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私のお酒との付き合い方

私はお酒が好きだ。
正確には、私の心をリラックスさせてくれるお酒が好きだ。
ビールがとても好きだったが、50歳を迎え冷たい飲み物で身体が冷えやすくなり、ワインなどに切り替えている。

医師という仕事は、とかく神経を使う。
病や障がい、老いを受け入れられない患者さんから、怒りや悲しみをしばしばぶつけられる。
苦悩する患者さん達の話は長い。聞くのは嫌ではないのだが、聞き終わった後にどっと疲れている自分を自覚する。
いわゆる「感情労働」は精神的体力を要する。

また仕事の性質上、時間を問わず患者さんから体調を崩したと連絡が入る。
自分の仕事を優先しようにも、臨時の依頼がしょっちゅう入りマイペースで仕事ができない。
オンコールの晩は、いつ電話が来てもすぐに出動できるようにしておかないといけないので、家にいてもあまりリラックスはできない。
仕事中は常に瞬時の判断を求められ、常時気が張り詰めている。
精神的ストレスが大きいせいか、医師の平均寿命は70歳前後で短命というデータもあるらしい。

仕事を終えて自宅に戻った私の心はまだ「戦闘状態」。
トラブルがあった日は余計に気が立っている。
「戦闘状態」のスイッチを早く切りたいと、私はお酒を飲む。
部屋から空を見上げつつ、ビールを傾ける。
ほろ苦い液体が喉を流れ「ああ、今日も頑張った。」とため息一つ。
心の緊張がほどけていく。
心をリラックスさせる儀式だ。
日が暮れる空を、空港へ向かう飛行機が次々に飛んでいく。
様々な目的であちこちを目指す旅人たち。
色んな人生を運ぶ飛行機を眺めつつ、ぼんやり過ごす。

日が暮れていく空を眺めていると、心が空っぽになる。
夕焼けに照らされる飛行機

医師である私は、飲酒しない方が身体に良いことは百も承知。
身体の健康は保たれても、心が健やかでないと人生は暗いものになる。
心の健康を保つため、心の緊張をほぐしリラックスするために、私はお酒を飲む。
お酒に飲まれることのないよう、お酒に支配されることがないように、お酒以外でストレス発散できるよう工夫もしている。

私の父はお酒が大好きだった。
仕事後にビールを飲み、「ああ、うまい。」とご満悦だった父を思い出す。
今、父と同じ仕事をしている私。あの時の父の気持ちが痛いほどわかる。
開業医だった父は、患者さんの話を夜遅くまで聞いていた。
家族より患者さんたちと過ごす時間が長かった父。
患者さんから受け取った「心の苦悩」を、お酒で洗い流していたのだろう。
私が医師になり、先輩だった父と酒を酌み交わせたのは数年間。
彼は70代で認知症になり、コロナ禍が始まって間もなく天に帰った。
彼ともっと飲みに行けば良かったと悔やまれる。
私を育ててくれたお礼に、おいしいお酒をご馳走したかったな。

別れた夫もお酒が好きだった。
お酒の強さが私と同等だったので、お金が無かった学生の頃からよく飲みに行った。
京都で、北陸で、海外で、実にいろんなところで飲んだ。
色々苦労があったから、愚痴を言ったり励まし合ったり。
あれだけ飲みに行ったのに、今となっては何を話したかほとんど覚えていない。
東京に移り徐々に関係は悪化し、東京で彼と飲んだお酒は苦い思い出となっている。

今私は東京で一人、空を見上げながらのんびりビールを飲んでいる。
医療従事者は2020年初めからコロナ禍に巻き込まれ、家族以外との飲み会を禁じられた。
2023年にコロナが2類から5類感染症となり、最近になってようやく堂々と飲みに行けるようになった。
コロナが始まり4年。医療現場もようやくコロナという闇が明けつつある。
来年は4年間会えなかった友人たちを誘い、飲みに行こう。
4年の間に積もり積もった話をおみやげに。

コロナよ、さようなら。来たる2024年に乾杯。