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71歳だけど、フィレンツェ留学やってみた

観光バスから降りてフィレンツェのサンタマリア・ノベッラ駅に入ろうとしたとき、何かを感じた。スーッとした心地よい気配、”気”というのだろか。この駅に来たのは初めてなのに、生を受けて以来つながりがあるような。
特にイタリアに興味があったわけでもなかったけど、一度は行っておこうと、周遊ツアーに申し込んだ。オフシーズンで格安だった。このツアーがその後8回も、イタリア通いするきっかけになろうとは思いもよらなかった。

フィレンツェに惹かれる気持ちは帰国後もただならず、翌月には仙台駅前の語学学校に入学、イタリア人講師からイタリア語を習い始めた。よわい71歳。だけど本気でイタリア語を学ぶのなら、イタリアに行かなければと。さっそくフィレンツェの語学学校に3週間の留学を申し込んだ。

7月5日: フィレンツェ着。
留学中の宿は学校の紹介によるホームスティで、家主はアンナマリアさん。
年齢不詳。私よりちょっと上か。

中央の建物、二階の正面右から二つ目の窓が私の部屋

駅前の学校まではバス通学。バスの切符は宿の向かいにあるタバッキで買う。タバッキというのは雑貨屋兼カフェバーで、2階の窓から眺めていると、朝な夕なに男たちが集まって一杯飲みながら店の前でおしゃべりをしている。

私の部屋 涼しい風が入ってきて、快適

7月10日: 学校での私のクラスは11人でスタート。遅れず休まず毎日通うのは私一人だけで、全員そろったのは、この日が最初にして最後。
クラスの最年少はドイツ人の女子高生、チャルロとレオニエ。最年長はメキシコの女弁護士チェチリアの29歳・・・ではなくて私71歳。国籍は他にトルコ、コロンビア、スペイン、ブラジル、京都のリカ。
 
7月12日: 授業開始の午後1時15分に集まった生徒は3人だけ。先生は構わず時間になると始める。ドイツ人の女子高生チャルロとレオニエの2人は、食べかけの果物を最後まで食べ続ける。質問されるときちんと答える。器用なものだ。

先生のウンベルトは陽気だ。授業中は常に音を絞ったBGMが流れている。今日はカンツォーネ特集だ。ババロッティの朗々たる歌声が響くと、ウンベルトは我慢できなくなって、歌い始めた。最後は両手を振りまわして、絶唱。かなりいい声をしている。教師より歌手の方が向いている。

7月13日: 女子高生の果物食いがエスカレートしてきた。今日はスイカを二つ割りしたものをそれぞれ持ってきて、スプーンを使って食べ始めた。ウンベルトが入ってきたとき、一瞬ひるむ様子を示したが結局完食した。
彼女たちの肌が抜けるように透明で、きれいなのは果物のおかげだろう。
 

月16日: 今日はサプライズの日だった。教室に入ったらチャルロとレオニエが、私の机の上に何やらしつらえていた。お菓子を重ねてロウソクを数本立てたもの。今日は私の誕生日なのだ。みんなでイタリア語のハッピー
バースディを、歌ってくれた。    
みんなの笑顔がうれしかった。

私の肩に手をかけて、支配下に置いているのがゼイネブ

7月17日: 私の隣の席はトルコのゼイネブ24歳。ファッション・デザイナーだが、今日はすごい。おへそにピアスを付けてきた。
昨日休んだので、宿題がわからないのは当然だけど、私のノートを引ったくって見る。この子はいつもそうだ。
私が答えを書いていると、頭を突っ込んでくる。近すぎてドキドキ。安心しきっているのは、私が仙人にしか見えないからか。

  外食をするときは宿の女主人に断って。まだ会話が成立せず、メモで

7月20日: チャルロとレオニエは今日で卒業だと言う。チャルロは”チュウヘイ”と言って手を差し伸べてきた。握手をしたり(私の場合)、リカとはハグやキスをしたり。たった2週間とはいえ異郷の地、リカには涙まじりの別れだった。
イタリア語でサヨウナラはアリベデルチ。「また会いましょう」という意味。
孫のような世代の魅力的な若者たち。私たちに「また」は無いかもしれないが、貴重な出会いだった。
 
7月21日: トスカーナの銘醸地、キャンティのワイナリーを訪問しようと、終点でバスを降りると、かなりいい雰囲気。ちいさな市場があっていろいろ売っている。
ワゴン車で豚1頭の丸焼きを削ってパニーノにして売っている。食べたい。
しかしせっかく来たのだから、ちゃんとしたところで、ワイン付きの食事をして、それからワイン畑を歩き回ろう。

豚の丸焼き パニーノにして食べる

町の裏手に出たら、エノテカ(ワイン蔵)という看板がある。薄暗いビルの地下に降りたら、そこがパラダイス。ワインの展示と試飲コーナーがあった。広大なスペースに、トスカーナのすべての種類のワイン、数百本が並んでいる。

ワインを選んで、カードを入れるとグラス一杯のワインが


円筒形の自動販売機が10本立っていて、ワインを選んで、カードを入れるとグラス一杯のワインがほとんどが2~5ユーロくらい。とりあえず、20ユーロのカードを買って品定めしていたら、なんとトスカーナの至宝サッシカイアが。さらにカードを追加して、最初の1杯。サッシカイア、至福のひととき。
アレコレ試飲したが、仕上げのグラッパ(ぶどうの搾りかすで作った蒸留酒40度)が効いた。帰りのバスでは乗ったとたんに轟沈。目が覚めたらフィレンツェの象徴・アルノ川をわたるところだった。

7月23日: フィレンツェはもつ煮込みが名物。代表的なものはトリッパとランプレドットかな。トリッパは牛の第2胃、ハチノス。ランプレドットは牛の第4胃の煮込み。学校から大聖堂までの路地にはもつ煮込みを出す屋台がたくさんある。         

共和国広場にて 私の通学スタイル

きょうはリカ達と4人で、ランブレドットのパニーノで昼食。もつ煮込みをパンに挟んだだけのパニーノは安くて、おいしいB級グルメです。食べるところは図書館。文化遺産的な建築物で、深閑として人影がほとんど見当たらない。3階の広いテラスで、彼女たちはパニーノ、私はプラスチックのコップで白ワインを飲みながら、ランブレドットを。塩味がきいておいしかった。手が届きそうな目の前に大聖堂の大きな屋根が広がり、世界遺産に囲まれた昼食。

7月24日: ゼイネプが私のTシャツの袖を引っ張って、何か叫んだ。トルコ語か。聞き返したら「ナイス!」と言った。メキシコのチェチリアも、すごく美しい!欲しい!と。

バスキアのTシャツ

すると私のTシャツをじっと見つめていたリカが「バスキアだわ」と。「ジャン・ミシェル・バスキア、27歳で死んだ私の好きなポップ・アーチスト。最近ユニクロが提携したと聞いたけど」。さすが、コシノ・ヒロコのもとで修行したモードのプロだけのことはある。これはユニクロで買ったもの。バスキアのにぎやかで楽しいデザイン。

 

7月28日: 世界各地から来た若者たちと一緒に過ごし、共感し、一緒に笑って3週間を過ごした。やさしく、思いやりのこもった笑顔で接してくれた若者たち。私も、もしかしたら変われるかも。

花の都フィレンツェ。また逢う日まで。

(帰りはローマ経由で:2013.7.31:成田着)

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