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旅行記 ー極楽が見たくて恐山へー

私は10年以上前から全国一の宮や寺をぼちぼちと巡っている。
車を持っていないから、バスや電車の時刻表とにらめっこ。便数の少ないエリアをどうやって訪れるか、計画を立てる過程も楽しい。
2019年秋のテーマは「恐山」。東北旅行のメインイベントとして2日目の朝、盛岡から下北半島を目指した。盛岡の福田パンでコッペパンを買い込むことも忘れずに。
昼頃下北駅にたどり着き、恐山行きのバスに乗り込む。バスからすでに硫黄のにおいが漂う。レトロなバスにぎしぎし揺られながら恐山を目指す。
・・・すでにおっかない。

恐山に行ってみたかった理由は、写真で見た極楽浜を一度この目で見てみたいと思ったから。そして日本三大霊山の一つで「あの世に一番近いところ」といわれていたから。あの世に近いってどんな感覚なんだろう。一度泊まって、恐山を感じてみたいと思った。

恐山菩提寺総門。人影まばら。

恐山菩提寺は、目の前に宇曽利山(うそりやま)湖という強酸性のカルデラ湖が広がる。敷地内はあちこちから火山性ガスが噴き出し、周囲は硫黄臭で充満している。
敷地内の宿坊吉祥閣に荷物を預け、敷地内を散策した。

岩場から火山ガスが常時噴き出し、色んな名のついた地獄が点在する。

地獄を連想させる岩場を抜けると、宇曽利山湖が眼下に広がる。

地獄から極楽に向かう感覚。
宇曽利山湖の極楽浜。コバルトブルーの水面が広がる。

この日は雲の流れが速く、曇ったり晴れたり目まぐるしく景色が移りゆく。人が少ないのもあるが、風と波の音以外の音が聞こえない。鳥の声もほとんど聞こえない。
どこの湖でも見かける水草や水鳥がいない。強酸性の湖から命の気配を感じない。
静寂の中、コバルトブルーの水面に白い砂浜、遠くに見える山が私を包み込む。背後には地獄の岩々。
この世の生命たちから切り離されたような、奇妙な感覚だった。美しく、静かで穏やかな空間。これが極楽か。なるほど。

湖畔を歩きながら、亡くなった家族や友人、医師としてお看取りした人たちや、流産で失った子たちのことを思い出す。彼らはあの世で楽しく過ごしているのかな。
彼らとのやり取りを思い返し、あの時こうしてあげたら良かったなとか、こんなこと言われて嬉しかったな、私は頑張っているよ、とか。静かな時間が流れるなか、色々な想いが頭をよぎる。

ベンチに腰を掛けて、野菜サンドをほおばる。シャキシャキとした野菜がとてもおいしかったが、食べるという営みがここでは何だか場違いのように思えた。

晩は宿坊に一泊。建物はきれいで精進料理もおいしく、星空がとてもきれいだった。
一点注意が必要だったのが、硫黄対策。アクセサリーや電子製品の扱いには気を使った。部屋にテレビはなく、本を読みながら静かな時間を過ごすことができた。
晩は眠りが浅かったのか、夢を立て続けに見た。あの世から誰かに訴えかけられているような、不思議な感覚だった。すこしおっかなかったけど。

翌朝、極楽浜の夜明け。
朝の極楽浜を独り占め。

朝のお勤めでは「死者を思い出すのが何よりの供養」という言葉が身に染みた。そうね、彼らを忘れないでおこうと心にとめた。

あの世に近い場所、恐山。
命を終えた人々を近くに感じられる場所だった。
亡くなった人たちをゆっくり想い返す。こういう時間は大事だなあと思いながら、朝10時過ぎ発のバスで恐山を後にした。

その後電車で弘前に向かったのだが、到着したホテルで初めて自分と持ち物全てから硫黄臭が漂っていることに気づいた。臭いは数日とれなかった。
あちゃー、道中の電車で周囲の人に迷惑をかけたかも。

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