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2024年のレギュレーション変更点とその影響について。メーカー毎の考察その1

 前回は今年変更されたレギュレーションがどのようなもので、それがどの様に影響を与えたかを考察してみましたが、今回は各メーカー毎に具体的にどのように影響していたかを考察してみたいと思います。
 今回はレギュレーションの変更点だけではなく、コンセッションも含めての考察になります。そのためWSBKのコンセッションルールについて知っておいていただいた方がわかりやすいと思いますので先に説明しておきます。ただ、WSBKのコンセッションルールは複雑かつ難解で細かく説明すると長くなりすぎてしまいますので今回は必要最低限に留めます。

WSBKのコンセッションルールとは?

 WSBKのコンセッションルールの目的は、メーカー間の戦力を拮抗させ、レースが接戦となるようにすることです。成績上位のメーカーのアップデートを制限し、成績下位のメーカーにはアップデートを促し、成績下位のメーカーが上位のメーカーに追いつきやすくしています。
 カムシャフト等特定の部品を「コンセッションパーツ」に分類、アップデートの規制対象とし、この、コンセッションパーツをアップデートできるかどうかをレースの上位5名のライダーに付与される「コンセッションポイント」のメーカー毎の合計によって2大会(昨年までは3大会)毎に判定します。コンセッションポイントが成績最上位のメーカーから一定以上の差があればコンセッションパーツをアップデートする権利が得られます。また、年間のコンセッションポイントの合計でも最上位のメーカーから一定以上の差があれば、オフシーズンのアップデートの権利が得られます。
 シーズン中にコンセッションパーツのアップデートを行うためには「トークン」が必要です。これはレース毎のラップタイムを元に相対的なパフォーマンスを数値化したもので、速いメーカー程少なく、遅いメーカー程大きな値になります。遅いメーカーは多くのトークンを得られるためより多くのアップデートが行えます。トークンは2回のチェックポイント間で累積することもできます。
 コンセッションパーツのアップデートには1つにつきトークンを4(昨年は5)消費します。コンセッションの対象になっていてもトークンが不足していればアップデートはできません。「コンセッションパーツ」には「カムシャフト」、「レブリミット250rpm増」等があり、1回につきに2つまで選択することができます。「スーパーコンセッションパーツ」は通常の改造範囲に留まらない改造部品です。これを使用するにはより多くのトークンが必要で、トークンを10(昨年までは15)消費します。
 シーズン中にドライコンディションのレース1・レース2で2勝したメーカーはその時点でコンセッションの対象から除外され、残りのシーズン中はコンセッションパーツとスーパーコンセッションパーツのアップデートができなくなります。

 以上を踏まえて各メーカーの状況を見ていきましょう。今回はカワサキとヤマハです。

カワサキ

 開幕戦、スーパーポールレースとレース2を制したのはカワサキのアレックス・ロウズでした。前回も触れましたがこの結果を予想できた人は少なかったのではないでしょうか。
 カワサキは昨年、わずか1勝に留まり、2012年以来最悪の成績に落ち込みました。ZX10RRの戦闘力不足は明らかで、カワサキの黄金期を支えていたジョナサン・レイは2年の契約を1年残して解除、ヤマハへ移籍してしまいました。レイの契約解除は約束されていたはずのZX10RRのフルモデルチェンジが見送られたためではないかとも言われています。残されたロウズは時折速さを見せるものの安定性に欠け、昨年までは目立った成績は残せていません。レイに代わってチームに加わったアクセル・バッサーニも乗り換えに苦労しており、今年、2024年が2010年以来の年間未勝利シーズンになってしまうのではないか、そう思っていた人も多かったと思います。かくいう私もその一人でした。
 ところが、2024年の開幕戦でロウズは早くも2勝を挙げ、その予想をあっさりと覆してしまいました。昨年まではドゥカティに対し、ストレートでは全く手も足も出ない状態で、スリップストリームに留まることすらできなかったのが、開幕戦ではスリップに留まるどころか1コーナーのブレーキングで抜き去ることまでできるようになっていました。ドゥカティのアンドレア・イアンノーネがカワサキのストレートスピードを「とても速い」評したほどで、昨年までとは大違いです。カワサキはなぜこれだけ速くなれたのでしょうか。
 これには前回取り上げた、今年からのレギュレーション変更点、500rpmのレブリミットの増加とクランクシャフトの軽量化が大きく影響していますが、レブリミットの増加はこれだけではほとんど意味がなく、合わせて変更しなければならないものがあります。エンジンのカムシャフトです。
 エンジンの出力はトルクと回転数の積なので、回転数を高めるのはパワーアップの方法として正しいのですが、エンジンは最高出力を発生する回転数を過ぎるとそれ以上回しても出力は次第に低下して行きます。昨年開幕時のカワサキのレブリミットは14,600rpmでしたが、最高出力発生時の回転数はこれより低い回転数なので、このエンジンのままで15,100rpmまで回してもより多くの出力は得られません。パワーアップのためには、より高い回転数でより大きな出力を発揮するように出力特性を変更する必要があります。そのためには高回転型のカムシャフトに変更しなければならないのです。
 コンセッションルールについて説明した通り、カムシャフトは「コンセッションパーツ」に分類されているので成績上位のメーカーはカムシャフトをアップデートできません。一昨年までのカワサキは好成績を収めていたのでコンセッションの対象になることは無く、アップデートできる範囲が大幅に制限されていましたが、昨年は大いに低迷したため、一転してコンセッションによるアップデートが行える様になりました。昨シーズン中はレブリミットの追加を行い、シーズン終了時にはオフシーズンのアップデート権も得られており、さらにスーパーコンセッションの対象にもなりました。カワサキはこのオフシーズンの間、過去何年もの間行うことのできなかった規模のアップデートを行える状態になっていたのです。
 カムシャフトを変更したことでどの程度のパワーアップが図れたのかはわかりませんが、フィリップアイランドのストレートスピードを見る限り、かなりのパワーアップを遂げている事が伺えます。カワサキがスーパーコンセッションパーツを何に使っているのかは明確にされていませんが、エンジン部品であったのならば、このエンジンの出力向上に一役買っているかもしれません。
 昨年カワサキが苦戦した理由はエンジンの性能だけではありません。もっとも苦しめられたのはタイヤのライフとタイヤが消耗してからのドライバビリティです。新品タイヤで十分なグリップが得られている間は十分にトップ争いに加わることができるのですが、タイヤが消耗してくるとペースがガクンと落ちてしまい、トップ争いにとどまることができませんでした。カワサキはオフシーズンのテストではこれの改善に集中して作業を行っていましたが、開幕戦ではこの点においても大きな進歩が伺えました。開幕戦では張り替えられた舗装がタイヤに厳しすぎるため、当初予定された22周を20周に短縮、さらに1回のタイヤ交換が義務付けられましたが、ロウズは当初予定の22周でも問題ないと述べていました。事実、レース2ではタイヤの状態においてバウティスタより大きなアドバンテージがあり、それがあの劇的なオーバーテイクを生み出しました。少なくとも、フィリップアイランドでは最大の弱点だったタイヤライフは大幅に改善されていたと言えるでしょう。
 ただ、不安が無いわけではありません。フィリップアイランドはロウズの得意なサーキットであり、カワサキと相性が良いと言われる比較的固目のタイヤが使用されるサーキットなのである程度下駄を履かせてもらったと見るべきです。ここ数年、カワサキが苦戦を強いられるようになった理由である、欧州のサーキットで主に使用される柔らかいSCXタイヤとの相性が改善されているかどうかはまだ未知数です。トップスピードに関しても、フィリップアイランドの最終コーナーは高速コーナーであり、低速コーナーからの立ち上がりの加速力がどれだけ改善されているかも見ていく必要があるでしょう。スタートについてもまだまだ改善する必要がありそうです。

ヤマハ

 ヤマハは昨年、唯一ドゥカティに対抗できたメーカーだったと言えるでしょう。動力性能は如何ともしがたいものがありましたが、ドライコンディションのレースで唯一ドゥカティに土を付けたのはヤマハでした。
 ヤマハは昨シーズン中、コンセッションによって得たレブリミットの250rpm増が今年に引き継がれ、今季のレブリミットは15,200rpmになりました。今年のヤマハのレブリミットはカワサキよりも100rpm上回っていますが、開幕戦を見る限りカワサキほどはストレートでドゥカティに対抗できるようには見えませんでした。これは、クロスプレーンエンジンなのでバランスシャフトの損失があることと、カムシャフトを更新できなかったことによるものと思われます。カワサキの項で説明した通り、この+250rpmを活かすにはカムシャフトを変更する必要があるのですが、ヤマハは昨年のトップメーカーであるドゥカティに対し善戦していたためオフシーズンのアップデート権を得ておらず、昨年と同じカムシャフトを使わなければなりません。なのでレブリミット増によるパワーアップは極めて限定的だったはずです。できることがあるとすれば、バルブタイミングを調整して少しでも最高出力の発生回転数を高回転側にずらすのと、変速機のギア比を最適化するぐらいでしょうか。他にもポート形状の変更等もできるのですが、5年目のYZF-R1に対しレギュレーションの範囲内でできる残された改善の余地はあまり多くなかったと思われます。
 今年からクランクシャフトの重量変更範囲が拡大されたのはヤマハにとって大きな恩恵を与えていると思われますが、ヤマハの場合、それに合わせてバランスシャフトの重量変更が認められるようになったのは非常に大きかったでしょう。YZF-R1に採用されているクロスプレーンクランクシャフトは構造上偶力振動が発生するためこれを打ち消すためのバランスシャフトが欠かせません。バランスシャフトの重量はクランクシャフトの重量によって決まるので、クランクシャフトを軽量化するのであればバランスシャフトもそれに合わせて軽量化をしなければなりません。もし、バランスシャフトの軽量化が認められないままであれば、実際にクランクシャフトを軽量化できる範囲は大きく狭められていたはずです。なのでこのバランスシャフトの軽量化はヤマハが不利にならないように設定されたとも言えるでしょう。クランクシャフトに合わせてバランスシャフトを軽量化することで、損失もある程軽減され、結果的に出力向上にも結びついたかもしれません。
 ヤマハがカムシャフトを更新する機会は意外と近いのかもしれません。今年からコンセッションルールが変更され、コンセッションのチェックポイントが2大会毎に短縮されました。ヤマハは開幕戦でアンドレア・ロカテッリが2度2位表彰台を獲得していますが、ロカテッリ以外のライダーはコンセッションポイントの対象となる5位以内で完走できていないので、コンセッションポイント最上位のドゥカティからすでに大きなポイント差があり、次戦の結果次第ではコンセッションパーツを更新する権利を獲得する可能性があるのです。ただ、コンセッションの対象になっても年間で使用できるエンジンの数は変わらないので、すでに登録済みのエンジンはそのままで使わねばなりません。カムシャフトを更新することができたとしても実戦投入はもう少し先になるでしょう。
 ヤマハの開幕戦というと、カワサキから移籍したジョナサン・レイに触れないわけには行かないでしょう。レイは昨年のオフシーズン、ヘレスで行われたテストでは好調そうに見え、YZF-R1への乗り換えは比較的順調に見えました。ところが、1月末のポルティマオテストの辺りから少し様子が変わり、限界が掴めていないと言ったややネガティブなコメントを残しています。そして、開幕直前、フィリップアイランドで行われた公式テストでは15位に沈んでしまいます。リアタイヤの酷いチャタリングに見舞われまともに走れる状態ではなかったそうで、レースウィークに入っても解決できず、開幕戦3つのレースでレース1は17位、スーパーポールレースは11位、レース2は転倒リタイヤ、なんとノーポイントでフィリップアイランドを去ることになりました。  
 レイが転倒やトラブルも無しに完走してノーポイントというレースはちょっと記憶にありません。ただ、レース2では転倒する前は上位を走っており復調の兆しが無かったわけではありませんし、フィリップアイランドはカレンダー全体で見れば極めて特異なサーキットなので同じ問題が他のサーキットでも発生する可能性は低いでしょう。3月14日と15日に次戦の舞台であるカタルニア・サーキットで公式テストが行われますが、そこで問題を解決し、再びタイトル争いに加わることを期待したいと思います。

次回はBMW、ドゥカティ、ホンダを取り上げます。

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