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戦艦探偵・金剛~シルバー事件23区~ PLACEBO *1 UMI ⑤

九月十四日 午後八時五十二分 自宅マンション『タイフーン』

 神威が女子高生になって四日が経った。
 彼女は順調に女子高生生活をエンジョイしているらしい。ま、艦娘の年は分からないがセーラー服を着て集団に紛れ込んでしまえば、神威は普通の女子高生に見えた。まぁ、おとなしくしている分にはルックスも人当りもいいから心配はないだろう。
「今日は長谷川さんと逸島さんが旧校舎の方で幽霊をですね~」
 などと学校の出来事を夕食時に報告するのが日課になっていた。
「こっちとしてはそんなことよか、カムイネットの方が気になるんだがね」
 俺がそう言うと、決まって神威は、
「大丈夫です、もう少しです、はい!」
 と、締め切り間際の作家みたいなことを言う。詳しく話を聞いてみると、
「一年生のですね、岸井さんという方にアテがあるそうです」
 どうやらこいつなりに頑張ってはいるようだった。
「ただ条件として、明日、男の子と一緒に遊びに行かなやならないんです」
 いや、やっぱ遊びたいだけかもしれん。
「明日って月曜じゃねぇのか」
「やだなぁ、モリシマさん。敬老の日ですよ」
「ああ」
 祝日か。間抜けな声を上げて俺は納得した。この仕事をしていると、ついうっかりそういうことを忘れてしまう。

 一方、俺の方は特に収穫は無い。相変わらずイノハナへの報告書を書いてみたり、他の仕事に手を付けたりしている。そういえばイノハナから催促の手紙が来ていた。あんまり報告が遅いとペナルティを課すとかなんとかいう内容だった。全くうるせえ野郎だ。こっちだって暇じゃない。やるべきことはたくさんある。
 そのやるべきことの一つには、ミクモ村の記事もあった。
 ミクモ村………どうして龍田があの村を気にするのか。俺がまさに手掛けている仕事と、このタイミングは単なる偶然なのだろうか?
 龍田に言われて、俺は今、改めてミクモ村のことを調べなおしていた。
 この日本にミクモ村は二つある。
 一つは滋賀県甲賀郡にある三雲村で、一九五五年に岩根村と合併する形で甲西町となって廃止されている。
 もう一つは神奈川県秦野市の山奥にあるミクモ村だ。公害事件のあったのはこちらの方になる。
 具体的な公害事件の経過を以下に示すとこうなる。
 一九三五年、ミクモ村にミクモ製薬(現・ユキムラ化成)が工場を建てたことに端を発する。住民に対する当初の説明では、完全クリーンで無害な操業を目指し、廃棄物処理は工場内で完結させ、工場から付近の川や下水道へ一切の排水を行わないことになっていた。事実、工場は村から見て上流に建てられていたが、ミクモ製薬の工場は川から二キロほど離れた場所にあったし、工場の設備も排水機能は存在していなかった。
 ところが工場が操業を始めて二ヵ月後、ミクモ村の住民に異変が起きる。老人を中心に、軽い物忘れのような症状が出始めた。
 この頃の記録はまだ少なくて、主観的なものも多く曖昧だ。畑仕事のためのクワをどこへやったかとか、弁当を忘れただとか、若い連中だと休みなのに学校や会社へ行く人間が出たりした。
 ここまでならまだ笑い話で済んだかもしれないが、事態は更なる悪化を辿る。
 物忘れを始めた連中は、次に軽度の痴ほう症的症状へと発展していった。この段階ではまだ、若者への波及はなく、発症したのが老人ばかりだったので単なる老人性痴ほう症とみなされたことが、結果として事態の把握を送らせたようだ。
 この病気の最終段階は、発症者に恐ろしい幻覚を見せて凶暴にさせてしまうことだった。ボケはじめた老人たちはやがて刃物を持って暴れ回るようになり、やがて若者たちもそれに続くかのように村中で暴れ始めた。
 当時、ミクモ村周辺で記録された傷害事件の統計を見ると事態の深刻さがよく分かる。工場操業前は年に二、三件程度だったものが、工場が操業して一年経つと八十件あまりが報告されるようになっている。
 この異常な病気の原因がミクモ製薬の工場にあると考えた村人は、ミクモ製薬の向上に対して操業停止を求めるデモ行進を行った。デモの参加者は主に発症者の身内であり、同じ病気に罹患した人々がほとんどだった。
 先に述べたように、この病気は人間の認知機能に作用するものだ。そうなった人間が起こすデモ行進は異様なものであったと手元の資料には記載されている。
 デモ行進を見た人間の証言によればこうだ。
 ある者は糞尿を垂らしながら歩き回り、ある者は服を着ることすら出来ずボロ布を体に巻き付けて裸足で行進し、ある者は家の倉庫に眠っていた年代物の甲冑を着込んだりもしていたという。
 そういう人間たちの起こすデモ行進だから、統制など執れるはずもなく工場の操業停止を求める掛け声は、次第に訳の分からないうめき声になったり、全く関係のない言葉をただ適当にしゃべったり、本来のデモ行進のルートから大きく外れるものも出始めて、喧嘩が起こったり、とにかくめちゃくちゃだったらしい。
 送られてきた資料の中には一枚だけ、デモ行進の様子を写したモノクロ写真があった。言われなければこれがとても工場の操業停止を訴えるデモだとはわからないだろう。どちらかと言えば仮装した集団が、虚ろな目でよくわからないまま歩かされているような風だった。
 デモ行進は皮肉を込めて『百鬼夜行』と呼ばれた―――資料ではそう締めくくられている。
 マスコミこそ報じないものの、ミクモ村の異常な状況は政府としても無視できなくなってきた。医者を中心とした調査チームを派遣して、村人の症状とその原因究明にあたった。すると、明らかになったのはミクモ製薬の薬品管理の杜撰な実体だった。詳しい説明は省くが、連中は確かに工業廃水を川に流すなんて真似はしなかったが、処理施設に送る前の廃液を補完するドラム缶が痛んでいて、それが地面に野ざらしになっていたことがまずかった。廃液は地面にしみこんで地下水へ流れ込み、井戸水を常用とするミクモ村の住民の口に入ったのだ。
 これが決め手となって、ミクモ製薬とミクモ村の間で裁判が起こった。判決は一審でミクモ製薬の敗訴が決まり、ミクモ製薬は被害者家族への賠償へ応じた。
 ここだけみると一見、ハッピーエンドのように見えるだろう。しかし病気によって認知能力の低下しているのをいいことに、その賠償内容は未だに公開されていないようだが、実際のところ酷いものだったらしい。また、ミクモ村の水質汚染はこの時点で取り返しのつかないことになっていたらしく、生活用水の大半を井戸水に頼っていたミクモ村の住民は立ち退きを余儀なくされた。あるいは立ち退きも賠償の条件に入っていた、なんて注訳のついた資料も見受けられる。
 まぁ、とにかくこうして一つの村が滅んだわけだ。

 龍田はどうしてこの村の調査を俺に依頼したのか?
 確かに興味深い事件ではある。しかしこれが彼女とどう関わりがあるのだろう?
 ………からかわれたのか? それとも俺はまだ何かを見落としているのだろうか?
 そう思いながら丁寧に資料を漁っていくと、なるほど、探せばあるものだ。
 それは新聞のくりぬきだった。小さな記事だ。それにはこう書かれている。

『ミクモ村ノ少女、惨殺サレル』
 
 とい大きな太文字の横では事件のことが書かれてある。それによれば、

『昨夜未明、行方不明となっていたユキムラリル(九歳)が○○川河川敷で遺体となって発見された。遺体はボートの上に乗せられており、付近を通りがかった村人が発見したという。ユキムラリルは村人の間で問題を起こしているミクモ製薬の関係者の身内であり、警察は他殺として捜査を進めている模様』

 記事の内容がまんまナナミケイの状況と一致しているので、思わず俺は、
「え?」
 と声を小さな声を上げてしまった。それからナナミケイの資料とが混ざってしまったのかと思った。そんなはずはない。ナナミケイの事件は新聞記事にすらなっていないし、被害者の名前も違う。
 と言うことは? と言うことは? と言うことは?
 不謹慎なことだが、事件は俄然、面白くなってきた。二十年前にナナミケイと同じ手口で九歳の女の子が殺されている。すると考えられる可能性はいくつかある。
 ① 二十年前のミクモ村にカムイがいた。
 ② ナナミケイを殺したのはカムイではなく、ミクモ村の殺人鬼。
 ③ 単なる偶然。
 よく分からねぇが、この小さな新聞記事じゃ断定は出来ねぇ。でも、もしかするとやっぱりナナミケイを殺したのはウエハラカムイじゃないってことか?

九月十五日 午前十時三十二分 東京都八王子市 八王子警察署

 とりあえずミクモ村の情報をまとめて、俺は直接、八王子警察署を訪れた。受付でクサビのことを訊ねたが、あいにく捜査で出払っているらしい。まぁ、想定の範囲内だ。まとめた資料を受付のねーちゃんに手渡して、
「事件のカギはミクモ村にある。伝えてくれ」
 と、伝言して帰った。クサビが俺の言葉をどれだけ真剣に受け止めてくれるかは疑問だが、とにかく義理は果たした。あとはこっちで好き勝手にやらせてもらう。
 マンションへ帰る前に、いくつか知り合いのいる新聞・雑誌の出版社を回って経済・産業部門の連中から色々とユキムラグループについて聞いてみた。するとこんなことが分かって来た。
 どうやらユキムラグループの会長は、今度行われる八王子市の市長選に出馬するつもりらしい。対抗馬は現市長のハチスカカオルなんだが、地元の組織票が強くていくらユキムラでも相手にならんらしい。
 ところがハチスカカオルの後援会をしていた、地元の製造業の取りまとめ役が急に亡くなったとかで勝負が分からなくなった。一口に地元の製造業と言ってもそのパワーバランスは微妙なもんらしく、特にユキムラグループは今では製薬業から重工業まで手がける国内トップ企業の一つだ。こいつに貸しを作って置けば後々、美味しい思いが出来ると考える奴らも大勢いるらしい。
 後援会は今、ハチスカ派かユキムラ派かで揉めに揉めている様だ。
 きな臭いのは死んだという後援会長、それがカムイに襲われたというカワイユカの実父らしい。噂によれば、娘を庇って河川敷でカムイに殺されたとかなんとか。
 何だか妙なところで話が繋がって来たもんだ。と、同時に嫌な予感も大きくなってくる。この事件、二十年ぶりに蘇った殺人鬼の話かと思いきや、深いところでどうも様相が違うようだ。組織犯罪の臭いがする。
 ちょっと引き際を考えないとあぶねぇかもな。それで死んだ記者を、俺は何人も知っている。

同日 午後三時二十分 自宅マンション『タイフーン』

 家に帰ると、神威が先に帰って来ていた。小学生じゃあるまいし、もう少し遅めに帰ってもよかろうに。
 なんて思いながら靴を脱いで玄関を上がる。
「ただいま~」
 と言いながら居間へ行くと、神威が泣いていた。
「お、おい、どうした」
 驚いて理由を訊ねると、神威は泣きながらも少しずつわけを話してくれた。
 今日、岸井とかいう奴に誘われていった集まりは、それはそれは楽しいものだったそうだ。岸井たちは神威に東京を見せて回ったらしい。
 ところがグループの中の一人が、神威に気があるらしく、しかもそいつがカムイネットの最新刊を持っているそうだ。どうしてそんなものを持っていたかと言うと、なんとそいつは死んだソノダユリコの恋人でもあったわけだ。
 カムイに恋人を殺されたら、誰だって悲しむ。少なくとも俺や神威は悲しむと思う。ところがそいつは飛んだクソ野郎で、恋人が死んだっていうのに神威を口説いてきやがる。あまつさえこんなことを抜かしたそうだ。
「正直、ユリコが死んでくれて助かったよ。あいつ、妊娠してたんだよね。たぶん、俺の子。バレたら親に殺されるし、おろすのにも金ないしさ」
 その一言を聞いて、神威はとても悲しくなって、その場から逃げ出してしまったのだという。

 俺にそんな話を聞かせている内に、やがて神威は泣き止んで、目が据わって来た。
「お前、変なこと考えてんじゃないだろうな」
 俺が言うと、
「変なことって何です?」
 と、神威が聞き返す。
「その男をぶん殴ってやろうとかさ」
「それのどこが変なんです? 殴ってやればいいんですよ! あんな奴!」
「でも駄目だ」
「どうして?」
 そう聞かれると答えに窮する。何だか小学校の校長が話すような言葉しか思い浮かばないのがむずがゆい。でも、たぶん、
「誰かをぶん殴ることを許容する社会は、誰かに殴られることを認める社会になり得るからだ。いくつかの例外があるにせよ、ムカつくことを言ったからって殴られてたら誰も気軽におしゃべりなんか出来なくなるだろ」
「私は人を傷つけるようなことは言いません」
「それはどうかな? 言葉、というより人の認識何て実際は曖昧で適当なもんだぜ。何で傷つくかなんて分からないし、予測しようがないだろ。それに彼は言っただけだ。実際にはソノダユリコを殺したわけじゃないし」
 神威は納得できかねる、といった様子で俯いた。だけど、彼女が暴力をふるうことは無いだろう。この子はそこまで子供じゃない。
 平和なこの世の中、特に日常レベルでは暴力をふるう力ではなく、暴力をふるわない力が求められる。例えどんなに腹立たしいことだろうとも。
 そのタガを越えた先にあるのがカムイなのかもしれない。もしかすると、神威は男がカムイに殺されればいいと思うかもしれない。そう思うのは彼女の自由だ。行動に移さなければ誰も文句は言わない。
「コーヒー飲むか?」
 俺はコーヒーを淹れようとして、すっかり神威のテリトリーと化した台所へ向かった。するとそこにはカムイネットがあった。しかもどうやら最新刊のようだ。最近の日付が書かれている。神威は何だかんだで当初の目的を達成したようだった。
「へぇ」
 声に出して喜ぶことは憚られたが、とりあえず手に取ってサーバーの現在地を確認し、俺はまたもや仰天する。
「おい、神威! これ見ろ!」
 俺はインスタントコーヒーの缶を置いて神威に住所を見せに行った。神威は特に何の反応もなく、泣きはらした目を俺の指先に向けていた。
「この住所、このマンションの住所だ。しかも一個下だぞ!」
 それを聞いて、ようやく泣き虫のお嬢ちゃんはことの重大さ意に目を見張った。

同日 午後三時四十一分 マンション『タイフーン』

 神威の手に入れたカムイネットが本当に最新刊かどうかはイマイチ分からなかったが、俺たちはとりあえずサーバーの住所、つまり俺たちの住んでいる部屋の真下へ行く事にした。
 今、考えると無謀だったが、あのときは興奮してたし、あんなことになってるなんて思わなかった。
 部屋の扉の前へ辿り着いた俺たちは、とりあえず呼び鈴を鳴らすことにした。
「反応無いですね」
 神威が言った。
「そうだな」
 俺は玄関ドアの取っ手に手をかける。するとあっけなく、ドアは開いた。そして異臭。俺は思わず鼻と口を押さえる。
「何ですか、この臭い」
 同じく、神威はハンカチで鼻と口を押さえて言った。
「ここにいろ」
 神威をその場に残して、俺は部屋へ足を踏み入れる。こんな臭いだ、土足で上がっても構わないだろう。そう思いながら玄関へ上がるが、しかし酷い臭いがする部屋は土足で上がってもいい気がするのはどうしてだろうとも思った。
 部屋の間取りは俺たちの住んでいる部屋と全く変わりが無かった。部屋中のベランダ、および窓と言う窓がカーテンかんなんかで締め切られているらしく、極めて薄暗い。電気を付けると、部屋や廊下のそのかしこに紙束が散らかっていた。それは底かから来た封筒やハガキ、手紙の類だったり、カムイネットだったりした。
 やはりここがアジトらしい。
 やがて俺は奥の部屋に辿り着く。俺の部屋で言うと、寝室に使っている部屋だ。そこで、男が一人、死んでいた。血まみれでよく分からないが、体のところどころを抉られ、そして腐りかけていた。男の死体にはブンブンと蠅がたかっている。
「マジかよ………」
 と、同時に吐き気が込み上げてくる。俺は便所へ向かって走る。部屋の間取りが同じで助かった。

UMI IS OVER......

GENTLEMAN'S AGREEMENT

HOSHI IS COMING SOON......

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