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#2 ガイド1年目の夏に受けた、米旅行会社の過酷なトレーニング その1 谷中銀座で怒られる

2015年8月、米旅行会社主催のトレーニングに参加することになった。初仕事から半年後のことだった。

ど新人の頃にこのトレーニングを受けられたことは、とても幸運なことだった。スルーガイドとして必要なスキルの基礎はほぼすべてここで学んだし、いまも親しく付き合っている大事な仕事仲間とも出会うことができた。ただ、もう1度あのトレーニングを受けたいかと聞かれると、絶対受けたくない笑。1回でも充分すぎる。それくらい、過酷でタフなトレーニングだった。よく乗りきることができたなと、いまでも思う。

Facebookページのあやしげなガイド募集投稿をみて、応募することに

参加するきっかけとなったのは、ガイド同士の情報交換用Facebookクローズドページで、ガイド募集の投稿を目にしたこと。

「アメリカ人団体向け英語通訳案内士募集!」

応募内容を確認すると、東京から広島まで13〜19日間のロングツアーだという。投稿したのは、同社タイ拠点の採用担当と思われる女性。ごくごく簡単な説明しかなく、東京拠点がないのもちょっとあやしい気がした(実際にはあったのだけど)。

でも、わたしは仕事がない新人。3〜5月こそ、繁忙期のガイド不足に乗じて(?)、ラッキーでロングツアーの仕事を受けられたもの、6月以降の予定はほぼ空白だった。ぽかんとなっていたタイミングでこの投稿を目にしたのもなにかのご縁にちがいないと信じて、記載されていた連絡先にコンタクトをとった。

年代もバックグラウンドもバラバラな新人8人で臨んだ、2週間で5都市をまわる過酷なトレーニング

タイ拠点の採用担当との簡単な電話面談ののち、東京でのグループワークと対面面談を受け、トレーニングに参加できることになった。トレーニングといっても、この時点ではあくまで採用候補。トレーニング中のパフォーマンスで採用可否を決定すると、事前に聞かされていた。

同社は創立60年近く世界中でツアーを主催しており、インバウンド業界内での知名度も高い。ガイドへの要求が非常に高いことでも知られており、同社のツアー経験者ならどんなツアーでも任せられるだろうと信頼してもらえる。

ただ、それらはすべてあとで知ったことで、その時点ではそんなことはまったく知らず、とりあえず目の前にある機会をつかもうとしただけだった。

トレーニングの期間は2週間。同社のツアーのコースである東京、鎌倉、箱根、金沢、京都をまわった。

参加者は総勢15人と、かなりの大所帯。同社からは香港拠点からアジア地域のマネージャー、中国拠点から元トップガイドのトレーナー、東京スタッフ2人。先輩ガイド3人に、採用候補者が8人。

8人のうち、2人は多少のガイド経験があったものの、ほかの6人はわたしと同じくほぼ新人だった。20〜60代、前職は旅行会社・メーカー・航空会社・専業主婦など、居住地も東北、関東、関西、九州と、年代もバックグランドも見事にバラバラ。

トレーニングはまず座学で始まり、同社のビジョン・ミッション・バリューを叩き込まれた。これまで米系旅行会社4社のトレーニングを受けてきたが、このセッションが冒頭に行われるのはどこも同じ。これらを体現する言動を、ガイドは求められる。

座学のあとはいよいよ実地トレーニングで、まずは谷中に向かった。”Leader of the day”と称して、候補者のうちひとりがガイドとしてアサインされ、ツアー時のようにふるまう練習をする。

「お客さんの視点を身につける」実地トレーニングでマネージャーに睨まれながら、学んだこと

「早く終わらせたほうが楽だろう」と、トップバッターでその役を務めることにした。ガチガチに緊張しながらJR日暮里駅の改札を出て、夕焼けだんだんへ(谷中銀座の入り口にある階段)と向かう。

すると、ものの3分程度でマネージャーに止められた。どきり…。

マネージャーはおそらく40代半ばぐらいの女性。眼光が鋭く、ものすごい威圧感がある。彼女に名前を呼ばれると、いつも緊張した。

“Yumi, you are acting like JUST a tour guide (*). It’s not how our trip leader should behave.”
(「ユミ、それじゃあ「ただの」観光ガイドみたい。我が社のtrip leaderのあるべき姿からかけ離れている」)

同社のポリシーのひとつは、「旅先の国で、一般の人々はどんな生活を送っているのか」をお客さんたちに五感をつかって体感してもらうこと。

マネージャーいわく、わたしは駅からその時点までで、お客さんにその体験を味わってもらう絶好の機会を、もう2回も逃している。

それは、昔ながらの手焼きのお煎餅屋さんと、いかにも地元密着型の小さな不動産屋さんで立ち止まらなかったこと。

お煎餅屋さんで伝えるべきこと

お煎餅屋さんでは、たとえばこんなことができる。

まずは、口頭での説明。ポイントは、お煎餅の説明にとどまらず、現代の日本では「昔ながらの手焼きのお煎餅屋さん」がどういう立ち位置にあり、日本人にどう受けとめられているか、をつけくわえること。

「お煎餅は、日本ではとても一般的なおやつで、お米からできています。お米は、日本の伝統的な食文化の中心。というのはみなさんもご存知だと思いますが、主食としてだけではなく、こうしておやつとしての食べ方も広く愛されています」
「とはいえ、このように手焼きのお煎餅屋さんというのはいまでは減っており、工場で大量生産されるのが一般的になっています。そのため、こういったお店は日本のひとにも珍しい存在になりつつあり、『懐かしい』と感じるひとも多いでしょう」
「その『懐かしさ』を感じるレトロなものが人気で、これから訪れる谷中銀座はまさにその理由で、いま日本のひとにもとても人気があります」

ここから懐かしさの象徴である「昭和」の時代や、昭和感満載で人気を博した映画『ALWAYS 三丁目の夕日』あたりもちょこっと紹介しておく。そして、長距離移動時のバス車内でもう一度話題に出し、より詳しく話をする。

そして、値段や味の種類を説明しながらお煎餅を購入し、実際にお客さんに食べてもらう機会をつくる。

不動産屋さんで伝えるべきこと

不動産屋さんでは、こんなことを伝えられる。

「(不動産広告を見せながら)これは都内の平均的な賃貸ワンルームの間取りです。広さは××㎡、家賃は月あたり××万円、米ドルだと××ドル前後」
(*アメリカのお客さんを想定して)
「都内だと通学・通勤には電車を使うのが一般的なので、最寄り駅へのアクセスのよさが不動産の価値を左右します」
「ちなみに、日本では部屋の広さを畳の枚数を使って表すのも一般的です。たとえばここには、このリビングは畳何枚分、寝室は畳何枚分という記載がありますが、これでわたしたちは各部屋のスペースをなんとなくイメージできます」

ここから、都内の家事情、首都圏の概念、都内への通学・通勤ラッシュなどに話を膨らませていくこともできる。

こういった現在の日本の生活事情(特に、お金まわり)は、なにもこの会社のお客さんだけが興味を示すわけではなく、外国人観光客の方々には全般的にウケがいい。

一般的なガイドブックに載っている内容はお客さん自身が調べてきていることも多いし、スマホでその場でいくらでも確認できる。誰もが手に入れられる情報ではなく、そこに「いまの日本人の視点」を追加して、説明する。

街を歩きながらガイディングをするときは、お客さんがなにを面白いと感じるのかを理解していることが、とても大事。でも、その「お客さんの視点」を身につけることこそが、難しい。

開始3分でその欠如をバシッと指摘されたわたしは、その後なにかネタはないかとぎょろぎょろ周りを見渡しながら、谷中銀座を歩いた。

スーパーでは旬の野菜をつかった家庭料理の調理法を、酒屋さんでは日本のサラリーマンの飲み会文化を、お米屋さんでは米ブランドを、すかさず説明。ところてん屋さんではひとつ購入し、味見をしてもらった。食品サンプルも外国人には珍しいらしいと知ってたので、年季の入った中華料理屋さんの店頭に置かれた、汚れで曇ったケースにある黒ずんだサンプルを見せつつ、意気揚々とガイディング(マネージャーに「これはちょっと…。もっと綺麗なのにしたら?」と注意された笑)。

こんな風にして実地トレーニングの初日は終わっていった。そして、トレーニングはまだまだつづく。

*通訳ガイドの仕事を始めた経緯はこちら。






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