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1889年を生きた人々③ 坂本鶴井

坂本鶴井の悲劇は、時を超えて「追い風」になる

 どんな人生も、悲しい出来事と無縁ではいられません。ある人は悲しみを乗り越えて、またある人は胸の深く奥底にしまいこんで、その先の人生を歩み続けます。なんて、言葉にすれば一瞬ですが、その超克の時間の、なんと長いことか。
『追い風ヨーソロ!』は喜劇ですが、物語は坂本鶴井という女性の悲劇から始まります。もしかすると今作は、ひとつの深い悲劇を、時代を超えて乗り越えていく、喜劇に昇華させる物語なのかもしれません。

その死から『追い風ヨーソロ!』の物語は始まる



 坂本鶴井は前回、紹介した髙松習吉の妻。坂本龍馬の兄である権平の孫であり、鶴井の夫となることで習吉は坂本の家督を継承します。坂本家の女性といえば、もっとも有名なのは龍馬の姉(権平の妹)の乙女でしょうか。ハチキンどころか、その巨躯もあって、「お仁王さま」の異名もあったという乙女。ちなみに乙女は三女で、長女が髙松太郎、習吉の母である千鶴です。龍馬にとっては最初の剣術の師匠だったともいう乙女ですが、坂本家の女性で乙女だけがハチキンだったのでしょうか。「お仁王さま」の影に隠れてしまっただけで、千鶴もハチキン、次女の栄もハチキン、長男の権平の娘である春猪もハチキン、その長女の鶴井も次女の兎美もハチキン、全員そろってシジュウハチキン。いかんせん、資料が残ってないものですから、なんの根拠もないんですけど、なんかそんな気がしてしまう。なので、今作の鶴井はハチキンという設定になっています。

 高知県の南に広がるのは黒潮の流れる雄大な太平洋。鶴井も、そんな海が大好き。そして1889年(明治22年)の夏。鶴井は、妹の兎美とともに、その大好きだった海に消えます。
 場所は種崎。高知市の観光名所として有名な「月の名所」桂浜から浦戸大橋を渡ると、そこが種崎です。今作では、海に消えた鶴井は、やがて沖を流れる黒潮に乗り、安田村(現在の安田町)の唐浜に流れ着きます。そこを通りかかったのが、四国八十八ヶ所の二十七番札所、安田村の竹林山神峯寺を目指していた遍路の男でした。かすかに息を吹き返した鶴井は、遍路の男に何かをつぶやきます。そんな鶴井の登場シーンは一瞬。1分にも満たない短いシーンになっています。その一瞬に全身全霊をかけて演じたのが我妻美緒。カメラマンの中村総一郎も渾身の撮影で我妻の表情を受け止めました。昔風の言葉で、映画のポスターから拝借すると、「刮目せよ!」です。 

波打ち際に佇む鶴井(演=我妻美緒)。劇中には無いカット



 ちなみに、鶴井は妹の兎美とともに高知市内にある坂本家墓所に眠っています。その隣の墓が髙松太郎こと坂本直のもの。夫の習吉こと坂本直寛は、のちに北海道へ渡っています。かつて叔父の坂本龍馬が開拓の志を持ち、兄の太郎が転戦した北海道。北見や浦臼の開拓に尽力した習吉はキリスト教の伝道にもつとめ、札幌で没しました。札幌市内には、キリスト教式で建てられた直寛の墓所があります。

 ところで、現在のシーンでは鶴井と同じ顔をした五島梨香が登場します。梨香は北海道の出身で、小さい頃は北見や浦臼を転々としていたとか。習吉と同じ顔の豊永勇次からは「ゴリ子」なんて呼ばれちゃってますが、ゴリラではなく、川魚のゴリであれば、高知の隠れた名物で、唐揚げにすれば最高の酒肴。日本酒もいいけど、やっぱり夏ならビールがいいかな。

ビーチを満喫する鶴井のオフショット。劇中にこんなカットは無い


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『追い風ヨーソロ!』

【出演者】
大野仁志 我妻美緒 山川竜也 八洲承子 愛海鏡馬 豆電球

【上映日時】
2023年6月24日(土)~6月30日(金) 毎日13時~・19時~
各回、出演者による舞台挨拶・トークショーあり。

【木戸銭】
大人/1,500円 中学生・高校生/1,300円 小学生/1,000円

【会場】
大心劇場
〒781-6427 高知県安芸郡安田町内京坊992-1
http://wwwc.pikara.ne.jp/mamedenkyu/

【あらすじ】
1889年、安田村。唐浜では通りすがったお遍路の男に看取られながら、ひとりの女が息を引きとった。そして安田川のほとりでは安田村を離れていた兄弟が偶然の再会を果たしていた。その前に父の仇だと刀をかまえる女が現れた……。

時は流れて現在、安田町。かつての安田村にいた面々と同じ顔をした者たちが集ってくる。他人の空似か、あるいは前世か。交錯する過去との因縁。時を超えて、彼らを包むように風が吹く。

全編高知・安田ロケ、上映は大心劇場による地産地消映画がここに誕生!


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