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デザインなんて語れない 3/3

https://note.com/momomorou/n/nefcc664099a7

これの続きです。


変わったのは


悩みに悩んだあの頃から、もう随分と歳月が経った。

その間にもこの仕事をする中で、デザインのその本質的な意味を伝える事は自分の使命だ。と思った事は確かに何度もあった。あの時、先輩方がそうなさったように。
しかしやはりあの言葉は、あの時、あの瞬間に必要だったんだと、その道中で思いとどまった。

昨今ではデザインという言葉は、更に一般に浸透し、多くの意味とニュアンスを含んで多様な場面で用いられるようになっている。


デザイン経営、デザイン思考。


間違いなく最も応用が効く言葉の一つではないだろうか。
デザインという言葉が内包するものはもはや膨大で、またそのどれもを不適当だと削ぎ落として、これだと掲げる意味はない。

一億総、の後に付くことが何よりの証拠である。


それはあの頃のように軽率にあつかわれたということではなく、何かが失われたと危惧することでもない。
まるで、サランラップやホッチキスが、商品名から一般名称に変わったようなそんなただの変化である。
そして、それだけ愛されたから広まったのである。


一億総グルメ、一億総カメラマン、一億総ライター。
それはたくさんの人の想いを巻き込みながら、しかし、確かにその行為が愛されたがゆえの現象なのだ。

そんな時代を目の当たりにしてきたからこそ「自分が憧れたあの頃とは変わったんだなぁ」と俯瞰しながらしみじみ思える。


もちろん、ものづくりに対する苦労がなくなったわけではないし、自らのそれにかける思いが弱くなったわけでもない。
言い方が難しいが、必要な知識も技術も、必要な場所では必要である。

変わったのは言葉、そしてわたし自身。



ふと思い返して考えた事がある。



「デザインってのはそういう事じゃない」と息を巻いて反論していた人たち。
そして「デザインというのはこういう事なんだよ」と優しく教えてくれた人たち。

思えば、一見同居していそうなこの二つの言葉。その思いにどれだけの隔たりがあるか、今なら多少なりと分かるように思う。しかし、言葉が変化するように、人も変化していく。

真剣であればあるほど、悩めば悩むほど。
もしかしたら、彼らは同一人物だったかもしれない。




あの頃、デザインというのは、トランプでいうジョーカーのようなものだった。


ハートでもスペードでも、キングでもエースでもない。
他のカードとは全く違うが、何にでもなれるカード。
その使い方に決まりはなかったが、美学があった。
ただし、使いこなすためには場をよく知り、先を読む能力が必要だった。

その奥深さに虜になった人は、学びに学んでジョーカーを使うためのセンスと呼ばれるものを獲得した。彼らはそのセンスをもってカードを使い、魅了された人々はその前で足を止めた。

それはさながら魔法を使うかのようで、彼らの前には喜ぶ人や憧れる人、はたまた理解できずに避ける人が現れた。
そのカードをうまく使える人間は少なかったが、彼らは懸命に伝えた。
これは魔法でも手品でもない。ただ、学ぶ事だと。
センスというのはあるなしではなく、学んで手に入れるものだと。


しかし、言葉とは裏腹に、カードの存在だけが多くの人に知られていき、その過程で誰かが「これもジョーカーだ」と思って持っていったものがあった。

いつも隣に並べられていたもう一枚の特別なカード。
ブランクカードである。


これも似たような使い方をしていいらしいぞ。
それなら、わたしの手元にある!
ぼくにだって使えるかも!

その真っ白なカードには、皮肉にも、ジョーカーの「自由に使える」という特性だけが都合よく引き継がれた。


こんな形にしてみたの、いいでしょ!?

いやいや、この色使いが最高だろ?

まさか!素晴らしい設計こそです!

そんな事より、イラストが綺麗よね。

この細部の仕上げにつまってるのさ。

何はともあれバランスなの。

いや、結局機能が全てでしょ!

、、様式を忘れないでいただきたい。

いや、使いやすさが一番じゃね?

すなわち「行為」そのものがそう呼べるのでは?

それをいうなら「考え方」で解決でしょう。

違うね。それはつまりWOW!ってことさ!


誰がジョーカーを使っていて、誰がブランクカードを駆使しているのか。
全員が所持出来るようになった今、わざわざそれを突き止めにいくことに意味はない。


初めに手にしたのがブランクカードであっても、学べばそれはジョーカーに成る。
ともすれば、ジョーカーだと思って手にしていたカードが、実はブランクカードに変わってしまう事だって大いにある。

そうならないため、そのために守るべきもの。
それは言葉や体裁ではない。
初心にかえり、思い出すべき事は火種の部分。



自分は何をしたかったのか、何が好きだったのか。
そして、何をして生きていくのか。


父よ。
あなたがこだわったのは大工であるという事ではなかった。

あなたが去るまえに、わたしに気付かせた事。
去った後にさえも遺した情熱。


人はそれを「生き様」と呼ぶらしい。



未だ不惑になれない頼りない自分のため、未来のわたしがまた立ち戻るため。

わたしがこの仕事をそう呼べるように、ここに記しておこうと思う。



おわり

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