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Bible Gamer 第三夜 「ヨシュア記」

ヨシュアはこうして、この地方全域を獲得し、すべて主がモーセに仰せになったとおりになった。

新共同訳聖書 ヨシュア記 11:23

旧約聖書の「ヨシュア記は、モーセの後継者となったヨシュアが、イスラエルの民と共にヨルダン川を渡り、約束の地カナンを掌握する物語である。

その前半部は、イスラエル軍の武力侵攻によって一気にカナン全域が征服される様子が記されている。だがその一方で、イスラエル人が討ち払えなかった住民に関する記述もまま見られる。

つまりこれは、華々しい軍事的勝利の描写には後世の脚色が含まれており、イスラエルの人々がカナンに定着する実際のプロセスには、多くの苦難と長い時間がかかっていたことを示唆するものだといえるだろう。

ウォーゲーム「Joshua(ヨシュア)」

今回紹介する「Joshua: Hebrews vs. Pagans(ヨシュア:ヘブライ人対異教徒/以下『Joshua』)」は、ヨシュアに指揮されたイスラエル軍がカナンを制圧する過程をテーマにしたウォーゲームである。

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「ヨシュア:ヘブライ人対異教徒」

ゲームマップは、聖書などでよく見るカナンの地を図式化したものだ。

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「ヨシュア」のゲームマップ

このゲームは二人でプレイする。一人が侵攻側であるイスラエル軍(ヘブライ側)を、もう一人が、複数のカナン都市国家群(異教徒側)を担当する。

ヘブライプレイヤーの目的はカナンで勢力を拡大することにあり、敵対する異教徒プレイヤーは、それを阻止することが目的となる。

ウォーゲームとは

さて、「Joshua」はウォーゲームである。ウォーゲームとは、戦争を現実的に表現しようとする戦略ゲームを指す。そういう意味ではチェスや将棋も広義でウォーゲームといえるが、それらは戦場の様相を模したものではなく、軍隊が実用的に用いるには抽象的である。

17~18世紀にかけて、より現実の用兵術に近い感覚でプレイすることを目指したチェスの変形拡張ゲームがいくつか現れた。そして19世紀になって、軍学校での教練に耐えうる実践的なウォーゲームがプロイセンの将校によって開発される。それが「クリークスシュピール(Kriegsspiel)」だ。

これは、自然地形の正確な地図を用いて、ある程度は運に左右される不確実な戦闘の処理や、兵科ごとの特質などが精密にモデル化されていた。

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クリークスシュピールのレプリカ
Photo by Matthew Kirschenbaum

これが実用的に活用され、プロセイン軍が現実の戦争において戦果を上げたことで、他の国々は、プロセインのウォーゲーミングの手法を模倣するまでになる。

こうしてクリークスシュピールは、戦略的思考や意思決定の訓練に用いる兵棋演習ツールとして、軍隊が広く採用した最初期のウォーゲームとなった。

ホビーとしてのウォーゲーム

他方、娯楽としてのウォーゲームは、戦場の情景模型(ジオラマ)の愛好者たちから、その模型を利用して戦いを模したゲームをするミニチュアウォーゲームが生まれた。

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ミニチュアウォーゲーム

SFの父と呼ばれるH.G.ウェルズは、1913年に「リトル・ウォーズ(Little Wars)」というミニチュアウォーゲームのルールブックを出版している。

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Little Wars初版表紙

ミニチュアウォーゲームは一定の普及を収めた。しかし、軍事的知識とは別に、高度な模型の技術習得が必要で、プレイするための準備に要するコストや手間がかかる欠点を持ち合わせてもいた。

これらミニチュアウォーゲームや軍隊の兵棋演習から着想を得て、もっと手軽なウォーゲームを制作し、かつ商業的に成功したのは、アメリカ人のチャールズ・ロバーツである。

1954年に彼が出版したウォーゲーム「Tactics」は、厚紙のコマとゲーム盤だけで戦場が表現され、ミニチュア模型は一切不要だった。

このゲームは、軍事の基礎知識が学べるほど本格的であったにもかかわらずルールは簡単で、しかも、このセットひとつを買うだけで完全にプレイできた。この特徴は、当時としては画期的だったのである。

「Tactics」は架空の戦いをテーマにしていたが、ゲティスバーグの戦いや第二次世界大戦の各戦場など、史実を元にしたウォーゲームも次々と発売され、すぐにそちらが主流となった。

こうしてホビーとしてのウォーゲームは、歴史上の著名な戦いを盤上で追体験する装置として、多くの人の心をとらえることとなったのである。

「Joshua」の特徴

「Joshua」に話を戻そう。本作は、カードをプレイすることで、指揮官に部隊の移動や戦闘などを実施する。

それらのカードには「アカンの罪(Aachen's Sin)」「律法の朗読(Joshua reads the law)」など、ヨシュア記に関わりのある名称と、それらしい特殊効果も持っている。

本作には、このようなカードが数十種類ある。

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「ヨシュア」のカード例

プレイヤーは1枚のカードをプレイするごとに、指揮官に部隊を運用させるか、あるいははカードの特殊効果を使うか、そのどちらかを行う。

これはカードドリブンシステムと呼ばれ、90年代の商業ウォーゲームに現れた、比較的新しいゲームデザインの手法である。

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「ヨシュア」のユニット(コマ)例

このシステムには、戦争映画や戦記小説で描かれるような、戦場のドラマチックな場面を演出的に表現しやすいという特色がある。本作がこれを採用したのは、ヨシュア記に見られるいくつかのエピソードを、ゲーム中で簡明に再現させるためであろう。

ゲームでのイスラエル軍はヨシュア記と同様に強力だが、限られた期間内に規定の戦果を上げる義務が課せられている。そのため、これを迎え撃つカナンの都市国家は、多少の損害にも臆さず粘り強く抵抗し、少しでも敵の進軍を遅らせようとするだろう。

しかしそれでも、ヨシュアは断固として攻め続けなければ勝てない。このあたりは、ヨシュア記に書かれた戦いの雰囲気をよく表現している。

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ゲームマップ上のエルサレム周辺

最後に少し苦言を。発売元が家族経営の小さな組織なようで、正直なところ内容物のできばえはチープである。またルールに不明瞭な点がいくつもあり、ゲーム以前に、商品自体の作り込みに甘さが見られたのは残念だった。

カードゲーム「エリコ」

ウォーゲームではないが、「エリコ(Jericho)」というカードゲームも簡単に紹介しよう。

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カードゲーム「エリコ」

これはドイツ製のファミリーゲームで、ヨシュア記にある、城壁を角笛で崩すエリコの戦いをモチーフにしている。

本作は、エリコのエピソードを知らなくても楽しめるようにデザインされている。逆にいえば、このゲームからエリコの戦いを学ぶことはできない(学ぶきっかけにはなるかもしれない)。

プレイヤーは、さまざまな色の壁カードで長い壁を作ることを目指す。しかし角笛カードが出されると壁の一部が崩れてしまう。

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「エリコ」のカード例

シンプルで遊びやすいルールのゲームだが、この角笛カードがなかなか強力で、思い通りに進めるには悩ましいゲームに仕上がっている。

これは、2019年12月発行「季刊Ministry」(キリスト新聞社)Vol.43に掲載され、それを加筆修正した記事である。詳細は「前日譚」に記した。


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