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ミトラ教とズルワン主義

ユーラシア最大の宗教運動だったミトラ教、オリエント・西洋神智学の原型だったズルワン主義について紹介します。


ミトラ教


ミトラ(ミスラ)神は、インド・イラン神話、古インド・イラン文化の2大主神(ミトラ/ヴァルナ、ミスラ/アパム・ナパート)の一つです。

その後の歴史の中では、イランの3柱神(ミトラ/マズダ/アナーヒター)の1神にもなりました。

ですが、事実上、イラン系宗教の最大の神と言っても過言ではありません。

最初のイラン系帝国を作ったメディア人はミトラ教を信仰していたので、ミトラ教はすべての人を対象にする最初の「世界宗教」になりました。

それに対して、アフラ・マズダを主神とするマズダ教(ゾロアスター教)はペルシャの民族宗教としてペルシャ人だけを対象としました。

ナショナルな民族宗教かインターナショナルな世界宗教かという観点からは、マズダ教とミトラ教の関係は、ヒンドゥー教と仏教の関係や、ユダヤ教とキリスト教の関係に似ています。

ですが、本来、ミトラ教は伝統的なイランの宗教であり、マズダ教はイラン東部に新興した改革派でした。

両宗教潮流はその後長い間、敵対的関係にありました。

キリスト教、仏教、イスラム教が帝国の国教となった世界宗教であるのに対して、ミトラ教には現世否定的な側面があったからか、帝国の国教にはほとんどならず、むしろ弾圧されました。

そのため、諸帝国を超えて全ユーラシアに広がり、その意味では、「超世界宗教」と呼ぶべき宗教でとなりました。

また、ミトラ教は、神格に固有名詞を使わず、各地の神の名前を使ったり、各地の宗教に入り込んだりする形で、時代、地域によって様々に形を変えてきました。

こうして、ミトラ教は、ゾロアスター教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム、仏教、ヒンドゥー教、道教にも大きな影響を与えました。

そのため、全体像がとても把握しづらく、ほとんど認知されていません。

ミトラ教はキリスト教の源流であり最大のライバルであり、キリスト教以降もキリスト教を取り入れて発展した宗教であるため、その存在は、西洋世界ではタブー的存在だったのかもしれません。

また、近代のヨーロッパのイラン学では、イラン・ペルシャの宗教はアフラ・マズダを信仰するゾロアスター教であったという偏見がありました。

日本では、東條真人が、ミトラ神、及びその影響下で生じた神を主神とする宗教、信仰を総称して、広義に「ミトラ教」、そして、その中国における展開に対しては「弥勒教」と表現していますが、このような捉え方は、ゴードン学派などの世界的な潮流です。

このように、「ミトラ教」、「弥勒教」は分析概念として抽象して初めて見える巨大な運動体です。

具体的には、ギリシャ・ローマ化(秘儀化)した「ミトラス教」、グノーシス主義化した「マニ教(中国では明教)」、カルデア的な「サビアン教」、イスラム化した「スーパー・シーア派」、「ヤズダニズム(天使教)」、「ミール派イスラム」、「孔雀派」、ヒンドゥー化した「パミール派」、チベット化した「ボン教」、中国化した「白蓮教」などです。

仏教化した「弥勒信仰」、最後の密教である「カーラチャクラ・タントラ」にも大きな影響があります。

また、ミトラ教の秘境的一派であるズルワン主義は、カルデアの占星学と結びついて、ユーラシアの神智学の原型となりました。

ミトラ教は、人間の魂の深層に神性が眠っているというグノーシス的な人間観を持っているため、秘教性を秘めています。


ミトラ神


イラン(ペルシャ)における原初の至高神のカップルだったミスラ(ミトラ)/アパム・ナパートには、昼天/夜天、太陽にあって宇宙を司る外在神/水神であり死んで生物を生む内在神といった対比がありました。

後に、智恵の神であるマズダがここに加わり、3神一体となり、マズダがアパム・ナパートの性質を吸収しました。

そして、マズダ教(ゾロアスター教)では、ミトラを単なる冥界の審判神としました。

ミトラ神は、光神、太陽神の他に、契約の神、友愛の神、軍神、終末の救世主、十二星座の主宰者、死後審判の神、現在の世の教師、少年神、聖牛の供犠者、洞窟から誕生する神、岩を射て泉を湧かせる神などの特徴や、多数の顕現(化身)を持つ神です。

その終末の救世主や太陽神などとしての姿や、3柱神という論理は、他宗教にも大きな影響を与えました。

ミトラ神の各地での呼び名は、古代イランのアヴェスタ語で「ミスラ」、インド、ミタンニで「ミトラ」、ギリシャ語で「ミトラス」、パファビー語で「ミフル」、ソグド、カシミール、クルドで「ミール」、バクトリアで「ミイロ」などです。

また、ユダヤ教の「メタトロン」、仏教の「マイトレーヤ(弥勒)」、マニ教の「マニ」、ボン教の「ミーウォ」という語も、「ミトラ」の変形と思われます。

そして、オルフェウス教の「エロス=ファーネス」、「ヨハネ黙示録」の白馬で現れる「キリスト」、イスラム教シーア派の「アル・マフディー」や「時の主」、ヒンドゥー教の「シャンバラ王カルキ」、道教の「金闕聖後帝君」、「妙見菩薩」などの神格も、ミトラ神が原型でしょう。


ズルワン主義


最初のイラン系帝国を作ったメディア人はミスラ教を信仰していて、カルデアの占星学を習合させました。

「マジック(魔術)」の語源となった「マギ(マゴス神官)」は、最初はメディア人の司祭を指し、次にカルデア人の司祭を指しました。

メディア人とカルデア人は混血し、後のクルド人になりました。

-6~-5C頃に新バビロニア(カルデア)で、ズルワン神を至高存在として、ミスラ派を中心にペルシャの宗教を統合し、カルデア(バビロニア)の階層的な天球の宇宙像を持つ占星学と習合させた神智学が生みだされました。

これが「ズルワン主義」です。

カルデア人司祭はマズダ教の迫害を逃れるため、ミスラ(ミトラ)教マギの庇護下に入り、ミスラ教と占星学の習合が起こったのです。

女性司祭のコスマルティディーネが大きな働きをしたと言われています。

ズルワン主義はペルシャの神話を再構築し、それをバビロニアの宇宙論の中に対応させることで、表面的にはペルシャの宗教でありながら、実質的にはカルデアの占星学であるような神智学が生み出されたのです。

ですから、「カルデア神学」と表現されることもあります。

アケメネス朝の国教は、三柱神を信仰する「三アフラ教(普遍ゾロアスター教)」でしたが、中期には、ズルワン主義がその主流となりました。

ズルワン主義は普遍的で秘教的な神智学としてペルシャ帝国内の様々な宗派の間に広がり、国学的な基礎的神学となり、ペルシャ帝国を超えて、東西に大きな影響を与えました。

オルフェウス教、ミトラス秘儀、ストア哲学、マグサイオイ文書、カルデア人の神託、ヘルメス文書、大ブンダヒシュン、マニ教などにはその影響が明確です。

オリエント・西洋の神秘主義思想の原型がズルワン主義(カルデア神学)の中にあります。


ズルワン主義の三位一体


ズルワン主義の最初の特徴は、至高存在のズルワンから三位一体の神が現れるという点です。

元来、無限時間の神ズルワンは、「アショーカル(成長・若さを司る神)」、「フラショーカル(成熟を司る神)」、「ザーローカル(衰退・老い司る神)」という3つの有限時間の神としての顔を持ち、有限の宇宙は9千年で無限時間に帰還して成滅を繰り返すと考えられました。

また、ズルワンが最初に生んだ双子の兄弟の「アフラ・マズダ」と「アフリマン(アーリマン)」が戦い、後から現れる「ミトラ」が両者の戦いに終わりをもたらすと考えられました。

その後、ズルワン主義は様々に変化し、最終的には次のようになりました。

原初の無限時間の至高存在(両性具有のズルワン)が、「意志・力(父なるズルワン)」、「知恵・素材(母なるアナーヒター)」、「意識・霊的生命(子なるミスラ)」という3つの次元、位相として現われます。

ズルワン主義の三柱神は、ユダヤ秘教の三組(ヤーヴェ/シェキナー/メタトロン)やキリスト教の三組(父/聖霊/子)などに影響を与えた推測されます。

さらに、物質宇宙はアナーヒターの生んだ宇宙卵から生まれ、ミトラの霊的本質から霊的原理である「アフラ・マズダ」と物質原理である「アフリマン」が生まれます。

そして、アフラ・マズダはアフリマンによって殺害されて、「光のかけら」となって地上に墜ちます。

殺害されるアフラ・マズダは、ゾロアスター教では原人間ガヤ・マルタンに相当します。

また、「光のかけら」となったアフラ・マズダは、ゾロアスター教のフラワシに相当する存在で、霊魂に内在する神性としての「内なる神」です。


ズルワン主義の宇宙論


ズルワン主義の宇宙論は、ゾロアスターの宇宙論とは異なります。

宇宙は完成して永遠に存在するのではなく、燃焼と再生を繰り返す循環する存在です。

バビロニアの宇宙論を反映しているのでしょう。

宇宙には7惑星天が存在しますが、天の階層を7層ではなくて9層、もしくは10層で考えることがあります。

この場合、7惑星天の上に恒星天、霊的な火、原初の水(アイテール)を、さらには、宇宙卵や、宇宙の外郭(闇の蛇)を数えることがあります。

アフラ・マズダの本来の住居は木星天で、アフリマンは火星天、宇宙の守護神としてのミトラは太陽天、地球霊となるアナーヒターは金星天に住み、聖牛は月天に隠されています。

そして、地上には、「光のかけら」となって堕ちたアフラ・マズダがいます。


ミトラの顕現


ズルワン主義では、宇宙の一切はズルワンの現われであり、ミトラもそうです。

また、ミトラは、3つの次元、過去・現在・未来の3つの時間に顕現します。

第1の次元のミトラは、まず、宇宙創造を行った存在です。

プラトンがデミウルゴズと呼び、マニが「大いなる建築師」と呼んだ宇宙創造神です。

また、霊的な生命の本質を宇宙に与える存在であり、アフラ・マズダを生み出しアフリマンを撃退した存在です。

このミトラは最上層のアイテールに住みます。

第2の次元のミトラは、アフラ・マズダが殺害された後の宇宙を正しく導くために太陽に降りた存在です。

このミトラは「無敵の太陽」、「コスモクラトール(宇宙守護者)」と呼ばれます。

ミトラは地球に生命を与え、進化させるべく創造性を与えました。

第3の次元のミトラは、若く美しい姿で「輝く人」として地球に降りて人間を生み出し、人間を導く「教師」です。

「宇宙創造神」、「無敵の太陽」、「輝く人」、「教師」は、過去の顕現であり、現在の顕現は、「宇宙守護者」です。

また、この次元のミトラは、「終末の救世主」として、未来において白馬に乗って現われます。

最終戦争でアフリマンの軍隊を撃退し、「光のかけら」をすべて救出します。

この未来のミトラをマニは「光の狩人」と呼びました。

第1の次元のミトラは、ユダヤ教に伝わって最高位の天使メタトロンとなりました。

また、第3の次元のミスラは、キリスト教に伝わって終末の救世主キリストに、イスラム教に伝わって「アル・マフディー」や「時の主」、仏教に伝わってマイトレーヤ(弥勒菩薩)となりました。


アフリマンの復活


アフリマン(アーリマン)は、もともと、イランの民族神、祖神であり、悪神ではありませんでした。

日本で言えば、大国主のような存在でしょう。

ですから、ゾロアスター教やズルワン主義での悪神的扱いは、本来的ではありません。

アフリマンが物質原理になったとしても、それを全面的に否定することは、現世否定的な思想となります。

イスラム教時代のミトラ教とも言えるシーア・ミール派では、ミトラがシーア派の教えを説いて新しい周期が始まったため、マズダ教徒から悪魔視されたアフリマンが、孔雀の羽のような光につつまれて、神の第一の天使として復帰したと考えました。

後に近代神智学を大成したブラヴァツキー夫人は、この教えを「秘密教義」であると表現し、重視しました。



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