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【七転び八起きの六転び目③】

【七転び八起き】マガジン

 これほどまでに散々な結果のために多額の旅費をかけて、1年間練習してきたと思うと、過剰なほどの自信にヒビがはいることもあるだろう。メンタルが強いわけではない、傷が目立たない程度に傷だらけなだけ。

 タクちゃんがお店に加わることが決まり、その流れで初めてのイタリア大会に出場してみることも決めた。タクちゃんは毎年イタリア大会に出場していたので、逆に初めてのラスベガス大会に挑むことに。
 意気揚々としていた。人生の歯車みたいなのがガチっと噛み合った音が聞こえた気がしたから。
 これはもしかしたらすごいことになるんじゃないかって期待に胸が膨らんだ。胸が膨らむとか胸が弾むって表現は素敵だけどよくよく想像してみるとなんだか不思議だよね。

 その年のラスベガス大会の出場者は何が起きたのかいつもの6分の1程度しかいなかった。そんなことがあるのかとビックリしたけど、明らかに流れがきていた……チャンスだ。
 ラスベガスの大会はまずその年のチャンピオンを決めて、優勝経験者たちはその後に優勝経験者同士で競い合うマスターズ部門から登場する。イタリアでチャンピオンになっているタクちゃんはマスターズ部門からのエントリーとなる。
 自分はまず予選で3位以内に入ってファイナリストになることを目指す。ファイナルで優勝してその年のチャンピオンになるとそのままマスターズ部門に進むから、2日間で3度同じパフォーマンスをする可能性もある頭のおかしいなぞのシステムだ。
 予選の出場者が少なかったことで胸が高鳴った。いよいよファイナルのステージ、いわゆる2日目に出場する時が来たかと。その先の可能性まで想像しながらウォーミングアップをしていると、地元のテレビ局から取材されたりもした。
 「あなたが今年のチャンピオンだ」
 お世辞なのか社交辞令なのか本気なのか分からなかったけど、レポーターのそんな言葉にもいちいち反応して意識があっちこっちに向いてしまう。期待感が緊張感を超えてしまったような感じで、あまり良くない状態だった。適度な緊張感というよりは、軽い興奮状態というやつ。
 そして運命のステージへ。ありえないぐらいに序盤から生地を落としまくり、掴み損ねキメ損ね、終盤までテンションが持たないぐらいの失敗を重ねた。

 そして見事に結果は最下位だった。

 あまりにも酷い内容だったから何が悪かったかとか反省する余地もなく、ただただ項垂れた。ステージを下りてから膝を抱え体育座りしてたかもしれない。気持ちはそんな風だった。
 次の日のファイナルは呆然としたまま眺めていたからあまり覚えていない。千載一遇というやつを逃した気分で。
 そしてマスターズ部門。タクちゃんは圧倒的な技術を披露したにも関わらず点数が伸びずに最下位に沈んだ。
 あれはたぶん、全く異質で異次元なジャンルとクオリティのパフォーマンスが急に飛び込んできたから、ジャッジもどうして良いのか分からなかったんだと思う。
 歴代のチャンピオンたちでさえ『なんだあれは?』って表情でタクちゃんのパフォーマンスを見ていたからね。
 ただ、初めてのステージでリハもないから、強烈なスポットライトに邪魔されてやりづらそうにパフォーマンスしていたのは確かだ。

 意気揚々と乗り込んで、2人揃って膝を抱えて丸くなる。たまにはそんな日もあるとして、なにも今日じゃなくてもって思ったよ、しかも遠くアメリカのラスベガスでね。

 ところでこれはいつの話だったかな。

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