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戦艦探偵・金剛~シルバー事件23区~ SOCIAL GAME %1 KILLER IS DEAD③

 八月三十日、多摩川の河川敷で女性の遺体が発見された。
 体には複数の刺し傷があり、衣服は着用していなかった。年齢は十代前半とみられた。
 警察の調べで、女性は雛代高校の生徒、ナナミケイであることが判明する。ナナミケイは事件の前日から行方不明になっていた。
 九月一日、次はひよどり山で女子高生が殺されて宙づりになっているのが発見された。女子高生と分かったのは、被害者が制服を着ていて、付近に生徒手帳が発見されたからだった。女子生徒の名前はソノダユリコだった。彼女も雛代高校の女子生徒だった。
 翌、九月二日、今度は河川敷でカワイユカというやはり雛代高校の女子生徒が襲われた。だが今回は警察が間に合って、カワイユカは救われた。代わりに死んだのはカワイユカの父親だった。
 カワイユカを襲った犯人はその場で刑事に射殺されたという。
 それが校長の知り得るすべての事実だった。
「ですから、事件はもう解決したと思うのですが」
 校長がうんざりしたように言った。きっと方々で同じことを説明させられているのだろう。よく見るとその顔には疲労の色が濃かった。
「用事を伝えるのが遅くなりましたが、我々はこの学校へ来たのはその件ではないのですよ」
 コウサカがそう切り出して事情を説明した。校長と教頭は聞いているのかいないのか、よく分からない表情で時折、首を縦に振った。きっとこの短期間に色々とありすぎて疲れているのだろうと思われた。
「謎、ですか。どうでしょう?」
 教頭が下あごを摩りながら好調を見る。校長も両腕を組んで考え込んでしまった。
「謎も何も、生徒を殺した犯人は死んでしまったし………」
「生徒はどうして殺されたデース?」
 金剛が訊ねると、校長は首を横に振って、
「さぁ? 警察からは説明が無かったので。単なる変態的な嗜好ではないでしょうか?」
「では、これに心当たりはないネ?」
 金剛はテーブルに例の油壺を置いた。
「何です? これは?」
「油絵を描くときに使う油壺です」
「校長、そういえば」
 教頭が言う。
「警察はシモヒラ先生のことも聞いてきましたね」
「シモヒラ?」
 と、コウサカ。
「ええ、七月三日までうちで働いていた美術の先生です」
「その方はいまどちらに?」
「亡くなりました。放課後に美術室で、心臓発作を起こしまして。高齢で、心臓の薬も飲んでいたし」
「詳しく説明するデース」
「なら、美術室で説明したほうがよろしいでしょう」
 校長が立ち会がる。ワンテンポ遅れて教頭も立った。
「確か今の時間なら、使われていないでしょうから。教頭先生、案内を頼みます」
「分かりました」
 校長を職員室に残して、金剛と五月雨、コウサカは教頭の案内で美術室へ向かった。ついこの間までは汗ばむような陽気が続いていたのに、学校の廊下は何だかひんやりとしていた。
「シモヒラ先生の死に不審な点はありませんでしたか?」
 道中、コウサカが訊ねると、
「ない、と思います」
 教頭が答える。
「当時、他に美術室へいた生徒などはどうデース?」
 と、金剛が質問すると、
「いえ、シモヒラ先生一人だったそうです。彼女は放課後になると、いつも絵を描いていました。最後にシモヒラ先生を見たのは我々です。職員室で二学期の授業計画と必要な教材のまとめて、私がそれに判を押しました。そのあとシモヒラ先生は職員室を出て美術室へ向かったのだと思います」
「分かったデース」
 一行は美術室へ辿り着く。教頭が鍵を開ける。
「鍵はいつも閉めているんですか?」
 そう言ったのは五月雨だった。五月雨は金剛やコウサカが質問する中、ずっと口を挟む機会をうかがっていたので、普段の彼女の口調よりやや早口になっていた。
「閉めてますよ。鍵は職員室の鍵置き場にずっとかかっております」

 美術室が開かれる。まず油粘土を思わせる臭いが鼻をつき、それからひんやりとした木の匂いがした。 美術室は教室二つ分の広さで、長机が四つ、椅子を机の上にあげた状態で窓際に寄せられていた。
「一応、シモヒラ先生が無くなったときと同じ状態です。まぁ、何回か授業を行った後なので完全に同じではありませんが」
 教頭が説明した。
「フーム」
 金剛は教頭の脇をすり抜けて、床を調べる。
「なるほど、シモヒラアヤメ=サンは無くなる直前まで絵を描いていたデース。まだ新しい絵の具が木の目地にこびりついてマース」
「ええ、その通りです」
 教頭が首肯する。
「あれは?」
 金剛が窓を指さす。椅子の足に隠れて分かり難いが、隅の方にひび割れが見て取れた。さらに近づいてよく見てみると、外側からガムテープで応急処置が施されているのが見える。
「シモヒラ先生が死ぬ直前に、野球ボールが飛び込んできたみたいで」
「野球のボールですか?」
 コウサカが言った。
 金剛は窓際の机に手を突いて、背伸びして外を見る。コウサカと五月雨もそれに倣った。木造校舎にはベランダは無い。そのままグラウンドが見下ろせた。
「三階からこの高さまで届くとは結構な強肩ですね」
 コウサカが言うと、
「いや、バットで打ち返されたボールが飛んできたと考えるのが自然デース」
 と、金剛が言った。
「ところで第一発見者は誰ネ?」
「ソノダユリコです」
 教頭が答える。
「ソノダというと、例の殺された女子高生ですか?」
 五月雨が言った。
「ええ、彼女は美術部でして」
「授業が終わって美術室へ入ると、シモヒラ=サンが死んでたというわけデースカ」
「いえ、違います。ソノダさんは一度、美術室へ寄ってから、廊下へ出たんです。あの日はこの廊下をちょっと行ったところで、化学の実験に使うはずだったアンモニアの瓶を誰だかが割ってしまいまして。確か午前中のことだったと思いますが、やっぱり放課後になっても臭いが残ったみたいで、生徒で手分けして窓を開けていたんですよ」
「色々ある一日だったんですねぇ」
 五月雨が感想した。
「状況を整理するデース」
 金剛が言った。
「まず野球ボールが飛んできたのはいつのことデース?」
「おそらく、シモヒラ先生が倒れた直後でしょう。ソノダの話では、窓ガラスの割れる音を聞いて、美術室へ戻ったんです」
「ふむ、まずシモヒラ=サンが苦しんで倒れて、野球ボールが飛んできて、直後にソノダ=サンがやってきたネ。フーム、フム」
 金剛はしきりに頷いて、
「アンモニアを割ったという生徒は?」
「ナナミケイさんです」
 教頭の口から再び事件の被害者の名前が出た。
「すると窓ガラスを割ったのはカワイユカさんでしょうか?」
 コウサカが質問すると、教頭は沈黙と言う形で肯定した。カムイ事件で亡くなった、あるいは襲撃を受けた女子生徒が全てシモヒラアヤメの死と何らかの関わりを持っている。このことから見えてくる事実は明白だった。
「関わった二人の生徒は死にました。一人はご家族を亡くしています。父親です。これ以上、追い打ちをかけるのは………その………」
「三人はシモヒラ=サンを殺した」
 金剛は容赦なく言い放る。
「人を殺したデース。それに私の依頼人の命もかかってマース」
「しかし先生、それではアヤメさんはどうやって殺されたのでしょうか? 心臓発作だと聞きますが」
 五月雨が言う。
「今までの事件にもありましたが、毒殺は難しいですよ。女子高生が毒物を調達できたとして、食べ物に混入すれば味も変わりますし、量を間違えれば効かない。それに効き目が表れる時間と言うものもあります。大抵の毒物は即効性です。アヤメさんが毒を飲ませられたのなら、やはり美術室でしかありません」
「飲ませたのでも、食べさせられたのでもありまセーン。アヤメ=サンはガスで殺されたデース」
 金剛の言葉に、怪訝な顔をしたのはコウサカだった。
「ガスって、金剛さん。毒ガスですか? そんなものを美術室に充満させたら、いくら何でも気付かれるし、そもそもソノダさんだって危険でしょう」
「部屋全体に充満させる必要はありまセーン。アヤメ=サンは毒を至近距離で吸い込んだのデース」
 金剛は窓際から部屋の中央へ移動して、
「毒は絵の中に仕込まれていたデース! 恐らくソノダユリコはタイミングを見計らって、描きかけの絵に青酸カリウムを塗していたネ。そこに絵具を塗りたくる。油絵具は絵具に油を溶かして塗りマース。その油壺の中に少量の塩酸を忍ばせれば、絵を塗った瞬間に青酸カリウムと塩酸が反応して青酸ガスが発生するデース。実際、この油壺の中身は若干の酸性を示したデース!」
「しかし金剛さん。若干の酸性では、発生する青酸ガスも少ないのではないでしょうか? 量が多ければ臭いで気付かれるし、油壺の容器も腐食することは分かりますが」
「少量で十分デース。アヤメ=サンが顔を絵に近づけていたならば」
「どうして絵に顔を近づけていたと分かるんです?」
「分からないノ?」
 金剛は呆れたように手を広げて、
「アヤメ=サンは高齢デース。老眼が十分に進行していたと考えると、絵に顔を近づけて描いていたことは十分に推測できるデース」
「………なるほど」
「さて、青酸ガスを発生させた教室に次に必要なのは換気デース。アンモニアの瓶を割れたのも偶然じゃないデース。きっとナナミケイか誰かがやったのデショ。臭いがこびりついて取れなくて、廊下の窓を開けさせたネ。しかしそれでは換気は十分とは言えまセーン。そこで事故に見せかけて美術室の窓を割り、さりげなく、しかし大胆な換気を行ったデース。美術室へ入ったソノダはまず野球ボールを転がしマース」
「野球ボール? 何で?」
 五月雨が質問すると、
「プロの大リーガーでもあるまいし、投擲やバットの打ち返しで綺麗に美術室へボールを打ち込めるわけがないデショ? そしてこれが決定的な証拠デース」
 金剛は割れた窓に近づき、貼られていたガムテープをはがした。そこには割れた窓が今でもそこにある。
「さて」
 金剛は袖口から巻き尺を取り出すと、割れた穴の大きさに目盛りを当てがった。
「硬式野球ボールの円周は22・9センチから23.5センチ、つまり直径約七センチと定められてマース。しかしこの穴の大きさはせいぜい五センチデース。硬球で割ったものじゃないデース。おそらく金づちかなんかで外から叩き割ったネ」
 割れた窓ガラスにガムテープを張り戻した金剛は、
「窓ガラスを割ったのはカワイユカでーす。確か雑誌によるとカワイユカの実家は工場デース。工場なら工業用の青酸カリが入手できマース。絵に含まれる青酸カリと工場の青酸カリを突き合わせ、一致すれば―――」
「あとはカワイユカの自供を取るだけ、というわけですか」
 コウサカが言うと、金剛は首を横に振った。
「んなわけないデショ」
「と、いうと?」
「常識的にこれだけ計画的な殺人を女子高生たちが三人だけで実行できたとは考えられまセーン」
「背後に誰かがいると?」
「当然デース」
「それは一体誰です?」
「考えられるのは―――」
「サクラさんを誘拐した人たちですか」
 五月雨が言った。
「すると黒幕は自分で起こした、いや、起こさせた事件を我々を使って解決させようとしていることになります。一体、何の目的で?」
「さぁ?」
 金剛は言う。
「きっとそいつも、私のように退屈してるデース」

同日 午後一時二十分 八王子警察署 刑事課

 コウサカが警察に連絡してしばらくすると、警視庁の方から鑑識係が派遣された。金剛の推理通り、美術室にあるアヤメが死ぬ間際まで描き続けた絵に、青酸カリウムが塗りこめられているのかを調べるためだ。
 それと入れ替わるように金剛たちは雛代高校を後にして、八王子警察署へと向かった。雛代高校の女子生徒の連続殺人事件について詳しく聞きたいということもあったし、一応の筋を通しておく意味もあった。
 八王子警察署に行くと、担当刑事は別な事件で出払っているという。金剛たちを応対したのはナカテガワという刑事だった。
「実は私は艦娘のファンでしてね」
 ナカテガワの言葉は単なるリップサービスでは無いことは明白だった。彼は職務を忘れてはしゃぐように金剛と五月雨にサインを求めて来たからだ。
「慎め、ナカ」
 刑事課の課長、コトブキに窘められ、
「失礼しました」
 ナカテガワは落ち着きを取り戻し、事件の経過を金剛に話して聞かせた。
 第一の被害者ナナミケイは八月三十日、多摩川の河川敷で遺体で発見された。全身を銛のようなもので抉られていたが、直接の死因は背後から心臓への一撃である。被害者は発見当時、衣服を着用しておらず、ボートに載せられて偶然、河川敷に流れ着いたところを地元の住民に発見されたという。
 第二の被害者ソノダユリコは九月一日の夕方、ひよどり山で吊るされていたところを発見された。凶器はナナミケイと同じ、銛のようなものでやはり全身を抉られていた。こちらも死因は背後から心臓への一撃である。今回の被害者は衣服を着用していた。何故か金剛はこのことをしきりに気にしていた。
 そして最後の被害者カワイユカは、担当刑事の訪問から逃げるように自宅から逃走、河川敷で男に襲撃されたところを救出されている。
 どうして三人は狙われたのかと訊ねると、ナカテガワたちもよくは分かっていないらしかった。カワイユカは足を負傷して治療中であり、まだ証言が取れていないのだという。
「しかしこれまでの証拠からある程度推測することは出来ます」
 と、ナカテガワは言った。
 彼の話によれば、ナナミケイ、ソノダユリコ、カワイユカはカムイネットという同人誌で繋がっていたのだという。カムイネットとはウエハラカムイを特集したアンダーグランドの出版物であり、被害者の少女たちはそこで活躍するパフォーマーだったということが後の調べで判明した。
「パフォーマー?」
 五月雨が訊ねると、
「カムイネットはハガキや手紙による通信で成立する雑誌です。カムイネットを複数購入したり、売人と仲良くなるとある郵便番号と住所、通称『サーバー』を渡されます。カムイネットに入会した人間は、サーバーにハガキや手紙を送します。内容はカムイに関連するものなら何でもよくて、採用されれば次の号に文章が載ります。文章が載ると、それに対する賛同や反対意見が寄せ集められますが、基本的に採用された回数の多い人間はカムイネット内のステータスが上がります。そのステータスの高い会員を『パフォーマー』と呼ぶのです」
「サーバーの住所は分かりますカ?」
 金剛が訪ねると、ナカテガワとコトブキは意味ありげに顔を見合わせた。
「どうかしたデース?」
「実は、これはまだ内々の話なのですが、我々はサーバーらしき場所を世田谷区のマンションで見つけました」
 ナカテガワが言った。
「それで?」
「そこで死体を見つけました。身元は現在、調査中です」
「他殺体ですか?」
 と、コウサカ。
「はい………」
「マンションは今や大人気の物件デース。借り上げる際に審査があったはずデース」
「どうもデタラメのようでして」
「フーム」
「話の導線がずれてきてます」
 五月雨が言う。
「雛代高校の生徒はどうして狙われたのでしょうか?」
「恐らくは彼女たちの行動はカムイネットを通じてコントロールされていたのではないかと思うのです」
「コントロール、ですか」
「多感な年ごろの少女たちです。自分が認められる場であるカムイネットというコミュニティで、もっと賞賛を浴びたい、地位を維持したいという思いがあったのでしょう。一方でカムイネットは小規模なコミュニティです。コミュニティの拡大には読者が必要だった。宣伝には大きな事件が有効です。おそらく少女たちはカムイネットの生贄として誘導され、あっけなく殺されたのでしょう。今回の事件でカムイネットの名前は一気にアンダーグラウンドのカルチャーとして認識され、高値で取引されるようになりました」
「本当にそれだけデース?」
 金剛が疑問を呈す。
「他に何か意見があれば聞きますが」
 金剛は、シモヒラアヤメが女子高生によって殺された可能性を話した。それからナツメサクラが誘拐され、その要求が謎を解けということも。
「そうですか」
 驚く風でもなく、ナカテガワが言う。さりとて信じていないという風でもなかった。艦娘を前にしてのはしゃぎっぷりとのギャップも相まって、五月雨はよく分からない居心地の悪さを感じていた。
「でも筋が通ります」
「筋?」
「そちらはウエハラカムイのことをどこまでご存知ですか?」
「戦前に現れた殺人鬼デース。汚職官僚、犯罪を犯した少年グループを殺したネ」
「その通りです。もし女子学生がアヤメさんを殺していたとすると、カムイの今までの殺人のパターンと一致します。つまり、罪人を殺す」
「衆議院襲撃はそのパターンから外れてるデース」
「どうでしょうか? 議員の醜聞はもみ消されやすいですから」
「するとナカテガワさんは今回の犯行はカムイだと?」
 五月雨が言うと、
「カムイかどうかは問題ではありません。わずかな可能性さえあれば犯人にとってはいいんです。犯人の目的がカムイネットの拡大、ひいてはカムイの認知の拡大であればそれで充分です」
「何故そこまでするのでしょう?」
 コウサカが言った。カムイの認知の拡大とは、目的が抽象的過ぎる。そのためにどうしてここまでするのだろうか? 異常者と言う言葉でくくるには無理がありずぎた。
「女子学生の連続殺人事件、どうしてマスコミに情報を流さないデース?」
 金剛が質問した。それはコウサカも気になっているところだった。マスコミへの発表をここまで制限する権限は、八王子警察署の範疇を逸脱している。
「本庁からの通達です」
 ナカテガワが答える。
「我々もほとほと困っていましてね。コウサカさんは何か聞いていませんか?」
「いえ、自分もこんな事件が八王子で起きていること自体、今朝まで知りもしませんでした」
 そう言ってコウサカが赤面した。
「犯人の要求は記者会見デース。実際、この事件に触れずに会見は可能なのデースカ?」
「問題ない」
 コトブキが言った。
「報道規制は今朝がた解かれた」
「ほう、それはまた狙ったタイミングデース」
「金剛さん、あまりそういうことは」
 ナカテガワが言うと、
「構わん」
 と、コトブキが言う。
「己も今回の上の対応には疑問がある。政治的な駆け引きが行われいるのかもしれん。古いつてを当たっているところだ」
「なら記者会見は」
「コウサカ警部補、そちらに任せる。こちらの連続殺人事件の件は、八王子警察署所長と己で説明しよう」
「ご協力感謝します」
「仕事だ。気にしなくていい」
「最後に訊ねマース。カストリ雑誌によると、カワイユカを襲撃した男は射殺されたとのことですが、そちらの身元はどうデース?」
「さっぱりです。お手上げですよ、まったく。この世に何の痕跡も残していない」
「カムイなのでしょうか?」
 と、五月雨。
「いえ、肉体は二十代後半のもの。カムイが生きていれば四十代でしょう。死体を見ましたが、鍛えられた、均整の取れた体つきをしていました。もしかすると」
「もしかすると?」
「突飛な想像ですが、もしかすると工作員の類か何か、を疑ってしまいますね。ハハハ」
 ナカテガワが無表情で笑い声を上げる。


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