ドラマ「すべて忘れてしまうから」〜夢見る頃を過ぎても
ミステリー作家のM(阿部寛さん)は、日頃から、行きつけのバーや喫茶店(見栄晴さんがマスター)を書斎代わりとして執筆している。
ある夜バーに、失踪した恋人F(尾野真千子さん)の姉だと名乗る、右目に眼帯をした謎の女(酒井美紀さん)が現れ、自分も受け取れるはずだった祖母(草笛光子さん)の遺産を独り占めした妹の代わりに、内縁関係と言っていいあなたが払って!と、金を要求される。
正体不明の女からのそんなムチャブリにも関わらず、大人しくMは毎月お金を払い続けるのだがーーー
冒頭から、なんだかトリッキーな展開ではあるけれど、サスペンスというわけでもなく、物語はゆったりまったり漂うように進んでゆく。
Mは気づくと次々にちょっと厄介な事に巻き込まれているのだが、一方でその奇妙な状況を、どこか面白がってるようにも見える。
感情の抑揚に乏しく、薄ら笑いを浮かべ良くも悪くも動じないMを演じる阿部寛さんは、余裕ある佇まいもしっくりきていた。
馴染みのバーのオーナー役のCharaは、ナレーションも担当していて語りも味わいがある。バーの料理人役には宮藤官九郎さん、何気にキャストも豪華。
毎日のようにバーに集う常連客たちは、店以外の所ではどんな暮らしをしているのか、お互いにフルネームも連絡先も知らなかったりする。
週替わりで毎回ミュージシャンがエンディングで歌を披露し、これまでTENDER、三浦透子さん、七尾旅人さんなどなどが出演。バーで飲みながら聞いている気分になれるのも良い。とくにTENDERは、ドラマの音楽も担当していて作品の雰囲気ともマッチしている。
9話では、半年ぶりに帰ってきたFがMと能登を訪れる。
美味しすぎない料理を食べて、楽しすぎない旅をする二人。
Mは久しぶりにFが戻ってきた嬉しさを噛みしめ、ずっとこのまま、ほどよい関係が続いてゆくものと思っていたようだが、Fは終始二人の噛み合わなさ、変わってしまった自分を感じていたように見えた。
あーこの二人は続かないだろうなぁ、という予想通りFはその後
ー私もう行く
ーもうここで別れよう
ーずっと続けられそうな気もしたけど
ー消えるんじゃないよ
ー違う所で普通に生きてるから
と別れを告げ、今度は本当にMの前から永遠に去って行った。
Fは、ほどほどの人生に不満があったわけではないけれど、心のうちに何か、足りないもの燻っていたものがあったのかもしれない。
祖母の莫大な遺産を手にしたのをきっかけに
"本当に自分が心の底から望んでいたものが何なのか"
そのことに気づいてしまったのかも。
だから、それまでの人生すべてひっくり返すようなことをしたくなって、仕事も辞め、半年もの間、旅に出ていたのかもしれない。
そうしてFは、もう以前と同じ場所に留まることが出来なくなったのだろう。
平凡な人生だって当たり前ではないのだけれど
それはわかっていても
人は欲張りで、飽き性だから
時に、今とは全く違う人生を夢見たり
全部捨ててやり直したいと思ったりする
なんだかFの気持ちもわかるような気がした。
Mは作家だから、ある意味では非凡な暮らしを送っている。
行きつけの店でもMは ”先生” と呼ばれていて、彼の職業が作家だと分かると、決まって初対面の人は驚き褒めそやす。
それに対してMはいつも "ただのあだ名ですよ" と答える。
Fは、そんな彼がどこか羨ましかったのかもしれない。
ゆるさの中にホロ苦さもあり、幾つもの出会いと別れを重ね人生半ばを過ぎた世代ならとくに、シンパシーを感じてしまうような、深夜枠にぴったりの大人向けのドラマだと思った。
原作の燃え殻さんは以前から気になっていた作家だったので、ドラマ最終回を視聴後に、「ボクたちはみんな大人になれなかった」を試しに読んでみた。
燃え殻さんの作品は私小説とも言えるもので、ほぼ自分と同世代なので、90年代、フリッパーズギター、オザケン、渋谷系、六本木WAVE、仲屋むげん堂、Oliveなどなどの描写の数々に、うわぁ…うわぁ…!と、思わずあの頃の情景が脳裏に浮かび、タイムスリップしたような気持ちになった。
そして同時期、燃え殻さんが働いていた業界にちょっと近い所で私も働いていた事もあり、同じようにブラックだった当時の労働環境を思い出し、苦い気持ちになったものの、迷走ばかりしていたあの頃さえも懐かしく思えた。
燃え殻というペンネームは、元キリンジの堀込泰行さんのソロプロジェクト・馬の骨の「燃え殻」からとったということを、あとがきで知った。
私も当時何度も繰り返し聴いた大好きな曲だった。
※ タイトル画像は「みんなのフォトギャラリー」からYukitaka Sawamatsuさんの写真をお借りしました。雰囲気のある素敵な写真が多数掲載されています。
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今日12月26日は「聖ステファノの日」
こちらの国では "ソリ滑りをする日"で、子供だけでなく大人だってキックスレッドと呼ばれる蹴りながら走るソリで滑りまくってます(笑)
雪道は歩くよりソリで滑るほうが断然ラク。小さい子供を前に乗せて、ママチャリならぬママソリで保育園に送り迎えしたりもします。
今日までクリスマス休暇ですが、すでに冬休みに入っている人もちらほら。
私はこれから、おせち料理の仕込みに入りますので、年内の投稿はこれが最後になります。
皆さまも良い年越し、新年をお迎えください。
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