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自分が生まれた年の雑誌を買ってみた

先日ふらっと雑貨屋で見つけた古本のコーナー。

見てみると今も発刊されている「暮らしの手帖」のバックナンバー。

もしかしてと思って少し本を掘っていると、

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見つけた。自分が生まれた年の暮らしの手帖。1986年5.6月号。

早速購入して中身を読んでみる。
古本なので、多少のしみが愛おしい。
暮らしの手帖の冒頭は現代まで同じ文言が使われている。

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開いて1ページ目からは木綿のセーターのファッションスナップ。
お洒落な写真に外国人の方を使うセンスは、昔から変わらない様子。

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夏前の発刊だったので、夏の特集が組まれている。
まずは野菜のシャーベットの作り方。
文字が昭和を感じさせてくれる。
ビーツの色を表現する時に「ワインレッド」という言葉を使うのも、バブルの香りがする。

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続いて、夏を見越してのチェアのDIY。
かなりきちんと作り方が解説してある。
実際にこれを見て作った人はどれぐらいいるんだろう、なんてことに思いを馳せる。

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夏の特集が終わると、昔の遊びにフォーカスを当てた記事。
読む層が子育て世代を想定しているのか、いろんな遊び方が乗っていた。
かんけりは、この当時でも昔の遊びにカウントされていたのは面白かった。

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今の子供たちは昔と比べてファミコンで遊ぶようになったようなことが書いてある。
こどもの遊びはルールを自分たちで決めて遊ぶことができるのがいいところだ、と書いてあって中々に「たしかに」と思わせてくれる。

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続いて、この右上の画像は何の画像だと思うだろうか。

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こちらは、メンコをした時の筋肉の使い方を調べたもの。
メンコをしたことがある人と、ない人では筋肉の使い方の上手さが違う、という説明。
こちらも同じく「プラモデルやファミコンでは育たない部分がある」との締め。このあたりは、ここ35年間言っていることが変わっていない気がする。

続いては、朝ご飯のアイデア。
すごく優雅な写真と料理。
今なら「忙しくても栄養ばっちり作り置きレシピ」となっているだろう。
このあたりも華やかで経済成長真っただ中だった時代を感じる。

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途中で挟まれるコラムも面白い。

たばこについて。
アメリカではタバコのケースにタバコの有害性について記載してあるが、日本では危機感が薄いことを嘆いている。
実際には数年後、日本のパッケージも警告文が入るようになった。
このような活動の先に世論が動いていったのかもしれない。

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夏前のこともあり、エアコンメーカーの機能や電気代の比較をする企画もあった。

今は統合されたり、名前が変わっているメーカーもあり、時代感がある。

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コラムの中で、個人的に気になったのはこちら。

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給料の銀行振り込みが多くなったということは、まだ手渡しと銀行振り込みが混在していた時代。
支払いは口座振替ではなく、集金や振り込みがメインで、クレジットカードも一般的じゃなかったことがこの知恵からも分かる。

今の時代には有効ではないが、このアイデアはかなり秀逸。

時代を感じる特集がもう一つ。

簡易シャワーの作り方。
今はシャワーがついていない家を探す方が難しいが、当時はまだシャワーがない家もたくさんあったことが分かる。
うきうきシャワーのネーミングセンスが可愛い。新潟県三条市がずっと産業の街だったことも読み取れる。

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FP的に気になったのはこちらの文章。

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「人生80年時代」。

35年後の今日では「人生100年時代」が当たり前に言われているが、つい35年前は人生80年時代で高齢化社会が来た、と思われていた。
このペースで行くと、これから35年後に「人生120年時代」と言われても違和感がなくなくかもしれない。

続いてはある精神科医のコラムをご紹介。

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「えっ、今日だったんですか、試験は」というんです。分かりますか。こういう子共が混じっていますから、何から何まで面倒をみなければだめなんです。(中略)
「ぼくなら、おまえ大した豪傑だなと、感心してやりますよ。それでいいじゃないですか。」
「豪傑だなんて無責任な。今時のせちがらい世の中では、豪傑だなんておだてられているうちに飢え死にするほかなくなりますよ」(中略)
おっちょこちょいが一人二人いたっていいじゃないか。

勘のいい方は気付いたのではないだろうか。
僕は読んでいて笑ってしまった。

中学浪人がかかっている試験日を間違える、慶応の試験日を間違えて落ちる、進級の手続きを忘れて留年など。

現代であれば、恐らくADHDの診断がついているだろう。

当時、この精神科医は「豪傑だ」と言った。
コラムの言葉を借りるならば、世の中がどんどん「せちがら」くなっていくタイミングと、「豪傑」で済まされていた狭間をコラムに垣間見ることができた。
当事者としてもADHDを「豪傑」という捉え方をしてもらえるとありがたいところ。
餓死しないように実力はつける必要があるが。


自分が生まれた時の雑誌が発刊された時、両親は30歳。
現在は35歳で当時の両親を越してしまった。

バブルがはじける前の軽やかで優雅な雰囲気を感じることができた。
両親や先輩方はこの時代をどんな風に生きていたのだろう。
そんなことを考えながら読んだ。

35年後から見たら、今の時代はどう見えるのだろう。

興味本位で買った暮らしの手帖で、いろんなことに思いを馳せた。

疑似的にタイムスリップしたような楽しい読書体験。

最後に、発行が現代まで続いている暮らしの手帖への感謝を込めて、編集後記の言葉を借りて今回は筆をおくことにする。

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現代まで続く手帖通信は、自分の生まれた時と今を繋ぐ心の懸け橋になっているかもしれない。

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