『落研ファイブっ』(15-2)「やりきれない男たち」
野田一八に捧げる様に『愛宕山』の一節を披露するのは、自他ともに落語研究会のエースと認める三元時次十七歳である。
〔三〕「早蕨の 握り拳を」
〔餌〕「そもそも早蕨って何でしたっけ」
〔シ〕「若旦那の突っ込み所はそこじゃねえ」
餌の的外れな絡み方に、シャモが思わず突っ込む。
『愛宕山』を熱演しながら歩く三元達がゆったりとハイキングコースを歩いていると、後ろから来た敬老会の面々にまで追い抜かれてしまった。
当然、自称『メキシコ湾のスーパーノヴァ(二十五歳)』の多良橋と、次期冬季五輪有力メダル候補と騒がれた仏像の背中は、はるかかなたに消えている。
※※※
〔仏〕「一体何を企んでるんだ。GWにわざわざYMCAまで予約して応援部に放送部を駆り出して。あんたを入れてイレブン作ろうってか」
三元達よりずっと早く第二展望台にたどり着いた多良橋と仏像は、余りに遅い後続に呆れつつベンチに腰を降ろした。
〔多〕「いいや、それじゃサッカー部と差別化出来ないだろ」
〔仏〕「だったらあいつら何よ」
〔多〕「政木きゅん、がっつく男は嫌われるわよん」
〔仏〕「うざっ。冗談でもサブいぼ立つわ」
シナを作って多良橋が仏像をけむに巻こうとしていると、あの不自然な『じゃんじゃん語』が聞こえてきた。
〈ジャンジャン語御一行とウミウの巣〉
〔監〕「なあ一八、お前俺のためなら何でもできるって言ったじゃん」
〔一〕「そりゃもちろん監督のためなら、例え火の中水の中飛び込みますよって」
〔女A〕「一八口ほどにも無いじゃん。ヘタレじゃん」
演芸用関西弁とでも言うべき不自然な言葉で、ミノムシと化した一八《いっぱち》がベンチにへたり込んだ。
〔監〕「ウミウいねえじゃん」
ウミウの名所として知られるスポットにたどり着いた監督は、明らかに落ち込んだ様子である。
〔女B〕「ねえねえ一八。何でも出来るんだったらウミウの代わりに飛べば良いじゃん
〔監〕「天才じゃん。一八がウミウの代わりに飛べば解決じゃん」
〔一〕「ウミウは鳥類あたしは人類。どないして飛べ言いますのん」
〔女A〕「監督の為なら何でもするって言ったじゃん」
〔一〕「飛べたらそらもう人類ちゃいますやん」
監督の取り巻きの女達に詰められた一八は、こわばった笑みを浮かべる。
〔女C〕「竹ざお持って走り高跳びみたいに飛べば出来るじゃん。竹の反動で戻ってくればいいじゃん」
〔一〕「冗談きっついわー」
一八の声はかすかに上ずっている。
〔監〕「ウレタンマット下に置けば大丈夫じゃん」
〔一〕「まさか本気ですのん。ノースタント!? それはいくらなんでも堪忍してもらえまへんやろか」
〔女A〕「一八の名前が売れる機会じゃん」
〔一〕「あそこから落ちたら訃報欄で名前が売れる奴やないですか。監督も冗談きっついわあ」
〔女C〕「大阪民はヘタレの神奈川民とは違うって言ったじゃん! だったら出来るじゃん!」
〔一〕「待って待って冗談だって言ってお願い。冗談でも言って良い事と悪い事があるって分かるでしょ」
〔女B〕「一八マジ焦ってるじゃんダサすぎじゃん」
〔監〕「お前の代わりはいくらでもいるじゃん」
〔一〕「監督あなた人殺しになっても良いんですか?! 教唆ですよ教唆! 立派な犯罪要件が成立しますよ」
野田一八氏は演芸用関西弁をかなぐり捨てて『監督』に訴えかけた。
〔監督〕「教唆? 犯罪要件? 何それ。お前大学出たからってナマ言ってる場合じゃないんじゃん。 大阪民は神奈川民みたいにヘタレじゃないって言ったの一八じゃん」
〔女A〕「監督に嘘ついてオーディション受かったんじゃん。ずるいじゃん」
〔一〕「ちょっと本当に落ち着いてください。どうして竹ざおがここにあるんですか。これ全部仕込みなんですか」
〔監〕「一八今最高に輝いてるじゃん。イケてるじゃん。このままウミウの代わりにユーキャンフライじゃん。大阪民なら出来るじゃん」
〔女ABC〕「大阪民! 大阪民! ウミウの代わりにユーキャンフライ(三々七拍子のハンドクラップ付き×四)」
〔一〕「済みませんすみません嘘つきました実は吉田村出身の島根民です大阪民って見栄張りました都会に憧れただけなんです許して下さいお願いします皆さんそげなきょーとい事(そんな恐ろしい事)言わんで、あああー(゚Д゚;)」
〔女ABC〕「じゃん、じゃん、じゃんじゃんじゃんじゃん! 野田一八! 野田一八! ウミウの代わりにユーキャンフライ!(三々七拍子のハンドクラップ付き×八)」
キャバクラチックなコールに見送られ、無言の監督に首根っこを掴まれた野田一八氏の声が遠のいていった。
〔仏〕「俺は何も見なかった。見なかったんだ」
野田一八氏の名前がニュースと訃報欄で売れる事の無いよう願いつつ、仏像は多良橋を引きつれて元来た道を引き返した。
※※※
第二展望台から引き返した多良橋と仏像を待ち受けていたのは、見るも無残な三元の姿だった。
〔三〕「脾臓が痛え」
ふうふうと脂肪のついた脇腹を抑える三元の顔を、餌が覗き込んでいる。
〔多〕「グラウンドで歩いているのと距離はそんなに変わらんぞ」
〔三〕「飯食って時間が経ってなかったから」
情けなさそうにつぶやく三元に、精密検査を受けた方が良いかもなと多良橋が告げた。
〔三〕「俺どこも悪くないって」
〔多〕「十分おかしいだろ。まだ十七歳よ。身長体重は。去年の体力測定のシャトルランは何回だった」
〔三〕「一五八センチメートル 八九キログラム。シャトルランは二十九回です」
〔多〕「いくら何でもそりゃどういう事だよ。シャトルランが二十九回って七十代の記録だぞ。サボってんじゃねえだろうな」
〔三〕「全力です。足が上がらないんですよ」
〔多〕「年齢詐称してねえか。車に戻ったらパルスオキシメーターがあるから測ろうか」
〔三〕「事実を知るのが怖い」
がっくりとうなだれながらも立ち上がった三元に構わず、仏像は磯場で半裸を披露する熊五郎に青柳達を呼びに行った。
※※※
曲に合わせてボディビルダーさながらのポーズを決めていく熊五郎は、完全に自分の世界に没入していた。
隣では応援団が振付のごとく、歌に合わせてポーズを決めている。
〔仏〕「何この変な曲」
磯場に続く階段の踊り場で、仏像はあっけにとられた。
〔青〕「この曲を知らないなんてかわいそうに」
〔仏〕「知りたくもないわ」
三脚カメラを覗き込んだまま冷静に告げる青柳に、そろそろ移動だぞと告げるも。
〔青〕「まだ二番が残ってる。後で追いかけるから」
青柳は熊五郎と応援部の珍妙な踊りにすっかり夢中になっていた。
〔仏〕「ダメだあいつら」
多良橋よろしく両手を天に上げて首を左右に振ると、背後から熊五郎の野太い低音ヴォイスが響いた。
〔熊〕「ヘイ、メーン。カモーンこっち来いよ」
〔仏〕「俺?! いやあっ!」
手の平を上に向けながら、怪しげに手招きをする応援部と熊五郎から逃げ出すと、仏像は息を切らせて階段を駆けあがった。
〔仏〕「矮星、俺は朝からとんでもないものを見ちまったぜ。何で寄りにもよってあいつらを呼んだんだよ」
〔多〕「そりゃ応援部だし」
〔仏〕「あの爺さん何者だよ」
〔多〕「樫村君の爺ちゃんだよ。工務店を経営してる」
〔仏〕「そりゃあの車見りゃ分かるって。何だよあのガタイの良さ。カメラ慣れ。そして妙に甘いバスボイス。あいつ一体何者なんだって」
〔多〕「だから熊ちゃんの店 樫村工務店の」
〔仏〕「もう良い! 矮星出禁な」
セミロングのウェーブヘアを風になびかせてそっぽを向くと、仏像は少し前を行く三元達の元へと駆け出した。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
(2023/8/3 読みやすさ優先のため(15『嗚呼城ヶ島』を二分割および一部改稿・改題 2023/11/20 一部再改稿・改題 )
https://note.com/momochikakeru/n/nb928383ef26b?magazine_key=m27a901ee5eb5
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