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【日本全国写真紀行】 58 愛媛県松山市三津

取材で訪れた、日本全国津々浦々の心にしみる風景を紹介します。ページの都合上、書籍では使用できなかった写真も掲載。日本の原風景に出会う旅をお楽しみいただけます。



愛媛県松山市三津

あちこちで見かける三津名物の壁画アート。「三津の渡し」を描いたものが多い


500年続く渡し船に見る、港町三津浜のふところ深さ

 松山市には、堀江港、和気港、高浜港など多くの港があるが、中で最も古くから開かれ、明治維新まで松山の海の玄関口としての役割を果たしてきたのが三津浜港である。町には明治・大正時代の商家、銀行、医院などの西洋風建築や富豪の邸宅などが数多く残っていて、豊かで華やかなりし往時の面影を今にとどめている。
 かつて夏目漱石が、中学教師として松山に赴任した際に上陸したのも三津浜港で、『坊っちゃん』の舞台にもなっている。漱石は三津の港に降り立って、ここからマッチ箱のような列車(坊っちゃん列車)に乗った、と書いている。漱石の時代、三津と松山の間を走っていたのは、伊予鉄道の蒸気機関車だ。三津の町には駅は二つある。JRの三津浜駅と漱石が乗った伊予鉄高浜線の三津駅である。伊予鉄三津駅は四国で最初に開設された鉄道駅の一つで、昔ながらの風情の残る三津の町並みを歩くなら、この三津駅から駅前の商店街をまっすぐ進んで三津浜港まで歩くのがお勧めだ。
 ちなみに明治からあった三津駅の駅舎は、2009年に惜しまれつつ新しい駅舎に生まれ変わった。新駅舎は旧駅舎にそっくりな形に作られているが、もちろん旧駅舎にあった渋い味わい深さは、残念ながらない。だが駅舎の中には、ちょっとレトロな感じの喫茶店が併設されている。以前は三津の商店街にあった店で、人なつこいママが手作り感満載のふわふわで美味しいケーキを出してくれる。
 三津の商店街は歴史が古く、昔ながらの店もけっこう残っているが、シャッターが閉まったままの店も多い。一方で個性的なおしゃれな店がポツポツと開店していて、目下再生途上、といった感じ。まだまだこれから活気を取り戻しそうな商店街である。
 最後にひとつ紹介したいのは「三津の渡し」である。三津と対岸の港山間の80メートルを結ぶこの渡し船は、約500年前、室町時代から運航されており、今も住民や観光客の貴重な足になっている。昔は手漕ぎの木造船だったが、昭和49年にエンジン付きの鋼船になった。市営でなんと利用は無料。今も2隻が年中無休で運航している。乗船時間が2〜3分と短いため、船着場に一人でも姿を見せると、その都度船頭さんは船を動かす。気のいい船頭さんたちで、私たちが「船に乗りにきただけで、向こう岸に用はないんですけど」と言うと、「ああ、いいよ」と言って対岸には接岸せず、ぐるりと船を旋回して三津に戻ってきてくれた。最近は利用者が減ってきており、一時は民間への委託の話もあったそうだが、地元の人たちの反対で立ち消えになったそうだ。いつまでも続いてほしい、とっておきの三津浜の風物詩である。


※『ふるさと再発見の旅 四国』産業編集センター/編 より抜粋



三津浜と対岸の港山を結ぶ市営の渡し船「三津の渡し」
室町時代から500年続く、住民の貴重な足だ
三津浜と対岸の港山を結ぶ市営の渡し船「三津の渡し」。
室町時代から500年続く、住民の貴重な足だ



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