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セラピスト

妻が癌になった。
「もう良い歳だし、治療はしないわ。
 体が動く内に、したいと思っていた事を全部しなくちゃね。
 死ぬ時に後悔したくないもの。」

結婚して45年。
長年、私を支えてくれた妻の願いは何でも叶えてあげたい。
今度は私が妻を支える番だ。

犬を飼う事も妻の願いの1つだった。
ペットショップへ見に行った時、私は可愛らしいミニチュアダックスフンドやヨークシャーテリアが良いと思ったが、妻が選んだのは元気一杯に吠える、わんぱくそうな雄のポメラニアンだった。
一目見て、気に入ったらしい。

ポメラニアンはよく吠えると聞くので、妻の気が休まらないのではないかと心配したが、妻はどうしてもこの犬が良いと言うので、我が家へ迎え入れる事にした。
妻が茶々丸と名付けた。

躾は最初が肝心だ。
私なりに頑張って躾をしているつもりだが、茶々丸は全く言う事を聞かない。

私と妻以外の人の気配がすると、すぐに吠える。
少しでも茶々丸を放っておくと、寂しくなるのか、わざとトイレ以外の場所で粗相をし、私や妻の気を引こうとする。
それを叱ると、「やっと構って貰えた!」とばかりに、嬉しそうに吠えながら、私の周りをクルクルと走り回る。

私は少しうんざりしているが、妻は自由奔放な茶々丸に癒やされている様だ。
息子が幼かった頃を思い出すらしい。
いたずらっ子でやんちゃで、構わないと拗ねる所は確かに似ているかもしれない。

息子が独立し、一度は静かになった我が家だが、茶々丸の加入により、大変賑やかになった。
近くに住む孫達が来て、茶々丸を散歩に連れて行ってくれる事も有るが、いつも5分も経たない内に帰って来る。
茶々丸が会う人会う人に吠えるので、肩身が狭くなる様だ。
「おじいちゃんとおばあちゃんは茶々丸を甘やかし過ぎ。」と、いつも言われる。

私も茶々丸を毎日散歩に連れて行くが、興奮して暴れ回ったり、吠え続ける時は抱きかかえながら、歩いている。
茶々丸の為の散歩が、私の散歩になってしまっている。

茶々丸が我が家へ来て、数年が経った頃、妻の癌が消滅した。
そんな事が有るのかと驚いたが、どうやら茶々丸の存在が関係しているらしい。

動物との触れ合いは癒やしやストレスの軽減をもたらす効果が有り、アニマルセラピーという治療も有るそうだ。
茶々丸は妻にとってのセラピストであり、命の恩人なんだな。

困ったぞ。
これから、茶々丸を叱り辛くなってしまう…。


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