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蛍の受難

私のお散歩コースでは、ホタルが見られる。
乱舞、とまではいかないが、場所によってはすぐ近くで飛んでいるところもあり、かなり恵まれた観察ルートだと思う。

今日はそのホタルスポットで起きた、ホタルの受難について書こうと思う。
とんでもなく嘘っぽいのだが、全部本当のことだ。

ホタルが見られるお散歩コースは川沿いにあり、上流に行くほど橋が古風で危険になる。
具体的には、欄干がどんどん低くなり、ひざ下の高さにまで至る。
照明もないので(ホタル観察にはうってつけなのだが)夜に歩くには怖い。
けれど、その橋の辺りが比較的たくさんのホタルが見られるスポットなので、多少怖くてもそこからホタルを探すのがベスト。
あまり前に出すぎないように気を付けながら、暗い川面をのぞき込むと、川縁の草むらの中に点滅する光がぽつり、ぽつりと見えた。

ホタルが飛ぶのは、交尾相手を見つけるためなので、お相手を見つけたらもう飛ぶ必要がない。
だからホタルたちは、そんなに長時間飛んでいるわけではなく、日没から2時間後が活動のピークだと言われている。(ちなみに飛ぶ時間帯は、一晩に2,3回あるらしい)
それ以外の時間は、草むらで愛を育んでいるのである。

そんなわけで、私がホタルスポットに着いた時には、多くのホタルたちが草むらでしっぽり過ごしており、お相手の見つからなかったらしき2匹だけが、ふらふらと橋の上を漂っていた。

私は夜の散歩の際には、たいていスマホでラジオを聞いている。
話に集中していると、不要な恐怖心が湧いてこなくて済むと気づいてから、そうしている。
なので、その時もイヤホンをつけてラジオを聞いていた。
ホタルが近づいてきたのがわかったので、イヤホンをはずし、アプリをカメラに切り替えて撮影しようとしていたと想像してほしい。

「カメラの起動が遅い!ホタルが行ってしまう!!」と手元のスマホをチラリと見ると、その間になぜかホタルが突進してきて、私の顔面に激突した。
といっても、相手はホタルなので、こちらは別に痛くはない。
ホタルは痛かったかもしれないが、私には実害はない。
ただ、撮影しようとした対象が、私の顔に貼りついてしまったので、これはインカメに切り替えて、自撮りする必要があるな、と思った。
そこで、切り替える操作をしていると、顔上のホタルがあちこちもぞもぞと動き回り、鼻の下にやってきてそのまま右の鼻の穴に入ってしまったのである。

今思えば、あれこそ、撮っておくべきだった。
鼻の中で光るホタル。
これが本当の「鼻提灯」ではないか?!
動画で残しておけばよかったと心から残念に思う。
実際の私はその時、慌ててしまい、ティッシュを右の鼻にあてると、思い切り「ちーん!」とかんだのだった。

あれは、ホタルの習性と言うよりあらゆる足のある動物の性なのだと思うが、無理にはがされそうになった時、強風で飛ばされそうになった時、生き物たちは必死でその辺にしがみつき、その場から動かないように体を固定する。
ホタルもそうらしく、必死で鼻毛にしがみついていたのか、私が2,3回鼻をかんだところで、びくとも出てくる気配がなかった。

このままでは、ホタルは嵐を避けて、どんどん鼻の奥に入ってしまう。
友人の子どもが、昔、鼻にビービー弾を詰めて取れなくなり、耳鼻科に行ったという話を聞いたことがあるが、明日の私は鼻にホタル詰めて、耳鼻科の椅子に座るのか。
しかも、ホタルはまだ生きている。
一晩中、もぞもぞ動く生物を鼻に詰めたままで、眠れるだろうか。

それは無理だろうと思った私は、その辺に生えている草を引き抜き、ホタルが入ったのと反対の鼻の穴に突っ込み、かき回した。
くしゃみを人工的に誘発しようとしたのである。
数度のトライで、目論見はうまくいき、ホタルは多少の鼻水とともに猛スピードで飛び出してきて、地面にぶつかった。
心なしか、しっとりしている。
私は、「ごめん、ごめん」と謝りながら、ホタルの背側をティッシュで拭いてやった。

冒頭のGIF動画は、羽が濡れてしまったホタルが、ちゃんと飛べるのだろうかと経過観察していた時のものである。
ホタルは、狭い洞窟を探検し、秒速120mの風圧で飛ばされ、硬い地面に激突し、他の生物の粘液にまみれ、それでも、ちゃんと飛べたのである。

ホタルったら、あんなにはかなげなのに、なかなかやるじゃない?
そんな本日のホタルの受難に思いを馳せながら、動画を再度見てみると、趣が二倍になったりはしないだろうか?

**連続投稿838日目**

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