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緊迫するイスラエル情勢 ~ 米国の中東回帰

イスラエルは28日、戦車などの地上部隊がガザ地区に入り、作戦の第2段階に移行したと発表しました。
 
ハマスは、未だ米国人を含む230人を人質にし、イスラエルはハマスの壊滅を目指しており、事態は長期化の様相を呈しています。
 
今回は、イスラエルと米国の視点から書いてみたいと思います。
 
1 本格侵攻のタイミングは
イスラエル軍による本格侵攻には、イスラエル地上軍の準備、イランが支援するテロ組織の参戦、米軍の態勢構築の3点が影響します。
 
(1) イスラエル地上軍の準備
イスラエル軍による人質奪還を難しくさせているのが、ハマスの地下要塞です。ハマスは総延長500kmとも言われる地下トンネルに潜伏しているとみられ、これまでにない困難な任務に直面しています。 

ハマスの地下トンネル網(bbc.com)

加えて、ハマスのカッサム旅団は約2万人と見積もられており、無計画のまま侵攻すれば、イスラエル軍にも多数の死傷者が発生することになります。
 
(2) イランが支援する武装集団の本格参戦
2つ目が、ヒズボラやホーシー派など、イランが支援する武装集団の参戦です。
 
ヒズボラとは既に交戦が散発しており、イエメンのホーシー派からは、長射程のミサイル/無人機による攻撃事案が生起しています(紅海にあった米海軍のミサイル駆逐艦がこれを迎撃)。

イエメンからの攻撃事案

イスラエルは、ガザでの人質奪還に注力しつつ、背後からの攻撃にも警戒する必要があります。
 
(3) 米軍の態勢構築
そのため、最大の支援国である米国による軍事支援が重要になります
 
軍事支援とは、米軍の直接介入ということではなく、武器弾薬の補給のほか、情報提供を受けたり、武装集団とその親玉であるイランを米軍がけん制することにあります。
 
米軍は、既にこの地域への米兵、戦闘機及び防空ミサイルの追加配備を決定しています。

U.S. Military Facilities in the Middle East Region

一方、洋上には空母ジェラルド・R・フォードがイスラエル沖に展開中のほか、強襲揚陸艦バターンがペルシャ湾からイエメン沖に回航し、米東岸のから出港した空母ドワイト・D・アイゼンハワーが、昨日、ジブラルタル海峡を通って地中海に入りました。

中東地域で活動する米空母と強襲揚陸艦

アイゼンハワーは当初、フォードと合流する予定でしたが、今後、スエズ運河を通ってアラビア海で行動することになります。
 
これにより、イスラエル沖のフォードがハマスを、バターンがイエメンのホーシー派を、アイゼンハワーがイランをけん制する態勢が整います。
 
アイゼンハワーがアラビア海に到着した時が、イスラエル軍による本格侵攻のタイミングとなるでしょう。

2 懸念される米国の中東回帰
このように、米軍の大規模な中東展開は既に始まっています。
 
現時点では、アジア太平洋地域から兵力を振り向けるには至っていないようですが、長期化して事態が更に悪化すれば、米国が中東に回帰する可能性も否定できません。
 
(1) フォードの交代艦は 
例えば、フォードは出港から既に半年が経過しており、イスラエル沖での活動期間は、長くてもせいぜいあと2か月程度でしょう。そうなると、交代の空母を派遣しなければなりません。
  
米海軍は、艦隊即応計画(OFRP)に則り空母を運用しており、通常、出港から7か月を標準活動期間としていますが、各艦の取り回しをみていると、次はどの空母になるのか、大方の見当はつきます。

現在、米東岸に配備されている空母のうち、ジョージ・H・W・ブッシュ及びハリー・S・トルーマンは長期行動から帰還したばかりで、ジョン・C・ステニスは核燃料交換(RCOH)のため2025年まで非可動状態にあることから、次の候補に上がるのはジョージ・ワシントンになります。
 
ただし、このジョージ・ワシントンは来年、横須賀に配備中のロナルド・レーガンと交代する計画なので、フォードと交代して中東で数か月オペレーションするとなった場合、レーガンとの交代時期に影響する可能性があります。
 
(2) 加速する中国の野望
米国の中東回帰は、中国にとり東アジアのパワーバランスを覆す好機と映ります。東アジアでの活動は、より一層、挑戦的なものになっていくでしょう。
 
それを裏付けるかのように、台湾国防部は26日、中国の国産空母1番艦「山東」がバシー海峡を通過して西太平洋に入ったと発表しました。

空母「山東」の西太平洋展開は3度目で、今回も訓練のための太平洋展開とみられますが、中国は、台湾併合という野望を果たすために着々と軍事力を高めています。
 
米国防省が19日に発表した「中国の軍事力に関する年次報告書」(China Military Power Report)では、中国の動向を次のように語っています。
 
● 中国は、2049年までに「中華民族の偉大なる復興」を目指し、絶え間ない挑戦(Pacing Challenge)を続けている
● その目的は、既存の国際秩序を覆し、中国の政治体制に都合の良い国際秩序に作り変えることである
● 核戦力は増強し続け、2030年までに1,000発を超え、2035年に1,500発に至る見通し 
 
問題は、中国の核戦力を縛る条約は何もなく、米露間の新戦略兵器削減条約(新START)が上限としている1550発に、中国が近づいている状況を看過していることです。
 
加えて、米国が旧ソ連と結んだ中距離核全廃条約(INF条約)のため、中距離核戦力をアジア地域に持たない一方、中国だけが中距離核の脅威を向上させている非対称性も地域の安保環境を不安定にさせています。 
 
米国は、急速に変化するこうした状況に、効果的に対応できていないのが実情なのです。
 
(3) 瓦解し始めたパクス・アメリカーナ
下図は、世界規模の米統合軍の担当区域を示したものです。

Unified Combatant Command

戦後の国際秩序は、いわば上図のような米国による世界規模のスーパーパワーの下で作られてきました。
 
現在、ウクライナやイスラエルでの紛争を通じて私たちが見ているものは、パクス・アメリカーナが音を立てて崩れ始めているという現実なのです。
 
米国は、2015年にオバマが「世界の警察官から降りる」と言って、2021年には中東戦争を終わらせてアフガンから撤退しました。米国は内向きになって厭戦気分が蔓延し、武力行使にとても慎重になっています。

英国が中東にイスラエルを作ったあと、その管理を国連に丸投げしたように、欧米諸国は一定の仕組みを作り上げたあと、気分次第で責任を放棄する傾向にあることを忘れてはなりません。
 
長年、米国主導の国際秩序を快く思わなかった中国をはじめとするロシア、イラン、北朝鮮及びテロ組織などの反米枢軸は、この状況を見透かしていて、自分たちに都合の良い新たな国際秩序に作り替える好機と捉えているのです。
 
(4) 彼らにとり都合の良い国際秩序とは
彼ら、とりわけ中国にとり都合の良い国際秩序とは、究極的には国際社会を中国共産党の意のままに従わせることであり、いわば各国が中国の皇帝にひれ伏す現代版・冊封体制に他なりません。
 
その言葉を変えたものが、「債務の罠」が疑われる「一帯一路」であり、世界各地に伸びる触手には警戒すべきでしょう。

シーレーンの要衝を押さえた中国(NHK)

主権侵害には実力をもって抵抗する意思を示さなければ、あっという間に冊封体制、つまり、中国に朝貢をして皇帝にひれ伏し、日本の国家元首が倭(卑しくて小さい)国王と呼ばれる世界に組み込まれてしまいます。
 
冊封によって、中国による侵略を免れたとしても、そのような状態が果たして真の独立国家と言えるでしょうか。
 
(5) 次の火種はどこか
こうしてみると、次の火種はアジア地域で燃え上がってもおかしくありません。中でも、最も懸念されるのは台湾有事です。

もちろん、尖閣諸島や、未だ休戦状態にある朝鮮半島かもしれません。或いは、南シナ海を巡る中国と東南アジア諸国の可能性もあるでしょう。
 
インドとパキスタンも対立しており、ミャンマーは軍に政権を奪われたままです。
 
米軍が撤退したアフガニスタンは、未だタリバンの支配下にあり、長期的には、再び反米テロの温床になる可能性も残されています。
 
いずれにせよ、イスラエル情勢の悪化は尖閣諸島や台湾を巡る情勢の緊迫化にも関係しており、日本は今、最も警戒すべき時期に差し掛かっていると思います。
 
(6) ユダヤ系が中東回帰を後押し
2011年、オバマ政権はアジア回帰(pivot to Asia)、アジア太平洋リバランスを政策方針として打ち出し、その10年後の2021年に9.11から20年続いた対テロ戦争を終わらせて、台頭する中国を抑止するためアジア太平洋地域に戦力を振り向けようとしてきました。

米国が対テロ戦争で中東に縛られた20年の間に、中国は着々と軍事力を増強し、2022年の米国家防衛戦略(NDS)では、宿敵ロシアを差し置いて中国を「最も重要な戦略的競争相手」と定義しています。 
 
他方で、米国は2020年にアブラハム合意を取り付け(前回記事を参照)、翌2021年には大統領命でイスラエルを欧州軍(EUCOM)から中央軍(CENTCOM)の担当区域(先述の米統合軍・担当区域を参照)に移管しました。
 
これらは、米国内のユダヤ系ロビー団体の意向が反映されたものであり、彼らの存在が、今後、米国を中東に回帰させる原動力になり得ることを示唆しています。
 
結果、米国は欧州軍がウクライナ支援を通じてロシアとの代理戦争を戦う一方で、今度は中央軍がイスラエル支援を通じてイランとの代理戦争に突入することになるでしょう。

US proxy war with Iran (reuters.com)

おわりに
米国が、代理戦争を通じて守ろうとしているものは、戦後、米国のスーパーパワーの下で作られてきた「既存の国際秩序」です。
 
引き続き、この「既存の国際秩序」を堅持していくのか、それとも、現代版・冊封体制のような「新たな国際秩序」への移行を看過するのか。
 
世界は今、その分岐点に差し掛かっているのです。