異動
入社3年目の時、新人の教育を任された。
電話の取り方から始まり、仕事の手順を教え、一部の仕事を引き継いだ。
新人が早く独り立ち出来る様、必死に頑張った。
電話は新人に取らせ、引き継いだ仕事は基本的に任せた。
電話を取らなかったり、仕事でミスをしたら、少し厳しく注意した。
その新人はすぐに辞めた。
「伊藤が嫌だから、辞めたらしいぞ。」と上司に言われた。
その後、多くの新人を教育し、私は学んだ。
私の場合、新人を独り立ちさせようとしない方が、上手く行くと。
自分で言うのも何だが、私は仕事が出来る。
記憶力が良く、頭の回転が早い為、あまり努力しなくても、成果を出せてしまうのだ。
人と話す事が好きなので、電話応対や営業も全く苦にならない。
だから、自分と同じ様に出来ない新人に苛々してしまうのだ。
自分と同じレベルを新人に求めてしまう。
私について来られない新人は辞めるか、休職するか、異動願いを出す。
このままでは、私の評価も下がってしまう。
学んだ私は、新人をとことんフォローする戦略に変えた。
電話も私が率先して取った。
そうこうする内に、新人が2パターンに分かれる事に気付いた。
私のフォローから仕事のノウハウを学び、吸収し、成長する新人。
「どうやってこの様に処理なさったのか、教えてください。」と積極的に聞いて来る。
私よりも早く電話を取る。
私のフォローに甘んじ、「伊藤先輩が何とかしてくれるから、頑張らなくても良いや。」と怠ける新人。
電話を取る気が全く無い為、電話の取り方すら知らないし、覚えようともしない。
後者の事は放置する。
私が同じ部署にいる間は、私がフォローすれば仕事が回るからだ。
新人が電話を取らなければ、私が取れば良い。
フォローよりも、やる気が無い新人をやる気にさせる方がよっぽどストレスになる。
私が異動した後、本人が困れば良いのだ。
ドライを通り越して、冷たいと思うが、これが私だ。
私が尊敬する沢木先輩は情に厚く、面倒見が良い。
自分の部下は勿論の事、異動で仕事上の繋がりが無くなった元部下が困っていても、相談に乗り、助言する。
やる気が無い部下や怠ける部下を、厳しく叱る。
そんな沢木先輩を煙たがる社員もいるが、叱られる内が華だと気付いた方が良い。
口うるさくても、気にかけてくれる上司の方が、私の様に放置する上司よりも、温かくて優しいのだ。
しかし、以前は愛の鞭と受け取られていた事が、今はハラスメントと受け取られる様になり、時代の変化を感じる。
行き過ぎた愛の鞭は良くないが、何でもかんでもハラスメントにするのはどうかと思う。
権利を主張するのならば、義務を果たすべきだ。
後で困るのは本人なので、何も言わないが。
私は【今】所属している部署には全力を注ぐが、異動した後は我関せずだ。
私のフォローに甘んじていた部下が、私の異動後に困る姿を見るのが、地味に楽しい。
我ながら、嫌な性格だと思う。
*****
「先輩って、電話に出るのが早いですよね。」
「そうだろ。
でも、俺よりも伊藤本部長の方が早いぞ。」
「そうなんですか?」
「電話が鳴った瞬間に取るんだよ。
課長になっても、部長になっても、電話を取ってくださるから、同じフロアの社員達は焦ってさ。
部長や課長に電話を取らせる訳にはいかないじゃん?
だから、必死で伊藤本部長よりも先に電話を取る様になったよ。」
「伊藤本部長は今は個室にいらっしゃるから、知りませんでした。
最近の新人は電話に全く出ませんね。
僕が間に合わず、先輩に出ていただく事も有り、申し訳ございません。」
「いいんだよ、気にするな。
最近の新人は、電話が苦手らしいな。」
「先輩や僕が電話に出ても、全く焦りませんよね。」
「世代の違いだな。
伊藤本部長は仕事も完璧だから、異動でいなくなると、大変だったよ。
異動後に質問すると、「仕事のやり方は日々変化しているから、君のやり方で進めてごらん。」と【優しく突き放される】らしいから、伊藤本部長が上司の間に色々と吸収しておかないと、後で困る。
沢木本部長は異動後でも手厚く教えてくださるが、お説教もセットだ。」
「いやー、どちらが良いんですかね。
僕には沢木本部長の方が合いそうです。
でも、お説教は面倒臭いから、悩みます。」
「伊藤本部長はCOOLで、沢木本部長はHOT。
両極端だな。」
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