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ターリー【1】 インド食器仕入れ話

インド食器屋「アジアハンター」の店主・小林真樹さんが、食器買い付けの旅や国内の専門店巡りで出会った美味しい料理、お店、そしてインドの食文化をご紹介します。



この連載のタイトル通り、私はインド食器業という特殊な業務をなりわいとしていて、基本的にインドに行くのも「食器の仕入れ」が主目的、ということにしている。だからいつでも食器にはアンテナを張っていて、西にニューモデルの皿が出たぞと聞けば行って確かめ、東にクラッシックな器があるぞと聞けば行って値切ってみたりする。そんな風に広いインドを東奔西走し食器問屋巡りしつつ、その合間を縫って各地の名物料理に舌鼓を打っている。それがインドにおける私の平均的な日々である(各地の名物料理に舌鼓を打つ合間に食器の仕入れをしているわけでは決してない)。

東奔西走とはいいながら、主だった仕入れ先は実はほぼ決まっていたりする。大都市部である。ヒトとカネが集まるところには当然モノも集まってくる。食器もまた然り。特にインドは大まかに北インド文化圏と南インド文化圏とに分けられ、北インドの中心都市デリーと、南インドの中心都市チェンナイさえ押さえておけば大概のものは手に入る。というわけでデリーとチェンナイ双方の都市の問屋街には20年来のなじみの業者が軒を連ねていて、行くと彼らは「おお、また来たな」などといいながら、まずチャイか冷たいコーラを出して互いの近況、政治や物価上昇への不平不満なんかを導入部にゆっくりと商談に入っていく。こういうやり方は、おそらくインドを含む亜大陸各地で悠久の昔から連綿と続いてきた商習慣であり、あたかも自分がその一部に組み込まれたような錯覚がしてきて何とも感慨深いものがある。

ゆっくりとした商談はインド商人たちの悠久の時間を感じさせる



さて、そんな問屋街で山積みになっているインド食器の中から、私が最も大量に仕入れるのが皿である。小皿・大皿・装飾皿など形状・用途はさまざまだが、バターチキンの項で説明した通り、インドの食事は料理を自らの皿に取り分け、その中で主食と主菜・副菜を右手で混ぜ合わせたのち,めいめいの口へと食べ物を運ぶことを特徴とする。ステンレスであれ青銅製であれ、または葉の皿であれインド亜大陸はその一点において共通するのだ。

この皿をヒンディー語で「ターリー」と呼ぶ(タミル語では「タットゥ」)。日本では、例えば丼(どんぶり)が食器としての器だけでなく〇〇丼という料理名にもなるように、ターリーもまた単に食器としての皿を意味するだけでなく、そこに盛り付けられた一皿料理の名も兼ねる。しばしば「定食」と訳されるこのターリーこそ、北インドの外食店料理を象徴する存在だ。

北インドのターリー



なお、北インドでは一皿料理を「皿」と呼ぶのに南インドでは同じ皿を意味する「タットゥ」ではなく、英語の、しかも本来「食事」を意味する「ミールス」という呼び名が使われるようになった経緯の中に、もしかしたら北インドと南インドの食事観の違いを解き明かす鍵が潜んでいるかもしれないし、潜んでいないかもしれない。いずれにしても、北インドにおけるさまざまな一皿料理を求める旅に出る前に、もう少し食器としてのターリーについて情報を入れておきたい。

現代のインドではステンレス製のターリーが広く使われている。形は円形のものが多いが、四角いものもある。窪みをつけて一枚の中にライスを置くスペース、カレーや漬け物、ヨーグルトや輪切り大根のサラダなどを置くスペースを仕切ったものもあれば、カレーやヨーグルトを小皿に入れてのせる仕切りのないフラットなタイプのターリーもある。どちらが上等だとかよそ行きだとかの違いはないが、より大量の客が回転する食堂では一枚もののターリーが使われがちである。

例えばスィク教寺院で日々行われているランガルという集団共食がある。セワと呼ばれる無償のボランティアが身分や性別の隔てなく共同で調理作業し、一列に並んだ参拝者に対し施食をする宗教行為であるが、ここで用いられるのが一枚もののターリーである。寺院には一日に数千・数万という参拝者が訪れる。彼らに対して一々小皿に盛り分けていたら間に合わない。食後の洗浄も大変である。その点、一枚もののターリーは扱いも洗浄も楽で収納もしやすい。大変実用的なのだ。

スィク教寺院におけるランガルの様子
一枚もののターリーは洗浄しやすく実用的



一方、一皿の中にたくさんの料理を置きたい場合はどうだろう。特に汁気の多い、サラサラしたタイプの汁物料理だとターリーの中であっちこっちに流れてしまう。また汁物が一種類だけならまだしも、複数の汁物がある場合、汁と汁が混ざり合ってしまう。日本人の一部には「インド料理は食べる際に全部のおかずを一気に混ぜる」などと誤解してる人もいるが、インド人は一つ一つの汁物を基本的に別々に味わい、食べる順序もある程度決まっている。だから多品種のおかずを食べる時には平たいターリーの中に数個のカトリを置き、汁物をそこに入れる。

品数豊かなグジャラートのターリー



グジャラートに行くと大きなターリーの中にたくさんのカトリが置かれていて壮観である。このように、ターリーといっても一枚型とカトリ併用型とでかなり印象が異なるのがお分かりいただけるだろう。






小林真樹
インド料理をこよなく愛する元バックパッカーであり、インド食器・調理器具の輸入卸業を主体とする有限会社アジアハンター代表。買い付けの旅も含め、インド渡航は数えきれない。商売を通じて国内のインド料理店とも深く関わる。
著作『食べ歩くインド(北・東編/南・西編)』旅行人『日本のインド・ネパール料理店』阿佐ヶ谷書院
アジアハンター
http://www.asiahunter.com

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