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タフな鳥たちと、弱化するヒト

私は野鳥観察が趣味だ。
普段医師としてヒトを相手にしていると、病気や老い、貧困、孤独などの悩み・苦しみにしばしば出くわす。
そういったヒトの暗い部分ばかり診ているせいか、休日はヒトの世界から逃れるように自然に触れたくなる。

東京の野鳥は幾分人馴れしているが、彼らの世界は野生そのもの。
生き残れるか、食うか食われるか、子孫を残せるか。
日々攻防が繰り広げられている。
鳥に老いや貧困の悩みはない。
老いて飛べなくなれば、捕食者に捕らえられ命を終える。
飛ぶために体が軽い分、常にエネルギーを補給する必要がある彼ら。
お金の概念がないから、食べ物を買ったり蓄えることはできない。
身一つで、時には仲間と一緒に食べ物を探している。
ある意味、ヒトが持つ「老い」や「お金」の問題は贅沢ともいえる。

そうやって必死に生きている鳥たちを見ていると、彼らがとてもタフだと感じる。
ヒトは、ヒトが作り上げた環境に守られてぬくぬく生きているけれど、身一つで放り出された瞬間、自然を前に弱い生物になり下がる。
お金が価値を失い、電気やネットが通じない世界においては、ヒトは不便になるばかりか今のように食べ物にありつけず、寒さや暑さから身を守るのも容易ではない。
サバイバル能力という点で、鳥を含む野生動物に劣る。
冬眠に向けて食料探しに血眼になっている熊たちが目の前に現れでもしない限り、ヒトは自分の弱さに気づかない。

普段は群れずに一人で狩りをするモズ@新宿御苑

世界のあちこちで起こる災害や戦争。
これらをきっかけに、ヒトは便利で快適な生活を瞬時に失う。
空気のように当たり前に使える電気やお金。現代の人間の豊かな生活はこの2つが無いと成立しないが、私たちはそれを忘れがちだ。

現代はさらにIT化が進み、人間はどんどん電気を使用するサービスやスマホに依存し、体も頭も動かさない生物となりつつある。
畑を耕し野菜を作る農業。海に出て魚を捕る漁業。肉となる生き物を育てる畜産業。モノや人を運ぶドライバー達。それに社会的弱者を支えている介護福祉業界。
どれも人が生きていくのに必要なのに、就労人口減少や高齢化、低収入にあえいでいる。
人間が生きていくうえで本質的に必要な産業がなおざりにされ、キラキラと輝いて見えるIT業界や金融業界に若者がどんどん就職している。

木の洞にドングリを集め冬に備えるヤマガラ@新宿御苑

そんな現代に私はちょっぴり違和感を感じている。
本質的にヒトが生きるとはどういうことなのか。
なぜヒトは生きるのか。
金を増やすためなのか。
ゲームやアプリを作るためなのか。
金儲けを優先するあまり、ヒトは「なぜ生きるか」を見失ってはいないか。

私は、昔の原始時代に戻れと言っているのではない。
ヒトは生きるために食べ、他人と交流し助け合い、子孫を残し、命を終える。
命の営みを支える産業がもっと尊重されるべきと思うのだ。
食料を輸入に頼り、自給率の低い日本。
戦争になれば途端に輸入はストップ。食料が不足し貧しい国になる。
また、ケアする人がさらに減れば、高齢者は介護が必要になった瞬間に見捨てられる。
お金で何でも解決できる時代は長くは続かない。
経済に重点を置くのではなく、もっとヒトの人生に焦点を当てて皆が働き、助け合える世界になってほしいと思う。
輸入に頼らずとも、国で食がまかなえるように。
孤立する人のいない、皆が心を通わせ合う温かい社会に。

皆で仲良く朝食@水元公園

私は今医師として働いているが、「半農半医」の生活に憧れる。
野鳥に囲まれながら畑を耕し、大地の恵みをいただく。
そして時々医者をする。
四季の移ろいを愛で、薪ストーブの火を眺めながら夜を過ごす。
東京ではかなわない夢を、リタイア後にでも始めてみたいな。
そのためには、虫嫌いをまず克服しないと。