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隣国へのODA(政府開発援助)が、政治家にキックバックされていた。

以下は、大王製紙 前会長 の 井川意高 氏のツイート。

中共と自民党(野党も?)の癒着の裏話は長くなりますが、ぼちぼちと。
知ることになったきっかけは、もう20年以上も前。
大王製紙が中国から「研修生」を受け入れたことが事の始まりです。

午後8:41 · 2022年8月12日

正確には「技能実習生」というんですかね。 実習生という名の奴隷労働として今では悪名高い。
ところが、当時大王製紙の社長であった我が父高雄は、文字通り技能実習生として、いくつもの中国の製紙会社から、何年にもわたって、多くの製紙技術者を受け入れて、技術研修を社内で受けさせました。

午後9:02 · 2022年8月12日

1年間の研修期間、毎月日本人並みの給与を渡して、それでいて実労働する訳ではなく、当時東洋一の製紙工場だった三島工場で、原料パルプ製紙から、動力発電部門まで学ばせました。 2000年代、まだ中国人の平均年収が数万円の頃です。
1年に数名を5年以上受け入れたでしょうか。

午後9:14 · 2022年8月12日

そのことに感謝するとして、中国共産党の共産主義青年団が、日中交流中心を通じて、父を北京に招待すると連絡があったのです。 招待側のトップは、胡錦濤国家副主席(当時)でした。

午後9:18 · 2022年8月12日

*胡錦涛国家副主席(1998年3月15日 ~ 2003年3月15日)

でも、父はそういう形式的な行事が苦手。 300億円かける工場新設の地鎮祭でも、神主に「祝詞を半分に縮めろ!」と要求する人間です。
「意高!お前が代わりに行って来い」 となりました。
北京では、共青団の副理事長で日中交流中心の会長をしている方、お名前は本当に忘れてしまったのですが、

午後4:29 · 2022年8月13日

空港まで自ら出迎えに来てくださって、 まさに「熱烈歓迎」でした。
この方は、在日本大使館に長く勤務し、日本語も流暢、お嬢さんは日本人と結婚して、日本に住んでいるということでした。 名前がないと、今後の文章わかりにくくなるので、仮に李さんとしておきます。

午後4:33 · 2022年8月13日

そのとき オレは胡錦濤(当時は副主席)と握手した写真も残ってるのだが 行事3日目にもなると お互いに距離感も縮まったと思ったのか 夕食会で交流中心の理事長が

午後9:32 · 2022年9月30日

オレの耳元に顔を寄せて 「井川さん 親しい政治家はいらっしゃいますか? 野党の先生でもいいのですが やはり出来れば自民党の先生がいいです
オレ「はい?もちろん何人かいますが?」
理事長「その先生と組んで 我が国(中国)に ODAの案件を持ち込みませんか?

午後9:39 · 2022年9月30日

オレ「どうしてですか?」
理事長「もちろん 井川さんにもメリットありますよ たとえば100億円 いやもっと小額で10億円とかでもいいのですが 政治家を使ってODAを、、、」

午後9:55 · 2022年9月30日

理事長「政治家先生を動かして ODA案件を作っていただけたら その額の30%を 井川さんと政治家先生にお返ししますので」 「是非ご検討ください」
オレ「いや〜 確かに政治家先生は何人か存じ上げてますが、、、」
#自民党   #中共   #癒着   #ODA #キックバック

午後10:51 · 2022年10月1日

理事長「そうですか? しかし、いろんな先生方がご協力いただいてますよ 是非ご検討ください」
オレはそれ以来 日本の野党は反日だけど 自民党の議員は売国奴だと 確信している
安倍晋三を除いて
#自民党 #中共 #癒着 #ODA #キックバック

午後10:55 · 2022年10月1日

ちなみに 理事長「政治家先生がダメなら 井川さんの会社で中国に貢献することを 考えていただくこともいいですよ その場合も 同じようにお返ししますから」 と言った
その場合のキックバックの割合いは聞かなかったが それで懐を潤わせた 中国進出企業のトップも いるんだろうな

午後11:04 · 2022年10月1日

【参考】

2018年10月に当時の安倍晋三首相は「中国は世界第2位の経済大国へ発展し(対中ODAは)その歴史的使命を終えた」と表明。18年度に始めた案件を最後に終了すると中国側に伝えた。

共同通信

 林(芳正)氏の場合、中国との関係は2世代にわたっている。父親の義郎氏は1969年から2003年まで衆議院議員を務めた。1992年から1993年まで大蔵大臣、その前の1982年から1983年まで厚生大臣を務めている。息子と同じく、日中友好議員連盟の会長も務めた。
 また、日中友好会館の会長でもあったが、同会館は中国の日本における政治戦争を故意または無意識に助長する組織の一つと指摘されている。
 特に天安門事件後の1990年代前半に大蔵大臣を務めた義郎氏の存在は気になるところだ。大胆な人権侵害と民主化運動の鎮圧にもかかわらず、中国は日本から政府開発援助(ODA)を受けていたのである。ODAは外務省経由で配分される一方、大蔵省(現在の財務省)の承認を受けていた。義郎大蔵大臣になって、ODAは飛躍的に増大しているのだ。

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