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20240327 映画『箱入り息子の恋』 恋する一人っ子のお話

ちょっと前になるのですがこちらは配信で観た記録。
映画『カラオケ行こ!』からの綾野剛祭からのMIU404で星野源作品にたどり着き、映画『箱入り息子の恋』を観ました。

35歳まで恋愛経験ゼロの、初心で奥手で他人というかともすれば世界とも距離を置きたがっているような男性を星野源が演じている。なにせMIU404 と罪の声から来た人間には高低差がとにかく凄い。独身は独身でも逃げ恥とも違う主人公の姿、私は結構親近感を抱いた。

と、いうのも天雫健太郎、一人っ子である。
ふと、自分の人生で出会った健太郎を思い出してみると、友人たちは確かに長男が多かった気がする。兄弟全員に太郎、がつくご家庭もあるだろうが、やはり長男に名付けられることが多いのではないかと思う。
健やかに育てとつけられただろう名前に反し、現在の彼はあまり健やかではない。
世間の印象通り、一人っ子というのはほとんどの場合家の中の争いごとを知らない。両親の気質が穏やかであれば喧嘩もしないし、マイペースに生きて何の問題もないのである。自分がそうなのでわかる。誰かと比べられることもなく、大人に囲まれて育つので比較的大人びたような、ませた感じの子どもも多い。
きっと、これまで大きな問題も起こさず、グレることも荒れることもなく、なんなら「うちの子はおとなしすぎて」と言いながら、わが子の育てやすさに胸をなでおろしたことが両親は何度もあるのではないだろうか。

そんなのんびりと暮らして来た中で、親にふっと湧く不安。
自分達は遅かれ早かれ先に逝く。その時にこの子が一人だったらどうしよう。それは兄弟が居たって思うかもしれないけれど、多くの問題のない家庭なら、まぁ兄弟も居るしと思わないではないだろう。
悩んで悩んで思い立って、親が先に婚活をしようと思うまで思い詰めたんだろうなぁと。

会ってみろ、いいよ、なんて軽く返してくれる息子には、親が見合いを勧める必要なんてきっとない。自分達にはいくつになっても宝物の息子も、紙切れの上ではあまり魅力的でないことを理解しつつ、せっかく掴んだ縁に対する両親、特に父親の必死さが痛いほど伝わってくる。
この、見合いにいくことを承諾させるまでの親子の戦いと夫婦の連係プレーが私は好きだ。見る人が見ればこれも甘やかしてることになるのだろうけれど、一人っ子の親は子どもが寂しくないようにずっとずっと必死なんだと思う。

対して、健太郎と出会う、ヒロインの奈緒子を演じるのは夏帆。こちらもまた箱入り娘の彼女は目が不自由だ。
私は、彼女を想う母、玲子(黒木瞳)が奈緒子の先々を案じて声をかける場面で早々泣いてしまった。彼女は確かに不自由だけれど、ただただ彼女のこれからを想う気持ちは障害の有無には関係がないと思う。

話がそれてしまうけれど、一人っ子に生まれて、兄弟が居なくて可哀想、と言われたことがない人は少ないと思う。その親だって何度も言われるだろう。子どもを産んで育てるのには時間も手間も金もかかる。そして夫婦が健康なら何人でも産めるわけじゃない。授かりもの、という言葉のとおりなのだけど、この映画を観ていると、自分が思って居たよりも親はどこかで申し訳ないと思い続けるのかもしれないと思った。その分の愛情や、期待、一人の子にかけるあれこれがまた外野には甘やかしに見えるのかもしれないけれど、それも全部ひっくるめて一人に注がれる愛は、私はいいものだと思う。

かくして見合いは行われるものの、その場は最悪だ。奈緒子の父、晃(大杉漣)もまた、ちょっとやな感じのデキる男ぶりが上手い。絶妙に自信家で、確かに家族に不自由をさせたことはないだろうし、裏でも色々ありそうなそんな父親の無礼さも、やはり娘を愛するが故だ。健太郎の父、寿男(平泉成)はこれはこれでもう大人の息子に対して過保護で、それを恥じつつも口に出せない健太郎の姿がなんだかすごくリアルだと思った。

見合いは最悪に終わっても、健太郎と奈緒子は惹かれ合っていく。
お昼休みを利用した、ままごとみたいなデートやランチタイムは微笑ましくもあり、心配にもなるのだけど、変わろうとする健太郎の姿はなんかいいなって思える。人間って自分のためだけに変わっていくのは難しいんだなって、その変化が教えてくれるような気がした。

初めて二人が身体を重ねようとするとき、健太郎が選んだホテルの部屋が真っ当で、私はそこが凄く好きだと思った。けばけばしくも、いかがわしさの欠片もないビジネスホテルかなと思えるそこは、清潔で、ここならばと彼が思ったのならば、いい男じゃんって。見えないからどこでもなんでもいいわけじゃなくて、きちんと閉められたカーテンも、なにもかも、それは童貞男子の不安に起因するものかもしれないけれど、こういう優しさはあの過保護なご両親によって育まれた健太郎のいいところだ。

この後交際がバレ、怪我はするわ、本当に怒涛の展開を迎える。そうなるか、って思う後半の展開には驚かされるけれど、そんな二人の恋を応援したいと結局は思った。
健太郎の病室の場面。あの見合いの席で、目が不自由なことを聞いても受け止めてくれた健太郎の母、フミ(森山良子)の怒りは忘れがたいし、その後二度目の病室に一人佇む健太郎は、少し大人になったように見えた。きっともうお母さんも付き添ってはくれないだろう。

ご本人も話題にしているけれど、健太郎役の星野源の童貞とか年齢イコール彼女なし、プロの独身のような役柄って結構目立つ。
…これ、見る側の理想が込められてるんじゃないかなって思う。実際に誰とも付き合ったことがないような、特に男性はもっともっと人との間に壁があると私は思う。初心で不慣れで、ちょっとしたことにドギマギする姿は見たいけれど、でも映画やドラマの尺の中で格好良くメタモルフォーゼしてくれなくちゃ困るのだ。星野源は、”眼鏡を外したら美少女”、みたいな変化ができる稀有な俳優なのだと思う。気真面目さと変わり者の中に、格好良さを忍ばせているのだから。

二度目のシーツの中、いや、一度目もか。奈緒子を抱き寄せ、その輪郭を確かめる腕の動きは優しく、慣れてないなんてとんでもないなって思う。本能ってやつか、そうじゃなきゃ天性のもので、そんないい男の片鱗を感じながら、ピュアな恋人たちを見守るのはなんかいいものだと思う。

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