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先輩の家に押しかけて、ご飯を作ってあげる事にした。 「どうして、君が」 先輩が住んでいるアパートのチャイムを鳴らし、「せんぱーい」と声をかけ、またチャイムを鳴らし、「いませんかー」と声をかけ、またチャイムを鳴らしたところで扉がカチャリ、ギィと少しだけ開けられて、先輩が顔を覗かせて、「どうして」と、私に疑問を投げかけたのだった。 「先輩が恋人と別れたらしいと噂を聞いて。元気づけてあげようかと」 「なんでどこでそんな噂、いや、別れたっていうか。その」 「別れ話してたみたいだっ
左手で、我が子の手を握り。 右手で、スマホを持ち。 そして私の目は、スマホの画面をじっと見つめている。 「あのさ僕さぁ、大きくなったらサッカー選手か漫画家かケーキ屋さんになるの」 「そう、いいわね」 息子の呼びかけに答えながら、私は思う。 スマホって便利だ。 スマホって素晴らしい。 人生の楽しさが、喜びが、この小さな機械の中にある。 「あっ! ねー、あの雲さー、怪獣みたい! 怪獣! 見て見て!」 「本当ね、怪獣みたいね」 息子の無邪気な声を聞きながら、私はスマ
2000年頃の事である。 未来人を名乗る男がいた。 男の話には妙な信憑性があり、勿論彼を疑う者もいたが、信じる者も数多くいた。 男は「タイムマシンが故障して未来に帰れなくなった」「すぐ戻るつもりで遡行届も出していないから救助が来ない」と言い、この時代に家も金もないと主張。そこで男を信じる有志の者達で生活費や物資、住む場所を提供し、彼を支援した。男はそのお礼として、未来の話を人々に語って聞かせた。 男の語る話は面白く、人々は喜んで彼を支援し続けていた。数年間の間は。
幼い頃の事だ。 あの日、遊びに出かけた僕は迷子になってしまい、日の暮れた町の中で泣きながら歩いていた。お腹すいた、家に帰りたい、でも家がどこかわからない。そんなような気持ちで涙を流していたと思う。 するとそこへ、知らない男性が話しかけてきたのだ。 「おい坊主、お前もしかして、アイツの息子か?」 男性は、僕の父の名を言った。それから、少し考えるような思い出すようなそぶりをしてから、僕自身の名を口にした。 僕は頷いた。 「迷子か?」 再び頷いた。 「そうか。まぁ、そん
スーツを着て、家を出る。 駅まで歩く。 いつもどおりの出勤。しかし、何かが気にかかる。何かを忘れている気がする。 何か。 「あなた!」 背後から、声。 振り向くと、妻が駆けてくる。 「あなた、もう、お弁当忘れてる」 ああ。なるほど。これだったか。 礼を言って、受け取った弁当の包みを通勤鞄にしまう。 妻と別れ、改めて駅へ向かう。 ……しかし、まだ。 何かが、気にかかっている。やはりまだ何か、忘れているような気がする。 何かとても大事なものを……。 駅の
「博士、また新しい研究ですか? 少し休憩しませんか、珈琲を淹れましたから」 「うわ助手くんいたのか、すまない気付かなかった、いや、少し考え事をしていて。珈琲、いただくよ。ありがとう。…………ん? これ砂糖入ってないな」 「砂糖ですか? おかしいな、いつもどおりに……いや、そうか。すみません。普段使っている品を切らしてしまって、違う品で代用したのですけど、甘みが足りませんでしたか。午後の買い出しでいつもの砂糖も買ってくるつもりですけど……今すぐ、砂糖だけ買ってきましょうか」 「
#写真小説 ぽちゃん! 子供達の頭に、落ちてきた水滴。 見上げると、真っ赤な実が雨の名残を抱えており、それが落ちてきたのだなとわかりました。 「みなさん!」 先生が子供達に呼びかけます。そうです、この子達は皆、小人の学校の生徒達なのであります。 「さぁみなさん、持ってきた葉を広げましょう」 先生の言葉に、生徒達はそれぞれに持参した葉を広げて、落ちる水滴を受け止めました。このようにして集めた水滴が小人達の生活用水になるのです。 これが小人の学校の、生活の授業の様
珍しく、休日だっていうのに早い時間に目が覚めた。 布団から出ないまま、枕元のスマホに手をのばして時間を確認して、用事もないし二度寝してもいいなと思いながら、ふと、体にかかる重みに気付く。 俺は体を横向きにして寝るタイプなんだが、その状態で、背中に何かよりかかっているなという感覚があるんだ。いや、幽霊とかじゃない。 これはまるで、冬場のクツだ。 あ、いや、靴じゃなく。クツってのは実家で飼われている猫の名前で。くつしたを履いているみたいな足の模様からクツシタって名前にな
昔々あるところで、ある心根の優しい人が、不幸な目に遭った方へ自分の気持ちを贈ってあげようと、千羽鶴を折っておりました。 ところが、はて、どうしたことでしょう。 紙で作られた折り鶴が折ったそばからまるで生き物のように羽ばたいて、その人の手から飛び去っていくのです。閉めている窓の隙間にうまいこと平らな体を潜らせ、外の世界へ出て行きます、空高くまで飛んでいきます。 「おおい、おおい、どこへ行くの」 呼びかけても、帰ってきません。 その人は諦めずに鶴を折り続けましたが、何羽
#写真小説 ご覧ください、あの月を。 見事な三日月でしょう。しかし月が何故あのように欠けるのか、貴方はご存知でしょうか。なになに? ふぅむふむ、太陽と地球と月の位置関係が……? なるほど! つまり貴方は“真実”を知らぬ訳だ! お教えしましょう。あれはですね、魔女がいるからです。 真っ黒い服を着た魔女が、月に腰かけているのです。 魔女は……なんというか……ふくよかですからね。魔女の重みで月はべっこりと凹んでしまうのです。 それこそが、月の欠ける仕組みな訳ですよ。
俺は、沈んでいく。 水の中、ではない。ここは水の中ではない。俺は水に沈んでいる訳ではない。でもじゃあだったらここは一体どこだったろう。俺の周囲は白い。ただただ白い。まるで牛乳のような、夏の雲のような、真っ白な世界に俺はいる。ここはどこだ? 自分の体がふわふわと浮いているような感覚がある。沈んでいると思うのに浮いているとも思っている。果たしてどちらが正解なのだろうか。俺はどうなっている? なんだか記憶が曖昧だ。沈む前の事が(あるいは浮く前の事が)よく思い出せないのだ。俺
「逃げろ!」 その言葉を最後に、先輩は羊の群れに飲まれて消えた。 酷い人だった。いつも、面倒な仕事ばかり他人に押しつけて手柄だけ持って行く、嫌な人だった。僕はあの先輩の事が嫌いだった。……けれど、この数日間、ふたりで協力して羊から逃げ続けている内に、僕らの関係性は少しずつ変化していたのだ。 ねえ先輩。 あんたに僕を庇って犠牲になるような男らしさがあるなんて思いませんでしたよ。 普段からそういう感じでいてくれたら、良かったのに。 これからはちゃんと協力して仕事してい
#写真小説 朝の青い空に、白い月が浮かんでいる。 僕はあれを見る度に、ミルクキャンディーを思い出す。 青崎さんのくれたキャンディー。 青崎さんは中学の頃のクラスメイトだ。友達と呼べるほど親しかった訳ではないけれど、たまに会話する程度の関係。 あれは、早朝の教室での出来事だった。 あの日、職員室に用のあった僕は普段より早い時間に登校したのだが、すると静かな教室に青崎さんだけがいたのだ。ポケットからキャンディーを取り出し、舐めていた。学校でお菓子は禁止されていたのに
僕は図書館に通っている。 とはいっても本当の図書館じゃなくて、僕ん家の近所にある、本がいっぱいある家の事だ。いつでも勝手に入って自由に本を読んでいい、って、そこに住むおばさんに言われている。だからありがたく僕は毎日のように図書館(と呼んでいるその家)で読書をするし、ついでに勉強もする。 僕は学校が苦手だ。いじめ、ってほどじゃないんだけど、クラスメイトとどうにもうまくいかなくて、教室にいるとだんだんお腹が痛くなるようになってきて、それでまあ不登校っていうか、そんな感じにな