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サンダルをつっかけて蛍を見に行く

小さな鳥居の横、冷えた光を放つ蛍がわずかに細流を滑る。
目で追えるほどの少ない光ではあるが、確かに蛍が棲んでいた。

ぼうっと光る度に心が揺れ、闇に紛れる度に落ち着かない気持ちになる。

川縁でしゃがんで右に左に顔を動かし蛍を探す。
夜の空気はまだ肌寒く、サンダルをつっかけた足先に力が入る。まだ少し、半ズボンは寒かったかもしれない。


アパートから10分ほど車を走らせ、バイパスを横切り田んぼの中の住宅地を過ぎると、小さな鳥居を構えた神社がある。ホタルが見える場所としては無名なこの場所は、絶好の蛍狩りスポットだ。川とも溝とも呼べぬような成り損ないの小川が神社の周りをぐるっと一周している。

群生地と呼ぶほど飛び交うわけでもなく、両手の指で数えられるだけの蛍がぽつりぽつりと棲んでいる。神社に面した2車線の道路は忘れた頃に車が通る。

暇を持て余してアスファルトをなぞる指先が冷たい。溝に爪が引っかかり、振動が体に響く。手の届かない位置を飛ぶ蛍はとても静かだ。

なんでもない生活の延長線上に、蛍がいる。
コンビニに行くような気持ちで車に乗り、履きやすいからという理由でしか履かないサンダルをつっかけ、チグハグな部屋着で蛍を見ている。構える一眼レフもない。生活感を身に纏い、現実味のない蛍を見る。

真夜中のモノクロな世界で、唯一色を持った冷たい光。夢の中とそっくりだ。

帰り道はコンビニで安いアイスを買って帰る。サンダルとコンビニと、チグハグな部屋着が馴染む。初夏の揺蕩う夜の温度が足先に戻ってくる。モノクロは街の中へ溶け込めずにあの山道の途中で消えていった。色で溢れる日常の真夜中と、僅かな白色を讃える漆黒の真夜中は、確かに同じ時間軸上に存在しているらしかった。見えているものが全てじゃない。安堵して、サンダルをもう一度かけ直した。白色の時間を抱いて、帰路に着く。

いつまで彼らに会えるのだろうか。


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