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カキエの漢字

ちょうど1週間前(2019年2月)、日本武道館で開催された日本古武道演武大会に出場して、そのとき控え室で様々な流派の演武をモニターで拝見していた。その中に剛柔流の演武もあって、東恩納盛男先生がカキエを演武されていた。

パンフレットを見ると、「カキエ(靠基)」と書かれていた。しかし、筆者は「靠」という漢字は初めて見たので、そのときこの言葉が読めなかった。あとでネットで調べてみると、音読みで「コウ」と発音するらしい。すると、靠基はコウキと読むのであろうか。中国ではカキエのような稽古法は推手と呼ぶが、中国は広いので地域や門派によって、推手のことを靠基と呼ぶところもあるのだろうかと思った。

ところで、カキエの元々の漢字は何であろうか。筆者は剛柔流の歴史は門外漢だが少し調べてみた。宮里栄一先生の著書には以下の文章がある。

掛手
沖縄の空手で補助運動として古から掛手を行なっているのは剛柔流のみである。掛手は、双方互に片足を的一歩前へ向けて出し合い、猫足立または三戦立で立ち、 片手(手刀)の手首を掛け、他の片手は開掌で水月の前へおき、掛けに手を双方 押したり。引いたりしながら、時折り片手、まには双手で突き飛ばすが、突き飛 されないように常に緊張し、足腰を安定させて、上半身は柔く左右に捻り、体を 捌いて、逆に相手を崩したり、いなしたり引き倒す。 疲れたら、掛けた手を交替して体力の続く限り行ない、鍛錬し、引いたり、押し たりするとき、相手の腕に対する掌の感触も併せて対得することが目的であり、 単なる力競べではない。中国拳法に於いては、推手(すいしゅ)と言う。単手(たんしゅ)双手の二種が 行なわれている。 全身の筋力を鍛錬すると同時に、敏捷さを養い、長時問行なうことによって、闘 志が湧き欠くことのできない補助運動である。

宮里栄一『沖縄伝剛柔流空手道』実業の世界社、1978、52、53頁。

この箇所はドイツのアンドレアス・クヴァスト先生から教えてもらって提供していただいた。おそらくカキエについて述べた最も古い文章の一つだと思われる。

宮里先生は、ここでは掛手の漢字を使われている。しかし、掛手は日本語ならカケデかカケテ、沖縄方言ならカキディかカキティと発音し、カキエとは発音できない。

地域による方言の差異もあるが、宮里先生はカキエと掛け手の稽古が似ているので、掛手と漢字を当てたのではないだろうか。ただ先日述べたように、中国ではカキエは推手、掛け手は散手に相当し、両者は別の稽古法である。掛け手は互いの腕を押したり引いたりする「鍛錬法」ではない。純粋な「自由組手」である。

では、カキエの元の漢字は何であろうか。筆者は、「掛け合い」のことではないかと思う。「首里・那覇方言音声データーベース」(現在は閉鎖)に以下の項目がある。

カキエー /kakiee/
(名詞)
意味:掛け合い。談判。
ワラビヌ オーエーンカイ ウヤヌ カキエー シーガ チョーン。'warabinu ?ooeeNkai ?ujanu kakiee siiga cooN.子どものけんかに親が談判しに来ている。
(F)カキエー スル サク アンシ イジヌ アテーサ。kakiee suru saku ?aNsi ?izinu ?ateesa.掛け合いをするくらいあんなに意地があった。

「掛け合い」のことを、沖縄では「カキエー」と発音する。上記データーベースでは、掛け合いを「談判」の意味で解説しているが、日本語の掛け合いには、「互いにかけあうこと」という意味もある。

かけあい【掛け合い・懸け合い・掛合い・懸合い】
①  互いにかけあうこと。 「水の-」
②  交渉や談判をすること。 「借金の-に出掛ける」

大辞林』より

それゆえ、カキエは、「互いに腕を掛け合う稽古法」という意味で、「掛け合い」を方言で呼んでいたのではないだろうか。これだと意味も発音も合致するのである。

出典:
「カキエの漢字」(アメブロ、2019年2月10日)。



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