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ビモータのWSBK復帰の意味するもの

 4月24日、カワサキレーシングチームのHPからビモータが2025年にWSBKに復帰するというプレスリリースがありました。

 これの意味するものは一体何なのでしょうか。今回は予定を変更してビモータの復帰とそれに伴ってカワサキのスーパーバイク参戦がどう変わるのか考察してみたいと思います。

 現時点ではリリースに書かれている以上の情報は無く、ネット上にはそれを元にした様々な憶測が飛んでいる状態です。リリースに書かれているのは、来年からビモータがWSBKに復帰を予定していること、使用する車両はビモータとカワサキの共同開発でZX-10RRのエンジンを搭載したビモータ製フレームのマシンであること、現在のカワサキレーシングチーム(KRT)の組織・人員がほぼそのままビモータ・バイ・カワサキレーシングチーム(以下BbK)として参戦するということです。
 このことから、カワサキ単独のWSBK参戦は今年が最後になることが伺えます。これはカワサキのWSBK参戦の歴史において大きな転換点だと言えるかもしれません。
 これについては今年の2月末、開幕戦の時点でパドックではカワサキに代わってビモータがWSBKに復帰するという噂が立っていたとそうです。そして4月下旬にプレスリリースが出たということは、昨年のうちにこの方針が固まっていたのは疑いようがありません。また、昨年に掛けてパドックではカワサキのWSBKへの力の入れようが目に見えて縮小傾向にあったそうで、撤退を危惧する声も上がっていたようですが、背後でこの計画が密かに進められていたとすればわからなくもありません。

ビモータとWSBK

 御存知の通り、ビモータはイタリアのバイクメーカーです。ヤマハやドゥカティ等大手メーカーのエンジンをオリジナルのフレームに搭載した非常に高額な車両を販売していましたが紆余曲折の末開店休業状態になっていたのが2019年にカワサキの支援により復活、今はカワサキ製エンジンをオリジナルフレームに搭載した車両を販売しています。今のビモータはカワサキの子会社だと言っても差し支えないでしょう。
 今回のリリースに「復帰」とあるように、ビモータは過去WSBKに参戦しており、特に黎明期にはかなりの好成績を残しています。直近では2014年、BMW S1000RRのエンジンを搭載したBB3でEvoクラスに参戦、Evoクラスにもワークス参戦していたカワサキとクラスタイトルを競いました。しかし、この時既に経営状況がかなり悪化していたようで、ホモロゲーション取得に必要な生産台数をクリアできなかったため好成績だったにも関わらず最終的に全戦失格というなんとも後味の悪い結末でした。その後ビモータは2度目の経営危機を迎え、カワサキの支援を得て復活するのですが、当時Evoクラスの覇を競い合ったカワサキとビモータが10年後WSBKに共同参戦することになることは当時誰も予想しなかったのではないでしょうか。

カワサキは「撤退」するのか?

 今回のプレスリリースに対してカワサキがWSBKから撤退するという見出しを掲げているニュースサイトが少なくありません。確かにカワサキ単独の参戦ではなくなるのでそのような印象を受けるのは仕方のないところだと思いますが、今のビモータはカワサキの子会社のようなものですし、エンジンは引き続き供給するので撤退と言う表現はどうかなと思います。ただ、ライムグリーンをまとったワークスマシンを見るのは今年が最後になるかもしれません。来年のBbKのカラーリングがどの様になるのかまだ全くわかりませんが、かつてのハヤテ・レーシングのようにライムグリーンのかけらも無いようなカラーリングにはならないと思います。ハヤテ・レーシングの時はすでにカワサキはMotoGP参戦を休止(あれは事実上の撤退ですが、当時のリリースには撤退とは書かれていません)しており、表向きカワサキのレース活動とは認められていないものでしたが、今回はチーム名もBimota by Kawasaki Racing Teamであり公式に認められたカワサキのレース活動です。なのでそれを表すライムグリーンを全く使わないというのはちょっと考えられません。差し色程度であっても残してほしいものです。
 一部にはこのカワサキとビモータの共同参戦について、MotoGPにおけるKTMとガスガス、ハスクバーナのようなものではないかという見方もあります。つまり、ビモータの看板を掲げてはいるものの実態はカワサキが主導しているということです。実際のところ、今のビモータはカワサキの支援で復活しており、このビモータというブランドをどのように使うかはカワサキの考え次第とも言えます。これについてはカワサキがなぜこのような方針を決めたのか、ということに行き着くのではないでしょうか。これから姿を現すであろう参戦車両はそれを判断する材料となるでしょう。それを予想していくとこれは撤退どころかさらなる体制強化のためではないかと思えてくるのです。

ドゥカティと同じ土俵で戦うため?

 今回のカワサキのWSBK参戦の変革は、ある意味ドゥカティと同じ土俵で戦うためだと考えることができます。ドゥカティのパニガーレV4Rは2015年以降、改造範囲が大幅に縮小されたWSBKで勝利するための最適解とも言える車両です。市販車からの変更が許されない部品をあらかじめレース用に準じた高性能な部品にすればレース用の車両の性能を高めることができますが、高性能な部品は高価であり、市販車の価格の許す範囲内でしかできません。ドゥカティはこれをレギュレーションの上限価格一杯まで、最大限行っているのです。
 以前のレギュレーションではピストンやコンロッドをレース専用の軽量な物に変更するなど広範囲の改造ができていたため、市販車の性能がレース用車両にストレートに反映されるとは限らなかったのですが、この改造範囲の縮小とレブリミット規制によって市販車の性能である程度勝負が決まってしまう様になってしまいました。
 パニガーレV4Rに対抗するにはドゥカティの手法に倣ってレギュレーションで定められた車両の上限価格一杯のコストを注ぎ込んで高性能部品を可能な限り使用した車両を販売するのが正解なのですが、国内メーカーはそれをやることに消極的です。
 国内4社からパニガーレV4Rのような高額な車両が発売されないのはブランド力のせいだという声があります。国内4社のスーパースポーツ車両はパニガーレV4Rに比べるとかなり安価で中でもYZF-R1との価格差は実に2倍もあります。国産4社のバイクはスーパースポーツに限らず安くて高性能が「売り」でしたが、それ故に国産4社が44,000ユーロのバイクを作っても売れる見込みが立てにくいのでしょう。これはちょっと極端な例えですが、安さと早さを売りにする牛丼屋が2000円3000円のメニューを発売するようなもので、それだけの金額を払って食事をするのなら別の店に行こう、となってしまうのではないか、ということです。そして、例え牛丼屋の系列店であっても高級レストランであればその何倍もの客単価が許容されます。カワサキとビモータに牛丼屋と高級レストランほどの差はありませんが、カワサキがやろうとしているのはそういう事なのかもしれません。
 ビモータは以前から非常に高価な車両を販売してきたメーカーなのでビモータのバイクが高額なのはある意味当たり前のことです。過去のビモータの歴代モデルがそうであったように、現在販売されているビモータの各モデルは同じエンジンを積んだカワサキの車両に比べ非常に高価です。Ninja1000SXの価格は1,595,000円ですが、このエンジンを搭載するKB4の価格は4,378,000円、実に2.7倍以上です。なのでKB5(仮)の販売価格も過去のカワサキのホモロゲーションマシンよりも高額になると考えられます。WSBK参戦車両の上限価格の44,000ユーロでもビモータの車両としてはむしろ割安に思われるかもしれません。

ビモータ・KB5?

 プレスリリースにおいて参戦車両は「カワサキのエンジン(および関連技術)を搭載したビモータ製の車体」であり、エンジンはZX-10RRのものであることが言及されています。車名は過去のビモータの命名方法に従うならば「KB5」となるのでしょうか?以下、便宜上2025年の参戦車両をKB5(仮)とします。
 前述の通り、KB5(仮)は恐らくドゥカティのパニガーレV4R同様、上限価格の44,000ユーロに限りなく近いものになるでしょう。これだけ高額な車両となれば自ずとユーザー層も狭くなります。ZX-10Rではユーザー層が広いためレース向けとしては妥協せざるを得なかった事もKB5(仮)では妥協する必要もなくなるでしょう。エンジン・車体共によりレース用、サーキット用に特化した、かなり「攻めた」仕様にすることもできるはずで、これはドゥカティがパニガーレV4Rでやっていることと同じです。
 車体はビモータ製となっていますが、ビモータのオリジナリティがどれだけ反映されるか興味深い所です。ビモータといえば独創的なフロントハブステアのTesi(テージ)を思い浮かべる方も多いと思います。ビモータは1991年にTesi 1DでWSBKに参戦していますが、成績は芳しいものではありませんでした。そのためか、後年の参戦車両であるSB8(2000年)とBB3(2014年)はフロントサスペンションにオーソドックスなテレスコピックフォークを採用しています。この事からも、恐らくKB5(仮)はTesiのようなハブステアではなくオーソドックスな車体構成になるでしょう。フレームについては手堅く勝ちを狙うのならオーソドックスなアルミツインスパーになるのではないでしょうか。ちなみにSB8はアルミツインスパーとカーボンのハイブリッド、BB3は鋼管トレリスとアルミのハイブリッドでした。
 車体に関しては何を持ってしてビモータ製とするのか、と言う疑問もあります。ビモータが設計から製造までやればそれは文句無しのビモータ製ですが、カワサキが設計した車体をビモータが製造してもビモータ製だと言えるでしょうし、ZX-10RRのフレームをビモータがモディファイしたものをビモータ製だと言い張る事もできてしまうでしょう。
 エンジンについてはZX-10RRのものを搭載するとあるだけで詳細は不明です。新型のZX-10RRが発売され、そのエンジンを搭載するという可能性も無いとは言えませんが極めて低いでしょう。ただ、現行型のエンジンでもそのまま使用するのではなく、何らかの改良が加えられると考えられます。過去のZX-10Rではコスト面やユーザー層が広すぎるため採用できなかった部品や機構を採用する敷居は遥かに低くなるでしょう。カムギアトレイン化、乾式クラッチ化等の可能性もあるかもしれません。今季使用されているスーパーコンセッションパーツがエンジン部品であるならば、あらかじめそれを組み込む事も考えられます。
 現行ベースのエンジンであれば、それに対しどれだけの改良をするかで以後のカワサキのWSBKへの取り組みの本気度が計れるでしょう。カワサキとしては決して安くない資金を投入して手に入れたビモータのブランドイメージを高めるための活動なのでそれをみすみす毀損するような真似はしないと思うのですが。
 KB5(仮)の市販価格が44,000ユーロに限りなく近いものになれば、この車両はEWCのSSTクラス(上限33,000ユーロ)や全日本のST1000(上限300万円)等車両上限価格が安いカテゴリーには参戦できません。なのでSSTあるいはそれに類するクラスには引き続きZX-10RR又はZX-10Rが使用されることになるでしょう。

参戦チーム・ライダー、サテライトチーム

 BbKのチーム運営は現在のKRT、つまりプロヴェックレーシングが担当するので、この点については不安は無いと言ってよいでしょう。
 プレスリリースの中でライダーは2名体制であることが触れられており、アクセル・バッサーニは2年契約のため確定しています。アレックス・ロウズは単年契約のため今季末で契約が切れますが、BbKとしては継続を望むのではないでしょうか。今季すでに2勝を挙げており、アッセンではSPレースで表彰台を獲得しています。昨年から今年に掛けての成績向上は彼の開発能力に依る所もあるでしょうし、バッサーニはまだ適応途上なので開発ができる経験者がいない状況だけは避けたいはずです。
 サテライトチームがどうなるかも気になるところです。今年はプセッティレーシングにもワークスと同仕様の車両が供給されていますが、チームオーナーのマヌエル・プセッティは近年のカワサキの戦闘力低下に対しドゥカティへの変更をかなり悩んでいたそうです。カワサキはワークス車両の供給で陣営に引き留めた格好ですが、交渉の時点で2025年以降の参戦計画がある程度伝えられていたのかもしれません。KB5(仮)は新規参戦の車両なので走行データは多く収集できるに越したことはないはずで、そのためにはワークスのみならず同じ車両を使用するサテライトチームの存在が欠かせません。なのでプセッティもKB5(仮)を使用しての参戦になると考えられます。引き続きZX-10RRを使うと言う選択肢も無いわけではないのですが、仮にそうなった場合、開発が止まった車両を使うことになるのでプセッティにとっては何のメリットもありません。もしKB5(仮)が使用できないのであればプセッティは今度こそドゥカティへ変更してしまうでしょう。今季はまだ参戦できていませんが、次戦ミサノより参戦予定のペデルチーニについても同様だと考えられます。

MotoGP復帰の可能性

 今回のプレスリリースに対しカワサキが近くMotoGPに復帰するのではないかという予想をしている人もいるようですが、これはちょっと無さそうです。2027年からMotoGPのレギュレーションが大幅に改定されることと、近年カワサキモータースの業績は好調で、その中でWSBK参戦の規模を縮小であるかのような発表がされた事を受けての予想だと思われますが、ここまで述べてきたようにビモータとの共同参戦はカワサキにとって必ずしも規模縮小になるとは限りません。なのでカワサキのMotoGP復帰の可能性は低いと考えます。

最後までお読み頂きありがとうございました。
次回はWSBKレブリミット規制の問題点について取り上げたいと思います。

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