見出し画像

『かなめ石』上巻 四 室町にて女房の死せし事

寛文二年五月一日(1662年6月16日)に近畿地方北部で起きた地震「寛文近江・若狭地震」の様子を記したものです。著者は仮名草子作者の浅井あさい了意りょうい。地震発生直後から余震や避難先での様子など、京都市中の人々の姿が細かく記されています。〔全十章〕

四章では、土蔵どぞうの下敷きになって亡くなった婦人の痛ましい様子を伝えています。

📖

四 室町むろまちにて女房のせし事

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『艱難目異志 上,下

二条むろ町に、百足むかで屋のなにがしとかや聞えし人の女房は、今年わづかに十七歳、むかへとりていくほどもなく、たゞならぬ身にて侍べりしが、朔日の地しん さしもおびたゞしかりければ、家のうちにもたまりえず、おちの人、かひぞへ、小女、四人つれて うらなる 空地くうぢにいでんとす。

※ 「むかへとりて」は、むかりて。自分のもとに迎えとること。ここでは 妻に迎え入れて、という意味と思われます。
※ 「たゞならぬ」は、ここでは、妊娠しているという意味。
※ 「朔日」は、ついたち。一日。
※ 「さしも」は、副詞「さ(然)」を強めた表現。
※ 「たまりえず」は、まりえず。とどまることができず。
※ 「おちの人 」は、御乳人おちのひと。 貴人の乳母うばのこと。
※ 「かひぞへ」は、かいえ。
※ 「小女」は、ここでは、下働きをする若い女性という意味と思われます。小女こおんな

そのあひだに土蔵どざうのありけるが、俄にくづれかゝり、かはらにて かうべをくだき、おちかさなる かべにひしげ、うづまれ、四人一所に しにけるこそ、一ごう所感しよかん とはいひながら、かなしかるべき ありさまなり。

家のうちの上下、もだえこがれ、山のごとくにおちかさなりしつちをかきのけ、むなしきかばねをほりいだす。いまだいきのかよへるものもありしかども、とかくするうちにはや事きれはてけり。

※ 「かうべ」は、こうべ
※ 「うづまれ」は、うずまれ。
※ 「一ごう所感しよかん」は、仏語。人はいずれも、同一の善悪のごうであるなら同一の果を得るということ。
※ 「かばね」は、かばね

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『艱難目異志 上,下

女房はあえなく打ひしがれ、はらはわきよりさけて、内なる子はいまだ 五月いつゝきばかりなるが、はらわたにまとはれ、にまみれてなだれ出けるを見るこそかなしけれ。

おや、しうとめ、さしつどひて「これは/\」といへどもかひなし。只 なくよりほかの事なく、いかにと ●●● わけたることなければ、内のものども とかくはからひて寺にをくり、一 じゆつかぬしとなしけり。

かの女房にかはりて
  大なえに くづれておつる むながはら
    つちぞつもりて つかとなりける

※ 「おや、しうとめ、さしつどひて」は、おやしゅうとめ さしつどいて。
※ 「かひなし」は、甲斐なし。
※ 「なくよりほか」は、泣くよりほか。
※ 「内のもの」は、うちもの。家の者、家族や使用人などのこと。
※ 「とかくはからひて」は、兎角とかく はからいて。
※ 「大なえ」は、おおなゐ のことと思われます。大地震のこと。
※ 「むながはら」は、棟瓦むながわら。屋根のむねをふくのに用いる瓦のこと。



筆者注 ●は解読できなかった文字を意味しています。新しく解読できた文字や誤字・誤読に気づいたときは適宜更新します。詳しくは「自己紹介/免責事項」をお読みください。📖