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『かなめ石』上巻 三 下御霊にて子どもの死せし事

寛文二年五月一日(1662年6月16日)に近畿地方北部で起きた地震「寛文近江・若狭地震」の様子を記したものです。著者は仮名草子作者の浅井あさい了意りょうい。地震発生直後から余震や避難先での様子など、京都市中の人々の姿が細かく記されています。〔全十章〕

三章では、咄嗟とっさにしがみついた石灯籠が倒れかかり亡くなった子どものことが伝えられています。

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三 しも御霊ごりやうにて子どものせし事

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『艱難目異志 上,下

五月朔日は 祈祷きたうの日なりとて、諸社しよしやに御神楽かぐら御湯みゆなどまいらする事、いにしへよりこのかた これあり。しも御霊ごりやうにも御湯みゆまいらせ、貴賤きせん老若らうにやく つどひあつまりておがみ奉る。

※ 「朔日」は、ついたち。一日。
※ 「しも御霊ごりやう」は、下御霊しもごりょうのやしろ(現在の下御霊神社)のこと。
※ 「御神楽かぐら」は、神をまつるために奏する舞楽のこと。
※ 「御湯みゆ」は、巫女みこが神前で熱湯に笹の葉を浸して、身にふりかけて祈ること。湯立ゆたて

出典:国立公文書館デジタルアーカイブ『都名所図会 巻之一』 25/47
下御霊社 しもごりやうのやしろ

その時しも、地しんおびたゞしくゆりいでしかば、諸人きもをけし、拝殿はいでんにのぼりたるはくづれおち、地下なるものははしりいでんとす。こみあひ、もみあふて、なきさけび、よばひどよむ。

※ 「時しも」は、ちょうどその時。
※ 「きもをけし」は、肝を消し。肝を潰しという意味。
※ 「よばひどよむ」は、ばい響動どよむ。人々の叫び声が鳴り響くこと。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『艱難目異志 上,下

その中に、年のころ七八さいにもやなるべきとみゆる おのこ子二人、にげいづべき方角はうがくをうしなひ、心きえ、たましゐうろたへて、せんかたなく、おそれもだえ、石燈籠とうろうにいだきつきし所に、やがて、かのいしどうろう、ゆりかたぶきて、打たをれしかば、二人の子どもはこれにうちひしがれ、かうべより手あしにいたるまで、つゞく所なく、きれ/\になりて、しにけるこそ、かなしけれ。

おのこ子二人にげいづべき方角をうしなひ
石燈籠にいだきつきし

※ 「おのこ子」は、おのこ子。
※ 「せんかたなく」は、詮方無、為方無。どうしようもなく。
※ 「いだきつきし」は、いだきつきし。
※ 「ゆりかたぶきて」は、揺り傾きて。
※ 「かうべ」は、こうべ
※ 「きれ/\に」は、きれぎれに。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『艱難目異志 上,下

「是はそもいか成人の子どもなるらん」と、諸人 おそろしき中にも あはれにおもひて、いひのゝしる。しばらくありて、子どものおや はしりきたり、そのかほかたちはひしげて見えねども、に染かへりしきる物は、まがふ所なくそなりければ、母も気をうしなひ、父も声をあげて只なきになきけれどもかひなし。

※ 「いか成人の子ども」は、いかなる人の子ども。
※ 「いひのゝしる」は、ここでは、大声で言うという意。
※ 「そのかほかたち」は、その かおかたち
※ 「きる物」は、着る物。
※ 「そなりければ」は、なりければ。
※ 「なきになきけれども」は、泣きに泣きけれども。
※ 「かひなし」は、甲斐かいなし。

いしどうろう
ゆりかたぶきて打たをれし

「さても 夢かよ/\」とて、ちぎれたるかばねをとりあつめ、洟とゝもに たはらにいれ、人してもたせて、家ぢに立帰る。ふたりのおやの心の内、おもひはかるべし。

※ 「かばね」は、かばね
※ 「洟」は、なみだ

その身、さきの世のむくひとはいひながら、やまいにふしてしにもせば、せめては思ひもうすかるべきにや。これは おもひもかけざりし。いらせなき さいごのありさま、余所よそのたもともぬれ侍べり。のちに聞ければ、御霊ごりやうちかきあたりのものにて、一人は こと、一人は まりやの子にて侍べりし。

けがれたる火をくひて、おやにもしらせず、この御やしろにまいり、御湯みゆまいらするをおがまむとせしが、神の御とがめにて かゝる事にあひ 侍べりけるとかや。

※ 「いらせなき」は、いらけなき、かもしれません。ただ、いずれも文意が読み取れないので自信がありません。
※ 「余所よそのたもともぬれ侍べり」は、家族でないひとも涙を流したという意。

あまりにみるめのふびんさにや、とぶらひける そうかくぞよみてたむけける。

  とてもはや うちひしがれて 死するかし
    いしどうろうを 五りんともみよ

※ 「みるめのふびんさ」は、見る目の不憫ふびんさ。
※ 「とぶらひける」は、とむらいける。
※ 「五りん」は、五輪ごりん卒都婆そとばのこと。



筆者注 ●は解読できなかった文字を意味しています。
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