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『ロング・ロング・トレイル』全文公開(27) 第六章 ボクが旅に出る理由 (1/2)

2018年10月に出版した、木村東吉さんの著書『ロング・ロング・トレイル』を無料で全文公開します。


※前回の記事『ロング・ロング・トレイル』全文公開(26) 第五章 走って歩いて、旅をする (7/7)はこちらから


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日本を、ゆっくり歩く 〜日本再発見〜

 長い間、海外を旅していると、日本という国の良さを再認識することが多い。
 女性的で繊細なる自然の美しさ。電車、バスなどの時間の正確さ。そして悪くなりつつあるが、それでもまだまだ諸外国と比較して治安がいい。 
 そんな日本の美しさ、良さを、再認識する旅に出た。主な行き先は熊野古道、しまなみ海道、それに「日本最後の清流」といわれている四国の四万十川だ。
 
 熊野灘海浜公園に隣接する「孫太郎オートキャンプ場」は静かな内海に面し、どこのサイトからも穏やかな海が見える。食料品などを調達できる街まで10分ほどで、美しい自然環境に囲まれている割には、なにかと便利なキャンプ場である。
 まずはこのキャンプ場を基点に、世界遺産に登録された「馬越峠」のトレイルを歩く。 
 一口に「熊野古道」といっても、その道は三重、和歌山、奈良、大阪の4府県に跨がり、道の表情もさまざまである。2004年には「紀伊山地の霊場と参詣道」として、その一部が世界遺産指定されている。
 「孫太郎オートキャンプ場」からクルマで約20分(無料高速道路)で「道の駅 海山」に到着する。その駐車場にクルマを停め、歩いて3分ほどで「馬越峠」への登山道の取り付き口だ。
 「馬越峠」を歩き始めると、まずその石畳の道の美しさに引き込まれる。その道幅はかつて巡見使じゅんけんしたちが担いだ籠に合わせて一間半(約2.7メートル)の幅があり、石畳といえどもかなり巨大な岩が乱雑に埋め込まれている。この辺りは年間を通じて多雨地域で、雨が降ると道がぬかるむ。それを防ぐために江戸時代にこの道が石畳で整備された。エジプトのピラミッドも多くの人々の苦難の上に建造されたと思うが、この巨大な岩を敷き詰めた石畳の道を歩くと、一歩、一歩、先人たちの労苦が偲ばれる。
 「馬越峠」の峠から横道に逸れると、その道は天狗倉山に続いており、せっかくなのでそこも寄ってみることにした。頂上からは尾鷲湾が綺麗に見渡せ、この山道が海に近いことを再認識させられる。なるほど、出発地である道の駅が、「海山」というネーミングなのも頷けるのである。
 トレイルを歩き終わって、クルマを取りに行くためにバスに揺られていると、なんだか遠くに来たなあ……と突然、深い旅情に包まれる。このようなローカルの公共交通機関を使うのも、旅の風情を盛り上げてくれるのだ。
 普段は4時50分くらいに目覚め、メールなどのチェック、日記を記入、気になるニュースなどを閲覧して、5時45分ころから朝のランニングに出掛ける。ランニングから戻って、軽くウエイトトレーニングをこなし、ストレッチの後にシャワー。そして朝食を済ませて仕事を始める。
 これが日常の朝のパターンである。一日の中でも細かく予定を立て、その予定に従って動くのが好きだが、夕方になるとそれまでのペースを崩し、夕陽を見ながら酒を呑む。最初の酒の酔いが全身に回り始めたら、料理の準備をする。この夕陽を見ながら酒を呑む時間を「Happy Hour」と呼んでおり、自分の中ではもっとも大切な時間である。それは日常でも旅先でも変わらない。蛇足ながら、我が孫娘もこの。「Happy Hour」が大好きで、「ハッピーわわ~」と言いながら、ボクの横に座って、酒のツマミのチーズを横取りする。
 いずれにしても、己にとってこの時間帯は安らぎのひとときである。
 「馬越峠」を歩いた後、ベースキャンプである「孫太郎オートキャンプ場」に戻り、海に沈む夕陽を眺めながら「Happy Hour」を堪能する。特に一仕事終えた後の酒は旨い。
 試しに「熊野古道」とネットで検索すると、必ず登場するであろう写真が「観音通り」の風景ではないか。さきほども言ったが、一口に「熊野古道」といっても、その道は4府県に跨がり、歩く道によってさまざまな表情を見せるが、この「観音道」はその代表的存在ともいえる。
 まずはJR紀勢本線の「おおどまり」の駅のすぐ傍にある登山道に入ると、「西国三十三所観音石像」の第五番~第十五番の11体の観音像たちが並んで出迎えてくれる。そこから約1キロ先に「比音山清水寺せいすいじ」跡がある。ここには古くから近所の人々が「観音講」を作って寄進した石仏が道端に祀られている。清水寺は809年(延暦23年)に坂上田村麻呂によって建立されたという。
 「比音山清水寺」を通りすぎて頂上に辿り着くと、その道は今度は「大観猪垣道」へと続いている。この「大観猪垣道」というのは、猪や鹿から農作物の被害を防ぐために作られた石垣の登山道で、この道にも、やはりかつての人々の労苦の跡が見受けられる。
 「大観猪垣道」は大吹峠へと続き、大吹峠を右折して登山道を下りて行けば、また元の「おおどまり」の駅近くの海岸へと辿り着く。この下りの登山道は美しい竹林に囲まれ、日本の繊細な情緒が存分に堪能できる道でもある。そして大泊の海岸は、真っ白な砂浜と淡藍色の透明な海が、まるで南国の海のような美しさを魅せており、登山で疲れたカラダとココロを優しく癒してくれる。いつか機会があれば、この海で泳いでみたいと思わせる。
 繊細で美しい日本の自然、そして古来より続くあつい信仰。「観音道」はその双方を満喫できるのである。
 今回の旅の第2ステージである「しまなみ海道」へと向かう。
 「しまなみ海道」とは、正しくは「西瀬戸自動車道」のことで、広島の尾道から愛媛の今治までの約70キロを、島々と橋で、本州と四国を結んでいる。
 尾道のすぐ隣、「向島」から始まって「因島」「生口島」「大三島」「伯方島」「大島」の6つの島々を越えて四国の今治に続く。もちろん正式名称の示す通り、そこは有料の自動車道なのだが、その側道には自転車や歩行者が通行可能な道が繫がり、「サイクリストたちの聖地」としても知られている。
 
 「しまなみ海道」尾道から今治まで約70キロ。総行程を自転車で走ってみたい……と思っていたが、実は熊野古道を歩いている時に、少し腰を痛めてしまった。ということで今回は総行程制覇を諦め、向島にあるキャンプ場「尾道マリンセンター」をベースに、レンタサイクルで走り回ることにした。
 まずは向島にある「尾道市民センター」で自転車を借りる。
 いろいろな種類の自転車があり、たいていは1日500円で借りることができる。広島側に8箇所、愛媛側に7箇所のレンタサイクル・ターミナルがあり、途中、パンクなどで困ったことがあれば、修理に駆けつけてくれるという。それにコンビニなどで工具やポンプなどを貸してくれたりと、街全体で自転車文化を盛り上げているようだ。
 それともうひとつ、この地を訪れて驚いたことは、地元の人の親切さである。例えば道を訊ねると、ホントに丁寧に細かく教えてくれる。尾道の人たちは日本で一番、親切なのではないかと思えるほど、皆、親切である。人々の親切心と、この辺りの気候は無縁ではないような気がする。
 「しまなみ海道」は6つの島々が瀬戸内に浮かんでいる。そしてもちろん島々は橋で結ばれているのだが、それぞれの橋に特徴がある。向島と因島を結ぶ「因島大橋」は2階建て構造になっており、上部をクルマ、下部を自転車、人、原付バイクが走るようにできている。そして個人的にはもっとも美しいと思っている「多々羅大橋」は、クルマが中央を走り、その両脇を自転車と原付バイクが走る。いずれにしても原付バイクと自転車が走る通路が別になっているところが嬉しい。
 「多々羅大橋」は尾道市の生口島と今治市の大三島を繫いでおり、中間点には県境のサインもある。ある意味に於いて、そのデザインの美しさを含めて「しまなみ海道」を代表する橋ともいえるのだ。それに生口島から「多々羅大橋」を渡り切ると、そこには「道の駅 多々羅しまなみ公園」があり、その公園内には「サイクリストの碑」が建てられている。この記念碑は2014年10月25日に、瀬戸内しまなみ海道と台湾の日リーユエタン月潭のサイクリングコースとの姉妹自転車道協定を締結したことと、同年10月26日、国際サイクリング大会「サイクリングしまなみ」が開催されたことを記念して建造されたモノで、ここはまさに「サイクリストの聖地」と呼ぶのに相応しい場所なのである。
 熊野古道、しまなみ海道と旅を続け、この日本再発見の旅の締め括りは四万十。
 「日本でもっとも美しい川」「最後の清流」などと称される四万十川。ボクがカヌーを始めたのが1990年で、すでにパドルを握り始めて四半世紀の時を経たが、いつかは訪れたいと思っていた川である。
 四万十川に到着してまず驚いたのは「沈下橋」の存在。欄干もなにもないこのシンプルな橋の構造は、四万十川が増水した際に、橋全体が川の下に沈み、欄干などの付属物がない分、損壊を最小限に抑えようという工夫である。
 その工夫に、地元の人々の大いなる叡智を感じるが、そこを通る時には、大いなる不安も感じる。地元の人たちは対向車が来ても平気で橋を渡り、その狭い橋の上ですれ違うというが、ボクは対向車が来たら、寒い日の猫のように、じっとクルマが通り過ぎるまで待っていた。
 四国、特に高知県のキャンパーは幸せだと思う。
 スーパーに行けば、魚臭さを微塵も感じさせない香ばしい鰹のタタキが手に入るし、初めて食べたが「ハランボ」という名の、魚のハラミが美味しい。もちろんそれ以外にも刺し身も旨いし、調理する必要もないのだ。ただ買ってきて生で食べる、あるいは少し火を入れれば、美味しい夕食にありつけるのだ。
 夕暮れになると美味しい魚を食べ、焼酎を煽り、朝は美しい川をのんびりとカヤックで下る。そして昼過ぎに街に出て、また美味しい食材を仕入れ、河原に戻って一杯やる。毎日がその繰り返し。
 ついにこの旅の最後の地にやって来た。なんとなくこの四万十に居ると、時間が2割ほど遅く進んでいくように感じる。自分自身の体内時計も、それに合わせてゆっくりと調整し直す必要があるかもしれない。もうこの先を急ぐことはなにもないのだ。
 昔の交通標語に「せまい日本、そんなに急いでどこへ行く」というのがあった。
 確かに我が日本の国土は、アメリカのそれと比較すればちっぽけだ。が、そこにある文化、慣習、自然、食文化、人情は、どこの国にも引けを取らないと思う。
 こんな素晴らしい国に生まれ育ったからこそ、海外の良さも認識できる。この国を旅すると、それがよく理解できるのである。


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木村東吉(きむら・とうきち)
1958年11月16日生まれ。大阪府出身。ファッションモデル、エッセイスト。10代の頃からモデル活動をはじめ、上京後は『ポパイ』『メンズクラブ』の表紙を飾るなど活躍。30代よりアウトドアに活動の場を広げ、世界各地でアドベンチャーレースに参加。その経験を活かし、各関連企業のアドバイザーを務め、関連書籍も多数刊行。オートキャンプブームの火付け役となる。
「走る・歩く・旅する」ことをライフワークとしている。現在は河口湖を拠点に執筆・取材、キャンプ・トレッキング・カヤックの指導、講演を行っているほか、「5LAKES&MT」ブランドを展開しアウトドア関連の商品開発を手掛けるなど、幅広く活動している。


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