2002/03/03。

兄の誕生日であり、命日。

私には兄がいる。いるとは言っても肉体も魂も戸籍もない。死産だったからだ。
「あなたの代わりはいない」と皆言うけれど、私は兄の代わりとして生まれてきた。
それは小学生の頃、父と二人で骨壷に手をあわせていた。
「■■■はね、■■■■■が死んじゃったから今いるんだよ」
何も言えなかった。笑えなかったし、怒れなかった。
いいことを言った、と言わんばかりの父の顔を今でも忘れられない。
何故そんなことが言える?居ない兄の前で、生きている私の前で。何故、そんな惨いことを言えるのか?
当時の私は、その言葉を「兄の代わり」と捉えた。
それから、父がそう言ったから兄の分まで生きなければと思った。
そう決めてからずっとずっと兄の代わりに色んなことをしようと思って今まで生きてきた。

小学校五年生。両親は離婚した。
母は、この当時父が私に向かって「兄が居ないから私が居る」と言ったことを知らなかった。
誰かの代わりに生まれてきた人がこの世にいないのであれば。
私は生きていていいはずがない。
生きてていいはずもないし、もし死者の国があるのなら。
お兄ちゃんに会いたい。
何度もそう思った。だから死のうと思った。首を吊ろうともしたし、ここから飛び降りてしまおうとも思った。喧しい道路に飛び込んで吹き飛ぼうと思った。でも、思っただけだ。
できなかった。実行に移せなかった。死ねなかった。
死ねない自分が憎くて憎くて仕方なくなって髪を抜いた。腕は切れなかった。血が怖いからだ。全ての髪が無くなるのに時間はそうかからなかった。学校の上履きで自分を叩いて、思い切り自分の顔を殴ってせめて意識だけでも無くしてしまおうと思った。そんな力あるわけがないのに。
別にこの理由だけでここにいたった訳では無い。だが、私の人生は兄であり、兄の人生は私だった。私が兄の代わりに色んな景色を見ようと決めたからだ。
だが、ある日こう思った。髪の毛も生きる気力も無くて、母がずっと暗い顔をしていた時期。

兄は"死"を望んでいたのだろうか?

遠い昔、骨壷の事を母に聞いた時言ってくれたことを何度も何度も考えた。
「■■■■■は産まれてきた時既に死んでたんだよ、お医者さんからも『次の子は難しい』って言われた。でも子供が欲しくて頑張ったの。だから■■■がいるんだよ。」
死人に口なしとはよく言ったもので、実際に兄に会うことはできないし、聞いて確認することもできない。
でも、少なくとも母は私が生まれてくるのを望んでいたことは事実である。
それだけでも生きる理由になるし、救われた。
それでも昔に植え付けられた使命は中々抜けない。今でも兄の事を考えると涙が止まらないし鼻水で溺れそうになる。
まだ兄の代わりとして生きている節は否めないが、今は少し自分の為に生きている。死ぬよりも生きる。兄はどう思うかなど分からないが、少なくとも母は悪く思わないだろう。

2002/03/03。私の兄の命日で、誕生日。
いつか死んだらあるかどうかも分からない死者の国でミルクでも飲もうと思う。

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