見出し画像

ショートショート『金継ぎ』


時を超えて繋がる
思い出とご縁。

金継ぎは壊れたものに
新たな息吹を宿していく。

優子は、テレビで見た金継ぎを
自分もやってみたいと思った。

台所へ行き、食器を探す優子。

すると食器棚の奥に、
使われていない
古いお皿を見つけた。

白を基調に青やピンクの
小さなお花模様が並んだお皿。

「使ってないんだからいいよね」

そう言って優子は
手に持っていたお皿を床へ落とした。

ガシャーン!

家中に鈍い音が響き渡る。

大きな音に驚いた母が
急いで台所へやって来た。

「どうしたの⁉︎」

「お皿が割れただけだよ」

「お皿が割れただけって、大変じゃない。
 怪我は?」

母は心配そうに言った。

「本当に大丈夫だよ!
 だってわざと割ったんだから」

「どういうこと…?」

割れたお皿を見て、
母の顔色が変わった。

「ちょっと待って、何でこのお皿が⁉︎」

「かわいいでしょ?金継ぎをするために
 使ってないお皿を探したんだ」

「それでわざと割ったの?」

「そうだよ。でも金継ぎならちゃんとくっつくん
 だよ!繋ぎ目が金色だから、きっと、もっとお
 洒落になると思うよ!」

優子は無邪気に
金継ぎの素晴らしさを母に伝えた。

しかし、母に優子の言葉は届いていなかった。
母は肩を落とし、どこかへ行ってしまった。

「優子どうした?」

母とすれ違うように
今度は父が台所へやって来た。

「それが…」

優子はさっきの出来事を父に話した。

「そうか…壊れたものは、完全に元通りには
 戻らない。だけど、やってみたらいいさ。
 このお皿は、ばあちゃんの形見なんだよ。
 だから母さんが怒るのも無理はないよ」

そんなに大切なお皿だったとは…
優子は知らなかったのだ。

週末、優子は割れたお皿を持って
金継ぎができるお店へと向かった。

金継ぎは、割れた器を漆などで接着し
金などで装飾する日本の伝統技法だ。

「いらっしゃいませ〜」

店主は、優子を温かく迎え入れてくれた。

「大切にされてきたんですね」    

「えっ?」

「あっ、すみません。このお皿はアンティークで
 すよね。割れてはいますが、こんなにも輝きが
 失われていないのは、きちんとお手入れされて
 いた証です。とても大事に受け継がれてきたん
 だろうなって」

「そうなんです。祖母が大事にしていたお皿で
 す。今となっては祖母の形見になりましたが、
 母もその想いを受け継ぎ、定期的に手入れをし
 ていました」

「やっぱり!白い食器は、時が経つとどうしても
 くすんでしまうんです。こんなに透明感のある
 白さを保っているなんて、本当にお皿への愛を
 感じます」

店主は、お皿を見つめながら
目を輝かせた。

優子は何だかうれしくなった。
そして、このお皿が
とても尊いものに感じた。

「だけど、私が金継ぎをするために、わざとお皿
 を割ってしまって…その日から、母とは話もして
 いないんです」

そう言ってうつむく優子に
店主は優しく声をかけた。

「そうだったんですね。それじゃあ、もっと素敵
 なお皿によみがえらせて、お母様と仲直りしま
 しょう!」

「初めてでも大丈夫ですか…?」

「私がしっかりサポートしますので、安心してく
 ださい」

店主の言葉は、優子にとって
とても頼もしいものだった。

「金継ぎって、ただ壊れた物をつなぐだけじゃな
 いと、私は思うんです」

「どういうことですか?」

店主は、優子に金継ぎの手解きをしながら
語り始めた。

「私にとって金継ぎは、想いをつなぐ役割ってい
 うイメージなんです。

 ここに来られる方は、お皿やコップを持ち込ま
 れます。そのお皿やコップひとつひとつに、そ
 れぞれの思い出が詰まっています。

 優子さんのように、代々大切に受け継がれてき
 たものだったり、これから受け継いでいかれる
 ものだったり。

 大切にしたいという想いが、きっとみなさんを
 ここへお連れするんだと思います」

「私も、そう思います」

優子はここへ来て良かったなと
心から思った。

お皿が完成するまで
二カ月ほどが経ち、
その日はやって来た。

「お母さん、本当にごめんなさい。これ…」

「何これ」

「そうだよね。ごめんね、
 こんな形にしちゃって」

「いいよ」

「だから、ごめんって」

優子は、母から突き放されたと思い
必死で謝った。すると、

「いい!優子、これすごくいいわ!
 すっごいおしゃれ。あのお皿が
 こんなに素敵に生まれ変わるなんて」

母の言葉に優子は驚いた。

「えっ、お母さん怒ってたんじゃないの?」

「怒ってたわよ。だけど、このお皿見たら
 そんなことどうでも良くなっちゃった!
 さあ、夕飯にしましょう。
 今日は優子が大好きなコロッケよ!」

「うん!」

母は、揚げたてのコロッケを
持って来てくれた。

「お母さん、お皿にコロッケが乗ってるよ⁉︎」

「優子、何おかしなことを言ってるの?
 そりゃあ、お皿にコロッケ乗せるでしょう」

「違う違う!
 おばあちゃんの大切なお皿に乗ってるんだよ」

優子が慌てていると、母は穏やかな表情を見せ
ゆっくりとした口調で話し始めた。

「それでいいのよ。
 お皿もしまったままじゃ可哀想よね、使ってあ
 げないとね。優子、おばあちゃんとお母さんの
 大切なお皿を生まれ変わらせてくれて、本当に
 ありがとう」

「そんな、私の方こそ」

「それでね優子、実は…」

そう言って、母はマグカップを差し出した。

「えー!私のお気に入りのコップ…
 取っ手が取れてるじゃん」

「この間、洗ってるときに落としちゃって。
 あんなに言ってしまった手前、なかなか言い出
 せなくてね。ごめんね…」

「大丈夫だよ、気にしないで!
 また金継ぎが出来るんだから。
 そうだ、今度はお母さんも一緒に行かない?」

「うん、お母さんもそう言おうと思ってた!」

こうして、ようやく家族団らんの時間が
戻ってきたのだった。

そして優子は、お世話になった金継ぎのお店へ
連絡をした。

「橋本です。先日はありがとうございました。
 それで、今度は母と一緒に伺いたいんですが…」

「お母様と仲直りできたんですね!」

「はい、おかげさまで。生まれ変わったお皿を
 とても気に入ってくれました」

「それは何よりです!
 是非、またのご来店お待ちしています」


おしまい𓍯



最後まで読んでいただき
ありがとうございますᵕᴥᵕ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?