなコンセプトに、OWL magazineはぴったりだと思う。メンバーも個性的で、記事のスタイルもまちまち。サッカーに対する捉え方もそれぞれだが、そんな仲間が融合することで面白いマガジンが成立している。旅だけでも、サッカーだけでもない。たくさんの目的をごちゃ混ぜにする旅行こそが面白い。そんなマガジンに、新たな風を吹かせていきたい。

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スポーツと旅を通じて人の繋がりが生まれ、人の繋がりによって、新たな旅が生まれていきます。旅を消費するのではなく旅によって価値を生み出していくことを目指したマガジンです。 毎月15〜20本の記事を更新しています。寄稿も随時受け付けています。

サポーターはあくまでも応援者であり、言ってしまえばサッカー界の脇役といえます。しかしながら、スポーツツーリズムという文脈においては、サポー…

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