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【読書】 「利他」とは何か

明けましておめでとうございます。久しぶりの投稿となります。昨年は、新聞社への論壇執筆、学内書評コンテストなど、これまで経験のないことにチャレンジできました。また、コロナ禍で自宅で過ごす時間が多かったですが、沢山の本と出会い、読書を楽しめた年でもありました。

今年の目標は、書評をメインにnoteへの投稿を継続することです。そんな、2022年1発目の投稿は、昨年読んだマイベスト本を紹介します。ちなみに、この作品の書評を書いたところ、学内コンテストで優秀賞を頂きました。私にとって、思い出深い一冊です。

「利他」とは何か (2021) 
      伊藤亜紗編、中島岳志、若松英輔、國分功一郎、磯崎憲一郎

 あなたが「利他」と聞いて、思い浮かべることは何でしょうか。私自身、これまで「偽善」「小さな親切、大きなお世話」と言われた経験があり、ものすごく違和感がありました。だからこそ、本書のテーマである「利他」という言葉にそそられたのかもしれません。本書では「利他とは何か」という表題の問いを東京工業大学の教授らが、美学、政治学、文学、哲学、小説といった各分野の様々な視点で解きほぐしてくれます。

 家族や友達の何気ない存在に救われ、ふとした悪気のない言葉に傷つく。本書を読んでいると、そういう経験が蘇ってきます。他者の利他的な善意もなんだか利己的に見えてしまったり、逆に私もそういう風に思われていないかと思ってしまう瞬間は誰にだってあるのではないでしょうか。

 他者への貢献や寄与には、「いいように思われたい」「いいことしていれば自分にもきっといいことがあるはずだ」そういった利己的な意識がつきまといます。それでも、利他的な行動は否定的な側面だけでなく、生きる喜びを与えてくれるものでもあります。利他と利己はメビウスの輪のように表裏一体。「利他とは何か」は、私たちの生活に深く関わり複雑で深淵な問いです。

 メビウスの輪

 利他には、「情けは人の為にあらず」のような合理的な利他があります。これがいわゆる「利己的な利他」です。第1章では、美学者の伊藤亜紗さんが視覚障害者のケアを例に挙げています。視覚障害者のケアにおける障壁として、「障害者を演じなきゃいけない窮屈さ」があるといいます。これは、障害者自身が健常者の思う「正義」のための道具になってしまうということです。健常者の「ここに段差がありますよ」「ここは図書館です」のような教えはありがたいこと。しかし、それが過剰になると自分の聴覚や触覚を使って自分なりの世界を感じることができなくなってしまう。無自覚に相手を支配してしまう危険がはらんでいるということです。伊藤さんも「特定の目的に向けて他者をコントロールしようとすることが利他の最大の敵」であると指摘しています。そこで、本書でのキーワードである「うつわ的利他」が紹介されています。うつわ的利他とは、余白(時間、空間)を開けて、他者の声に耳を傾ける。そうやって話を聞きながら、他者の新しい一面を発見するとともに、自分の心にも変化が訪れます。失敗を許容する姿勢。計画倒れをどこか喜ぶ余裕。予想外や不都合に対応する為に、余白を作っておく。自分と他者の生成的なコミュニケーションによって利他を育んでいくということです。

 

 第3章では、随筆家の若松英輔さんが民藝家柳宗悦の哲学である「美」と「利他」を巡って、興味深い分析をしています。柳宗悦は「民藝運動の父」と称される宗教哲学者です。柳は「民藝」について、見るという行為を通じた哲学的営みと説いています。そして、彼の哲学には「沈黙の美」が表現され、美こそが利他の働きをしていると若松さんは言います。

 言葉には避けがたい宿命があります。ある物事を語ることによって照らし出すとともに、語り得る領域に限定するということが同時に起こる。ある対象を明示すると同時に、そのものの本質から人を遠ざけ、理解を阻害してしまう側面がある

第3章「美と奉仕と利他」p119


この章を読むと、人は言葉にできない現象や感情にこそ価値を生み出し、言葉にできない瞬間を大事にしていると考えるようになりました。言葉にするとこぼれ落ちてしまいそうなもの、人には伝えられない私だけの感動の瞬間は誰にだってあると思います。利他もそういうものなのかしれません。言葉では伝えきれない利他こそ尊いなと思いました。その他の章でも、日々の暮らしや社会生活に通底する「意思」や「贈与」に派生していきます。利他をいろんな視点で見られることが、本書の面白さであり、新たな知見や気づきを与えてくれます。

 最近では、テレビニュースや新聞で「ケア」という言葉を目にすることが多くなりました。私はこれらの報道を聞いて目の前ケアは可視化されにくい問題であると感じました。報道ではケアラーが家庭の世話に追われ、拠り所のない精神的苦痛に焦点が当てられています。ただ、ケアは誰もが当事者になる問題で、スケールや状況は無数のグラデーションがあり、事後的にしか分からないケアだってあります。そう考えると、自分の存在が誰かのケアにつながっているのかもしれないし、知らぬ間に自分がケアされているのかもしれないと思えるようになりました。そして、ケアと類似的に使われる「利他」も無意識に生まれているのかもしれません。だからこそ、日頃から自分の振る舞いに気を使い、周りへ感謝することが大事であると思っています。

 本書は利他との問題に向き合いながら、いろんな世界を見させてくれます。気難しいタイトルですが手にとって読むと、「利他の世界」に取り込まれるはずです。自身の経験や日常の一コマを思いだしながら、本著をじっくり読んでみてほしいです。きっと、日常に溢れる「利他」に気づけると思います。


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