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メグレシリーズ短編「ポールマルシェ大通りの事件」「死刑」「ピガール通り」「メグレの失敗」 紹介と感想


ポールマルシェ大通りの事件(1936)

あらすじ
26歳のルイーズ・ヴォワヴァンという女が、ジギタリス中毒で死んだ。
家には他に、夫のフェルディナンと18歳になるルイーズの妹・ニコルが暮らしていた。
フェルディナンとニコルは愛人関係にあり、ルイーズは二人の関係を嫉妬し、四六時中二人の様子から目を離していなかったのだ。
メグレは、二人を司法警察へ呼び、ニコルへの尋問を続けていた。
朝から尋問を続け忍耐の限界が見えて来たメグレだが、二人への尋問を通して真相を見つけ出す。

紹介と感想
長編最後の真相が明かされる尋問シーンのみで構成されたような物語でした。
異常な空気の中で暮らす三人の関係の中から、メグレは不幸にして起きた死の真相を解き明かします。

二人の行動を四六時中見張り続け、夜は妹がベッドに居るか確かめるために顔を触りに来るルイーズは、中々良いキャラクターですが、物語の分量が短い事もあり、あっさり風味に終わっています。

 メグレは顔を紅潮させ、目をぎらぎら光らせていた。今にも怒りを爆発させたいような気配だった。
「いいか……」とメグレは声を低めて、囁くようにいった。
「もし今夜じゅうにこの事件を解決できなかったら、おれは事件から手をひくよ……わかってくれるだろう、え……おれはもう、これ以上あの部屋にいることに我慢がならないんだ……」

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『メグレ夫人の恋人』グーテンベルク21, 2006
「ポールマルシェ大通りの事件」より ニコルと部屋にいることが我慢できなくなっているメグレ

死刑(1936)

あらすじ
メグレは、叔父のドゥールモン伯爵を殺したのはジョアン・ドゥールモンであると確信していた。しかし、事件には証拠が一つもなかった。
メグレはジョアンと恋人のソニアが行くところには何処までも付いていき、ジョアンがベルギーへ帰る旅にも同行した。
一人の人間の首をかけた精神戦は、ベルギーへと舞台を移す。

紹介と感想
ページ数は短めですが、メグレ対ジョアンの精神の削り合いに焦点を絞っているため、メグレ短編の中でも満足度の高い一編になっています。

果たして、この物語にはどのようなオチが付くのか、この精神の削り合いはどうなってしまうのかという緊張感で一気に読ませてしまいます。
短編ならではの作品としてお勧めです。

 実際にはメグレはなにも知っていなかった! メグレは《感じていた》。事件を確信していた。自分が間違っていないことを名誉にかけて誓いもしただろう。しかし、頭のなかでなん度も事件をひっくりかえしてみても、パリの運転手や、とくに競馬場の人々をいくら尋問してみても、結局何もつかめなかった。

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『メグレ夫人の恋人』グーテンベルク21, 2006
「死刑」より 真相は感じているのに何も掴むことができないメグレの様子

ピガール通り(1936)

あらすじ
昨夜一騒動があったと密告があり、メグレはレストラン『マリナ』へ来ていた。
『マリナ』の正面にあるバーでは、ニース野郎とペピト野郎がこちらを見張っていた。
『マリナ』は、昔メグレと関りがあったが今は真面目になったリシュアンが開いており、他にも顔見知りが数人いた。
メグレは、リラックスしながら皆に声をかけていき、表向きは普通のレストランのような空気が流れていた。
しかし、その間もメグレの頭の中では、何が起こったのかを考え続けていたのだ。

紹介と感想
物語は全編『マリナ』の店内で進行し、メグレが関係者と穏やかに話続けることで事件の全貌を理解していきます。

メグレ自身が振り返っているように、密告と偶然によって早期に解決となった事件でした。
特筆するような部分はありませんが、短い中にも余裕が感じられるため読後の印象は悪くないです。

常連の集まるレストラン、もちろんあまりきれいではないが、寒い朝には感じの悪くない店。
 しかしその考えも、メグレが突然コート掛けにあるラクダの毛皮のオーバーを見つけ、そばに行き、ポケットに手を突っ込んでアメリカ製の棍棒をあっさり引き出すのを見れば、ついで人のよさそうな口調でこう言うのを聞けば、変わってしまうにちがいない。
「おい、クリスティアニ……相変わらず私をなぐった棍棒を持っているのか?」

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『メグレの退職旅行』グーテンベルク21, 2006
「ピガール通り」より 『マリナ』の雰囲気と現実

メグレの失敗(1937)

あらすじ
サン・ドニ通りの事件を引き受けてから怒りが収まらないメグレ。
ユージェーヌ・ラブリという人間が営んでいる特殊本屋で、店員だったエミリエンヌという若い女性が毒を飲んで死んだのだ。
メグレは、卑劣な小悪党であるラブリを殴りたくてたまらなかった。
そんな気持ちを抑えながら、彼はラブリの経営する本屋へと足を運ぶ。

紹介と感想
ひたすらにラブリに怒りを覚えるメグレの姿が描かれますが、これも直観力に優れたメグレなりの気付きがあったからかもしれません。
最後にメグレが直感した事件の真相は、確かにラブリを殴りたくなっても仕方のないものでした。

短編らしいネタを、変に複雑にすることなくストレートに描いており、中々面白い話しでした。

 メグレはこう口にせずにはいられなかった。「考えれば考えるほど、なぐりつけたくなる!」

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『メグレ夫人の恋人』グーテンベルク21, 2006
「メグレの失敗」より ラブリの話している声を聞きながら怒りを感じるメグレ

メグレ警視シリーズ短編総括

今回読了分でメグレシリーズの短編11本を全て読んだことになります。
メグレシリーズ全体で見ると、短編の枠は僅かであり、その全てが第2期メグレの中に納まっています。

第2期中短編全体に対する流れや素晴らしい考察は瀬名さんの『シムノンを読む』に詳しいので、ぜひ読んでみて下さい。

個人的には、記憶に引っかからず暫くしたら忘れてしまいそうなあっさり短編と、短編の尺だから描けたメグレの空気が感じられる物語の2つにハッキリ分けられるという感じがしました。

もちろん、後者の物語の方が満足感の高いものになっていました。
出来の良い長編や中編には適いませんが、読んで損のない作品もあるので、メグレに興味がある人はぜひ読んでみて下さい。

ベスト5を挙げると、

①街中の男(1940)
②死刑(1936)
③メグレの失敗(1937)
④ピガール通り(1936)
⑤月曜日の男(1936)

になり、①②は特にお勧め作品となります。


メグレシリーズ 既読作品リスト

現時点での読了リストを自分用のメモとして書いておきます。
☆がお気に入り、〇がお気に入りには後一歩だけど良いと思った作品です。
全て現時点での評価になります。

長編
〇03.サン・フォリアン寺院の首吊人(1930)
 06.黄色い犬(1931)
☆07.メグレと深夜の十字路(1931)
☆09.男の首(1931)
 14.サン・フィアクル殺人事件(1932)

☆21.メグレと超高級ホテルの地階(1942)
☆25.メグレと奇妙な女中の謎(1944)

☆29.メグレと殺人者たち(1947)
☆35.メグレと老婦人(1950)
☆36.モンマルトルのメグレ(1950)
☆38.メグレと消えた死体(1951)
☆39.メグレと生死不明の男(1952)
☆41.メグレとベンチの男(1952)
〇42.メグレの途中下車(1953)
☆44.メグレと田舎教師(1953)
☆45.メグレと若い女の死(1954)
☆46.メグレと政府高官(1954)
☆47.メグレ罠を張る(1955)
〇48.メグレと首なし死体(1955)
☆53.メグレと口の固い証人たち(1958)
 62.メグレと幽霊(1964)
☆63.メグレたてつく(1964)
〇64.メグレと宝石泥棒(1965)
〇72.メグレと老婦人の謎(1970)
 73.メグレとひとりぼっちの男(1971)

中短編
 01.首吊り船(1936)
 02.ポールマルシェ大通りの事件(1936)
 03.開いた窓(1936)
 04.月曜日の男(1936)
 05.停車──五十一分間(1936)
☆06.死刑(1936)
 07.蠟のしずく(1936)
〇08.ピガール通り(1936)
☆09.メグレの失敗(1937)

〇12.メグレと溺死人の宿(1938)
☆14.ホテル“北極星” (1938)
〇17.メグレと消えたミニアチュア(1938)
〇19.メグレとグラン・カフェの常連(1938)

 20.愚かな取引(1939)
☆21.街中の男(1940)

☆24.メグレと無愛想な刑事(1946)
☆25.児童聖歌隊員の証言(1946)
〇26.世界一ねばった客(1946)
〇27.誰も哀れな男を殺しはしない(1946)
☆28.メグレ警視のクリスマス(1950)


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