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WSBKのレブリミット規制を振り返る その2

 今回は各社の参戦車両に適用されたレブリミットの推移について取り上げていきたいと思います。
 今年の開幕時点で各社に適用されたレブリミットは以下のとおりです。

  • ドゥカティ 16,100rpm

  • ホンダ 15,600rpm

  • BMW 15,500rpm

  • ヤマハ 15,200rpm

  • カワサキ 15,100rpm

 これらの数値がどのような理由で決められたのか、メーカー(車種)毎に追っていきましょう。

ドゥカティ

 ドゥカティはレブリミット規制が導入された2018年までは2気筒1,200ccのパニガーレRで参戦していましたが、レブリミット規制の導入2年目の2019年に伝統の2気筒から転向、V型4気筒のパニガーレV4Rを投入します。今季ドゥカティに適用されているレブリミット、16,100rpmはこの時に適用されたレブリミットに由来するものです。
 前回の最後にも触れましたが、新規ホモロゲーション取得車両のレブリミットの設定方法はレギュレーションに定められており、2022年までは市販車両をダイナモメーターで計測し、「最高出力発生時の回転数+1,100rpm」又は「3速と4速のレブリミットの平均の103%」のいずれか低い方、に基づいて設定されました。パニガーレV4Rに適用されたレブリミットは16,350rpmで、前者に基づいて設定されたであろう事が伺えます。これは恐らく、レブリミット規制導入以前に遡ってもWSBK参戦車両で過去最高のレブリミットでしょう。
 パニガーレV4Rに適用されたレブリミットがここまで高い回転数なのは単純な話で、パニガーレV4Rが従来の市販車の常識をはるかに上回る超高回転型エンジンを搭載しているために他なりません。市販車の性能を元にレース参戦車両のレブリミットが決められるため、市販車の時点で超高回転型のエンジンならレース車両のレブリミットも自ずと高いものになるのです。
 2019年型パニガーレV4Rの市販スペックは、最高出力221ps/15,250rpmです。適用されたレブリミットは16,350rpmですから、前述の「最高出力発生時の回転数+1,100rpm」によってレブリミットが設定されたことが伺えます。当時他社の1000ccスーパースポーツ車両が最高出力200ps~207ps、最高出力発生回転数が13,500rpm程度でしたから、パニガーレV4Rがどれだけ破格の性能だったかがおわかりいただけるのではないでしょうか。ちなみに、市販状態の2019年型パニガーレV4Rのレブリミットは5速までは15,500rpm、6速では16,500rpmで、6速の数値はWSBK参戦車両よりもさらに高く、990cc時代末期のMotoGP車両にも匹敵するものです。
 市販車の時点でこれだけの高性能なのですから、パニガーレV4Rはレースでも猛威を振るいました。特にこの年MotoGPから転向したアルバロ・バウティスタとの相性は抜群で、開幕からぶっちぎりの独走優勝を重ねていきます。これに対しFIMは性能調整を適用、第4戦アッセン以降250rpm減じられ、16,100rpmになりました。以後、パニガーレV4Rにはこの回転数が適用され続けます。
 ドゥカティは2023年にパニガーレV4Rをモデルチェンジ、カタログスペックは218ps/15,500rpmとなりました。実車の性能がカタログスペック通りであれば適用されるレブリミットは従来よりも高くなるはずですが、そうはなりませんでした。これは前年、2022年10月にレギュレーションが改定されたためと考えられます。このレギュレーション改定で新規ホモロゲーション取得車両のレブリミットの設定方法が、「最高出力発生時の回転数+700rpm」又は「最高出力後最高出力の90%発生時の回転数+3%」のいずれか低い方、に変更され、従来のレブリミットを引き続き使用することも選択可能になりました。この新しい設定方法では16,100rpmを上回れなかったのかもしれません。
 レブリミットは据え置きとなったものの、新型パニガーレV4Rはさらに戦闘力が向上しており、2023年シーズンは終始バウティスタが圧倒、途中2度の性能調整により計500rpmが減じられましたが、この性能調整は2024年シーズンには引き継がれていません。これについては過去の記事で触れたとおりです。
 レブリミットについては今でもネットで「ドゥカティが優遇されている」という書き込みを目にしますが、ドゥカティは決して優遇されているわけではありません。ただ、レブリミット規制が結果的にドゥカティに有利に働いたであろう事は否定できないでしょう。

ホンダ

 ホンダは2018年開幕時に14,300rpmが適用され、同年第7戦ブルノ以降性能調整により14,550prmに、翌2019年にも第4戦アッセンから性能調整により500rpm増の15,050rpmが適用されました。
 ホンダは2020年、ワークス参戦再開と同時に参戦車両をフルモデルチェンジ、エンジン車体共新設計のCBR1000RR-Rを投入します。市販スペックは214ps/14,500rpmで、適用されたレブリミットは15,600rpmでした。以後、この値が2024年まで引き継がれています。ホンダは2022年、2024年にもそれぞれモデルチェンジをしており、特に2024年のモデルチェンジではエンジンにもかなりの変更が加えられ、スペックも214ps/14,000rpmに変わりましたが、レブリミットは変更さていません。

BMW

 BMWは2019年にフルモデルチェンジしたS1000RRを引っ提げてワークス参戦を再開します。この新型S1000RRの市販スペックは207ps/13,500rpm、適用されたレブリミットは14,900rpmでした。BMWは2021年にS1000RRの上位車両M1000RRを投入、エンジンに軽量ピストンとチタンコンロッドを組み込むなどの改良で市販スペックは212ps/14,500rpmに向上、適用されたレブリミットは15,500rpmでした。以後今季(2024年)に至るまでこの値が引き継がれています。BMWは2023年にもM1000RRをモデルチェンジしていますが、エンジンは特に変更されなかったためレブリミットも変更されていません。

ヤマハ

 今季ヤマハのYZF-R1に適用されている15,200rpmの元になっているのは2018年、レブリミット規制導入初年に適用されていた14,700rpmです。
 ヤマハは2020年にYZF-R1をモデルチェンジしますが、エンジンの主な変更点は排気ガス規制への対応で旧型からカタログスペックの変更はありませんでした。FIMはこれを新型とは認定せず、レブリミットは旧型の値が引き継がれることになりましたが、前年の成績に基づく性能調整が適用され(性能調整が必要なほどヤマハが低迷していたとは思えないのですが・・・)、250rpmが上乗せされ14,950rpmになりました。このレブリミットは2023年まで適用されまました。
 2023年は開幕からドゥカティのバウティスタが圧倒、ヤマハは第6戦ドニントン終了時にコンセッションの対象になります。ヤマハは少しでも動力性能の不利を補うべくレブリミットの250rpm増を選択、第8戦モストより15,200rpmが適用され、これが今季開幕時のレブリミットとして引き継がれています。
 この時、コンセッションの対象になったのが第6戦終了時なので250rpm増の適用は第7戦イモラからになるはずですが、適用が第8戦モストからにずれ込んだのはレギュレーションの解釈でもめたからです。まずは以下の表を御覧ください。これは2023年第6戦ドニントンレース2、公式リザルトAll PDF最終ページのコンセッション情報の抜粋です。

2023年ドニントン終了時点のコンセッション情報

 2023年第4戦から第6戦の間(チェックポイント2)でヤマハが獲得したトークンは4.00823でアップデートに必要な5には届きません。ですがヤマハは2つのチェックポイントでトークンが累積できることを理由にアップデートを申請します。第1戦から第3戦(チェックポイント1)のトークン2.727828を加えればアップデートするのに十分なトークンがあることになります。ただ、FIMは当初これを認めようとはしませんでした。というのも、チェックポイント1は首位のドゥカティとヤマハのコンセッションポイント差が12でコンセッションの対象となる20には足りず、コンセッションの対象ではなかったからです。ですが、これについてレギュレーションには「コンセッショントークンは、最大2つのチェックポイントで累積(ローリング)できる。」(2.4.3.1.d.iii)としか書かれておらず、累積するトークンのチェックポイントがコンセッションの対象でなければならないとは書かれていません。最終的にFIMがヤマハの主張を認め、アップデートが認められることになりましたが、それが第7戦イモラには間に合わなかった、ということです。

カワサキ

 カワサキもドゥカティ同様、2019年に参戦車両をモデルチェンジしています。フィンガーフォロワーロッカーアームを採用、チタンコンロッドも組み込まれ、カタログスペックは203ps/13,500rpmになりました。適用されたレブリミットは14,600rpmで、以後2023年までこのレブリミットが適用され続けることになります。今季(2024年)適用されているレブリミットもこれが元になっています。
 14,600rpmというレブリミットは前年適用された14,100rpmから500rpm向上しており、前年ほとんどの4気筒車両に適用された14,700rpmとはほぼ互角でしたが、パニガーレV4Rの16,350rpmと比べるとさすがに大きな差があります。その差は実に1,750rpm、1割以上です。案の定、カワサキとジョナサン・レイはタイトルを防衛したもののドゥカティに対しこれまでにない苦戦を強いられました。
 カワサキは2021年にZX-10RRをモデルチェンジ、エンジンには軽量ピストンを組み込み、カタログスペックは204ps/14,000rpmになりました。これはパニガーレV4Rに対抗すべく、WSBK参戦車両のレブリミットの上乗せを狙ったものと考えられますが、FIMはエンジンの変更点が少ない事を理由にレブリミットの変更を認めませんでした。
 これについてはカワサキがレギュレーションを読み誤ったとも言えるのですが、当時のレギュレーションには「同じ基本設計のエンジンでアップデートされたマシンは、メーカーの以前のレブリミットを継続する。新設計のエンジンを搭載した新しいマシンは、計算によってレブリミットが設定される。」(2.4.3.1.a)としか書かれておらず、この「新設計のエンジン」と認められるための具体的な条件は記載されていません。実際に性能が変わっているのですから、これを認めないのはおかしいと思うのですが、FIMは判断を変えようとはしませんでした。カワサキがグリッド上で最も低いレブリミットを適用され続けたのはこの一件が理由であり、決してハンデキャップを課せられていたからではありません。
 ドゥカティの項でも述べた通り、2022年10月にレギュレーションが改定されますが、その際この「新設計のエンジン」として認められるための条件が明文化されました。カワサキは2023年にもZX-10RRをモデルチェンジします。変更点は可変吸気ファンネルの採用と2次バランサーのキャンセルと小規模なものでしたが、この2点に2021年に採用済みの軽量ピストンを加えるとFIMが言う所の「新設計のエンジン」と認められる条件が揃うので、それによってレブリミットの変更を狙ったものと考えられます。ただ、この時もレブリミットは据え置かれてしまいました。ドゥカティの項で述べた通り、2022年10月のレギュレーション改定でレブリミットの設定方法が変更されており、新しい設定方法ではレブリミットの上乗せができなかったのでしょう。
 2023年大いに低迷したカワサキはコンセッションの対象となり、2回のコンセッションでそれぞれ250rpmレブリミット増加を選択、計500rpmレブリミットを追加して15,100rpmになりました。この数値が2024年に引き継がれています。
 カワサキはこのレブリミット規制に最も振り回された感があり、レブリミット規制が最も不利に働いたメーカーだったとも言えるでしょう。カワサキのレブリミット規制との関わりを振り返ってみると、このレブリミット規制の問題点が色々と浮かび上がってきます。これについては次回詳しく取り上げたいと思います。

 以上、レブリミット規制における各社参戦車両のレブリミットの変遷を振り返ってみました。次回はこのレブリミット規制の問題点について取り上げたいと思います。
 最後までお読みいただきありがとうございました。

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