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大学4年間で感じた私らしい生き方

最近、大学を卒業しました。
コロナ禍ということもあり、4年間あっという間。

4年間を振り返ると
「私らしい生き方」が徐々に言語化できるようになりました。

振り返ると私の大学4年間は、大学1~3年生、4年生
の2つのテーマに分かれていて、
1~3年生は「相手主体」、4年生は「自分主体も」でした。

受験の失敗とか色々あって、入学時から
置かれた環境で自分の可能性を広げたい
という思いがあって、

でもどうすればいいのか分からなくて
とにかく、考えながら直感で走っていました。

まずは自分1人では何もできないから
応援してくれる仲間と繋がりたい。

誰かのために行動して
他者から認められる人になりたい。

そして、3年間は学生団体での活動に専念。
今となってはどれもかけがえのない思い出だけれど
あんなにも喜怒哀楽の目まぐるしい時間になるとは思わなかった。

でも、引退して一度も後悔したことはないし、
団体として価値を届けたい若者に寄り添い続けたからこそ
相手主体でも考えられるようになったと思います。

なら4年目も続けようか?
と思ったこともあったけれど、

いつの間にか「相手主体」メインになることが重荷に感じることが増えて
このままでは組織に貢献できないと思い
3年目で終えました。

4年生では、自分の興味関心と関連のあった別の学生団体に入って
自分の興味関心も深めつつ
「相手主体」も意識して活動していました。

自分の生活に学生団体の活動があることは
今までと変わりないのに、新たな充実感が。

それは
「自分主体」と「相手主体」のバランスが取れるようになったこと。

3年生までの活動の軸は
「他者のために何かをしたい、他者を幸せにしたい」

4年生からは
「自分も他者も幸せにしたい」

こう思えるようになったのは、
就職活動を通して、社会貢献だけでなく
「自分のために働く意義」を考えたことが影響しているのかもしれません。

4年生では
自分のスケジュールを先に埋めて、相手のスケジュールとも調整する
ようになって

それ以外にも留学、旅行などなど
「自分が今これをしたい!」という譲れない思いを実現できました。

4月からは社会人になって、自分の時間も限られてきて
再び「相手主体」をメインに考えることが増えるかもしれません。

「自分主体」と「相手主体」とのバランスを取りたくても
仕事はそう簡単に柔軟にできるものではないのかなと。

色々と不安はあっても、一旦は社会で働いてみて
自分だけでは実現できない大きな挑戦をしてみたい
というのが今の思いです。

そして「自分主体も」という思いが強くなった時に
一旦仕事をセーブして
学生生活のように自由な生活に戻る時期
が来ると思います。

相手主体で居続けるのではなく
私には自分主体の「余白」が必要なんだっていうことを
大学4年間が教えてくれました。