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地味なOLだったバブル期の思い出

バブル絶頂期から僅かにズレた頃、東京のど真ん中でOLになった。千葉の片田舎から1時間半…毎日総武線快速に揺られて新橋まで通った。日比谷方面に少し歩く。

勤め先は、製造業。名だたる大企業ではなく…優良、でも地味。キラキラバブルの花形企業たちが「24時間戦って」いるなか、定時で上がれることにも地味さとひけ目を感じつつも。(給与も格段の差)

でも!勤務場所だけは紛れもなく「キラキラ✨」ど真ん中!
定時で飛び出し、毎日ウキウキしながら銀座、日比谷を歩き回ってた。歩くだけでも楽しかった〜!お金はなくてもハイブランドの路面店たちを横切る時は「フフっ」てなったり、裏道のカフェでお茶したり。
一度、とある喫茶店に入ったら私以外「ご出勤やご同伴の」お姉さんばかりで「えっ?!ケーキ屋さんよね?ここ…」って心の中で訴えながらもそもそ食べて出た、こともあった。
人手が足りないせいか、フラフラ歩く私にまで「スカウトさん」が来ることもあった。。
街全体が、浮かれていた、あの頃。。

そんな私の通勤服は…どこで買ってたんだろう。なんか新橋の地下とか?よく覚えてないけど…田舎もんの私でも躊躇なく手を伸ばせる「キラキラ街の中の」そんな場所を見つけて、手に入れてた気がする。地元では買わない。「東京で買った服だから」ダサい私でも堂々とそれ着て遊び回れたんだろうな。。

会社の裏にはディスコ(!)やカラオケボックスがあるから遊びに行ったり、OL友達がこっそりクラブホステスのバイトしてたから、開店前までその子とその店のカラオケで遊ばせてもらったり。

(ラジオシティではどさくさにまぎれてお立ち台上ったり、Mカルロは男女同数じゃないと入れてもらえなかったり)

ディスコやカラオケそのものが好き、というより…もちろん嫌いではなかったけど…今思うと「近場」だったから、よく通ったし、楽しかったんだと思う。

あの頃の私は「銀座が近場」て認識だったんだわ。
いくらダサい服でボサボサだろうが…それで喜々として闊歩出来た、浮かれてたし周りも見ちゃいない、そんなあの頃。懐かしいなあ。

時は流れながれて…🌊

50代になった今の私の近場は「スーパー」🛒
毎日そこで家族と生きるために「狩猟採集」するのが日課。
服は相変わらず、近場でゲット…どころか。通販とか、「自家製」(編みものにハマり)…出かけてすらいない。

時流や世間の動向に流されて生きて来た私は、井の中の蛙であるとともに、「近場で楽しむ」ことに、長けてはいたのかもしれない。

今、あの頃に戻りたいとは思わないから。
今の自分の「近場」も好きだから。

けど、幸せに過ごさせてもらったな!
そう思えるいまが、嬉しい(^-^)
思い出で、遊べるからね(^-^)







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