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2024年スーパーバイク世界選手権開幕。今年のレギュレーション変更の影響は?

2024年のレギュレーション変更の目的

 去る2月24日から26日にかけて、オーストラリアのフィリップ・アイランド・サーキットで2024年のスーパーバイク世界選手権(以下WSBK)の開幕戦が行われました。
 土曜のレース1は昨年のスーパースポーツの王者、ルーキーのニッコロ・ブレガ(ドゥカティ)がポールtoウィン、日曜のスーパーポールレースとレース2は共にアレックス・ロウズ(カワサキ)が勝利しました。レース1のブレガの勝利を予想した人は多かったと思いますが、日曜のロウズのダブルウィンを予想した人はほとんどいなかったのではないでしょうか。これは、今年のチャンピオンシップが混戦になることを予想させるものだと言えるでしょう。
 昨年は王者アルバロ・バウティスタがあまりにも一方的に勝ちすぎたため、競技統括団体であるFIMと興行主であるドルナスポーツはレースが接戦になるように、また、全てのメーカー・ライダーが勝利を目指せるように、今年からレギュレーションを大幅に変更しました。昨年はランキング2位のトプラク・ラズガットリオグルと3位のジョナサン・レイが所属していたヤマハとカワサキは参戦車両の基本設計が古い事もあって主に動力性能の点でバウティスタが駆るドゥカティにかなりの劣勢を強いられていましたが、開幕戦の3つのレースを見る限り、今回のレギュレーション変更はメーカー間の戦力差を縮小し、接戦のレースを多くするというドルナとFIMの思惑どおりの結果が得られている様に見えます。
 このレギュレーションの変更内容についてはJスポーツの中継でも簡単に触れられてはいましたが、それがどう影響するのかよくわからない人も多かったのではないでしょうか?今回はこのレギュレーション変更内容の詳細とそれがどの様に影響したかを考察したいと思います。

レギュレーションの主な変更内容

2024年レギュレーションの主な変更内容は以下のとおりです。

  1. 燃料タンク容量削減。24L→21L

  2. ライダーと車両の合計重量制の導入

  3. レブリミットの変更とレブリミットによる性能調整の廃止

  4. クランクシャフトの重量変更範囲を±20%に拡大し、バランスシャフトにも同様の重量変更を認める。

  5. スーパーコンセッションパーツの適用範囲をエンジン部品にも拡大

  6.  コンセッションポイントとトークンの計算を従来の3大会毎から2大会毎に短縮、スーパーポールレースも計算の対象に加える

  7. 将来の燃料流量制御による性能調整導入に向けたデータ収集のため、各社2台ずつに燃料流量計の搭載を義務付ける。

 これらのうち、7.は今季の成績に影響するものではなく、6.が影響するのは第3戦からなので、1.~5.の変更に絞って取り上げたいと思います。

1.燃料タンク容量削減

 2019年のデビュー以来、ドゥカティのパニガーレV4Rは超高回転型エンジンの圧倒的な動力性能を武器としていますが、その分燃費を犠牲にしているのではないかと言われていました。ドゥカティが昨年まで21L以上燃料を消費していたのであれば、21Lしか燃料を積めない今年はパワーダウンを強いられる事になります。
 今年の開幕戦では昨年に比べ各社の戦力差が大幅に縮小されているように見えましたが、残念ながらこれに燃料タンク容量削減が影響したかどうかは判断ができません。というのも、今年の開幕戦がかなりイレギュラーな状況で行われたからです。
 開幕戦が行われたフィリップアイランドサーキットは元々タイヤに厳しいサーキットですが、今回路面が再舗装されたことで更にタイヤへの攻撃性が増してしまいました。そのため当初予定していた22周のレース距離を1本のタイヤで走り切るのは危険と判断され、安全を期してレース1・レース2は共に予定されていた22周から20周に短縮し、さらにタイヤ交換が義務付けられました。これで燃費はかなり楽になったはずです。さらにレース2は4周目に赤旗中断、残り11周で再開でしたので、全く燃費を気にせず走れる状態でした。
 肝心のレース周回数が本来のものでなければ判断材料にできません。この件については次戦以降に判断を持ち越したいと思います。

2.ライダーと車両の合計重量制

 今年から、WSBKにもライダー込みの合計重量制が導入されました。Moto2、Moto3、SSP等では以前からライダー込みの合計重量制が課されており、これらは皆ライダーと車両の合計重量が最低重量に達するようにバラスト(錘)を搭載するものですが、WSBKの場合はこれとは違う方法が採られています。ヘルメットやツナギ等をフル装備したライダーの標準体重を80kgとし、それより軽いライダーは標準体重との差の50%のバラストを車両に積む、というものです。フル装備で70kgのライダーの場合、標準体重80kgとの差は10kg、この50%である5kgのバラストを積む事になります。フル装備で74kgのライダーならバラストは3kgです。標準体重より軽いライダーの車両との合計重量は均一にはなりません。バラストを積んでも尚、最も体重の軽いライダーは合計重量も最も軽くなります。なお、車両の最低重量はこれまで通り168kg、バラストの最大重量は10kgです。
 ずばり、このルールの導入は特定のライダー、即ちアルバロ・バウティスタを狙い撃ちにしたものです。昨年、一昨年とタイトルを連覇したバウティスタには常に「体重が軽いから勝てている」という批判がつきまとっていました。バウティスタはグリッド上最も体重の軽いライダーで、ジョナサン・レイやトプラク・ラズガットリオグルとの体重差は10kg以上、スコット・レディングに至っては25kg以上の差があったと言われています。バウティスタは、体重が軽いのも良いことばかりではないと反論していましたが、あらゆるモータースポーツで車両の最低重量が厳格に制限されていることからもわかるように、軽いのと重いのとでは軽い方が有利なのは明らかです。重い方が加速は鈍く、止まりにくく、曲がりにくくなります。これを挽回しようとすると、そのしわ寄せはタイヤに及ぶことになります。昨シーズン、スタートから数周は接戦が繰り広げられるものの、中盤からバウティスタが抜け出して大差を築いて独走勝利、というレースが多かった理由もおわかりいただけるのではないでしょうか。正直言って、あのようなレースばかりでは観戦のモチベーションが大きく削がれてしまいます。興行主であるドルナが危機感を抱くのも当然でしょう。
 合計重量制の導入によりバウティスタは昨年のオフシーズンテストから車体にバラストを搭載しなければならなくなりました。当時のバラストは6.5kgだったそうですが、その影響からか、バウティスタはオフシーズンでは低迷していました。ヘレスのテストで転倒し、脊椎を傷めたのもバラストを積んだ車両の挙動に慣れていなかったのが原因とも言われています。
 開幕戦までにバウティスタは約3kg体重を増やしたようで、開幕戦では5kgのバラストを積んでいたと言われています。レース1では転倒するも15位完走、スーパーポールレースは4位、レース2は2位、特にレース2ではレースの大半をリードするなどレースウィーク中にバラストを積んだ車両への適応が大きく前進した印象がありました。シーズンが進めばさらに適応が進むと思われますが、それでも昨年のような独走劇は難しいかもしれません。このレース2の最後、バウティスタは一度抜かれたロウズにあと僅かに迫りましたが及びませんでした。バウティスタ本人はタイヤがまともだったら抜き返せていたと言っていますが、もしバラストを積んでいなければ、バウティスタのタイヤの状態はあそこまで悪くならなかったかもしれず、より速い加速ができたかもしれず、ロウズを抜き返せていたかもしれません。ただ、このタラレバも、バウティスタが勝てたのは体重が軽いから、の裏返しでもあるのですが。
 バウティスタに一人勝ちさせないと言う目的は現時点では達成できていると言えるでしょう。

3.レブリミットの変更とレブリミットによる性能調整の廃止

 今年のレブリミットは以下の通りです。

  • ドゥカティ・パニガーレV4R 16,100rpm

  • ホンダ・CBR1000RR-R 15,600rpm

  • BMW・M1000RR 15,500rpm

  • ヤマハ・YZF-R1 15,200rpm

  • カワサキ・ZX-10RR 15,100rpm

 シフトダウン時のオーバーレブを除いて上記の回転数までしかエンジンを回すことができません。エンジンの出力(馬力)はトルクと回転数の積なので、より高回転まで回せれば高出力を得やすくなります。昨年までのドゥカティがヤマハやカワサキに対して動力性能において圧倒していたのはこのレブリミットが大幅に上回っていたからだと言えるでしょう。今年の開幕時のレブリミットは昨年に比べ差が縮まっています。
 今季の各社のレブリミットはドゥカティのみ昨年の開幕時、それ以外はシーズン終了時の値を引き継いでいます。昨年、ドゥカティは2度の性能調整により計500rpmが減じられ、第7戦イモラ以降15,600rpmが適用されていましたが、それが今季には持ち越されていません。一方、コンセッションによってレブリミットを増加させたカワサキ(500rpm)とヤマハ(250rpm)には、これらが今季のレブリミットに持ち越されています。ホンダとBMWは昨シーズン中変動はありませんでした。
 ドゥカティの性能調整が帳消しになったことについては、また「ドゥカティが優遇されている」という印象を持たれる方もおられると思いますが、これには理由があります。
 昨年、今季のレギュレーション変更の概要が公開された時、FIMのリリースには、「レブリミットについては合計重量制と合わせて議論された」と書かれていました。つまり、合計重量制の導入を認める代わりにレブリミットを元に戻すという取引が行われたのではないか、ということです。
 昨年、ドゥカティ勢で圧倒的だったのはバウティスタだけで他のドゥカティ勢は必ずしも圧倒的ではありませんでした。FIMやドルナはバウティスタの一人勝ちをどうにかしたかったのであって、必ずしもドゥカティ全体の足を引っ張る必要はありません。ドゥカティとしても、レブリミットを取り戻した方が得策だと考えたのでしょう。
 開幕戦を見た限りでは過去数年見られたような極端な戦力差は無く、各社の動力性能はかなり接近しているように思えます。現時点ではレブリミットの設定は妥当なものだと言えるでしょう。
 問題は次戦以降大きな戦力格差が生じた場合です。今年はレブリミットによる性能調整が廃止されました。昨年までは3大会毎にメーカー間のパフォーマンスを評価して必要に応じてレブリミットをメーカー毎に増減させることがありましたが、これが今年は行われません。では、戦力が劣っているメーカーの救済策はないのかというとそうでもありません。昨年性能調整で行われたのはドゥカティに対する2度のレブリミット削減(計500rpm)だけで、カワサキとヤマハのレブリミット追加は性能調整ではなく、コンセッションによるものです。この、コンセッションによるレブリミット追加については昨年同様認められているので、下位のメーカーが上位のメーカーとの差を埋める方法はまだ残されています。
 例外として、スーパーコンセッションパーツのオーバーシュートが発生した(速くなり過ぎた)場合に限りレブリミットの削減が行われます。これが適用されると500rpmも削減されてしまいます(昨年までは250rpmでした)。今季スーパーコンセッションの対象メーカーはBMWとホンダ、そしてカワサキですが、開幕戦を見る限りホンダは問題外、BMWもまだ勝っておらず、日曜の2レースを制したとはいえカワサキにも圧倒的な速さはありません。昨年まではスーパーコンセッションの対象メーカーが勝利したことすら無かったのでまだこの適用例はありませんが、オーバーシュートの判定はメーカー毎のパフォーマンスを計算して行うので、接戦が繰り広げられている間は心配しなくても良いでしょう。
 FIMは来年からレブリミット規制そのものを廃止して、新たに燃料流量制限による性能調整の導入を予定しています(冒頭の7.はこれの準備です)。つまり予定通り進めば今年はレブリミット規制最後の年になります。
 レブリミットは2018年に導入されましたが、何かと議論の的になっていました。これについては場を改めて取り上げたいと思います。

4.クランクシャフトの重量変更範囲拡大とバランスシャフトの重量変更解禁

 昨年までのレギュレーションでは、クランクシャフトの重量変更は市販車の状態から±3%の範囲に限られており、バランスシャフトの改造は一切禁止されていましたが、今年から重量変更範囲が±20%に拡大され、バランスシャフトにも同様の重量変更が認められるようになりました。この、±20%という重量変更範囲は、改造範囲が今よりもずっと広かった2014年までのレギュレーションで認められていた±15%よりも大きく、過去最大のものです。
 クランクシャフトは必ずしも軽くすれば良いというものではないのですが、ドゥカティがパニガーレV4Rを開発する際、元となった1,100ccのパニガーレV4Sのエンジンからクランクシャフトを1,100g軽量な物に変更していることからも、市販車からWSBKの競技車両への改造においては各社共軽くしていると考えられます。
 クランクシャフトを軽くしても最高出力が上がるわけではありませんが、軽くすれば少なくともエンジンのレスポンスは向上し、吹け上がりは速くなります。エンジンが最高出力に達するまでの時間が短くなれば加速力も向上します。
 開幕戦でヤマハやカワサキがストレートでドゥカティのスリップストリームに留まれるようになったのは、レブリミットの増加とこのクランクシャフトの軽量化の効果だと考えられます。ただ、カワサキについてはこれらとは別の大きな要素もあるのでそれについては次回、改めて取り上げたいと思います。

5.スーパーコンセッションパーツの適用範囲をエンジン部品にも拡大

 昨年までスーパーコンセッションパーツはフレームだけでしたが、今年からエンジンの部品にも適用されています。
 今季開幕時のスーパーコンセッションの対象メーカーはホンダ、BMW、カワサキの3社です。これは憶測に過ぎませんが、カワサキはエンジンにスーパーコンセッションパーツを導入しているかもしれません。これについても次回詳しく取り上げたいと思います。
 実は、スーパーコンセッションパーツがエンジン部品に適用されたことに関してはレギュレーションに明確に書かれているわけではありません。WSBK公式HPには、スーパーコンセッションパーツがエンジン部品にも適用されるようになったことが書かれている記事があるのですが、記事中に書かれているのは”the superconcession parts now extends to engine components. ”の一文だけです。
https://www.worldsbk.com/en/news/2024/A+NEW+ERA+BEGINS+big+rule+changes+come+in+for+WorldSBK+in+2024
 詳細を確認するためレギュレーションに該当する条文が無いか探しましたが見当たりません。ただ、昨年までのレギュレーションには、スーパーコンセッションパーツがフレームを対象としていることを定義する条文(2.4.10.1a〜2.4.10.1c)がありましたが、今年のレギュレーションではその条文が無くなっています。これは裏を返せばスーパーコンセッションパーツはフレームに限定されない、ということになり、エンジン部品にも適用されるという解釈が成り立ちます。レギュレーションはネガティブリストなので、禁止されていなければ何でもできると解釈すべきでしょう。
 これに関連して、スーパーコンセッションパーツについてちょっと見過ごせない条文が今年新たに追加されています。
「(FIM SBK テクニカル・ディレクターに)申告されたスーパーコンセッションパーツの仕様は、以下のすべての規定に優先する」(2.4.3.3.b.i)
この条文は車両の改造範囲に関する条文よりも前にあるので、FIMが承認さえすればもはや何でもアリだということになります。スーパーコンセッションパーツのオーバーシュートによるレブリミット削減が500rpmに増えたのはこれに対する一定の歯止めなのかもしれません。

以上、今季のレギュレーション変更内容と、それが開幕戦にどの様に影響したかを考察してみました。次回は各メーカー毎にどのような影響をがあったのか、レギュレーション変更以外の要素の影響についても含めて取り上げたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございます。
何分素人の憶測混じりの考察なので的外れな部分があるかもしれません。間違っている点がありましたらご指摘いただければ幸いです。


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