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『かなめ石』上巻 五 大佛殿修造 并 日用のものうろたへし事

寛文二年五月一日(1662年6月16日)に近畿地方北部で起きた地震「寛文近江・若狭地震」の様子を記したものです。著者は仮名草子作者の浅井あさい了意りょうい。地震発生直後から余震や避難先での様子など、京都市中の人々の姿が細かく記されています。〔全十章〕

五章では、修繕中の大仏殿での様子が伝えられています。

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五 大佛殿ぶつでん修造しゆざう 并 日用ひようのものうろたへし事

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『艱難目異志 上,下

これをはじめとして、京中にありとあらゆる 土蔵どざうども、あるひはひらにくづれ、あるひはかはらおち、かべわれて、ゆがみかたぶかずといふことなし。家ゝの棟木むなぎ、さし物はほぞおれてぬけかゝり、のきかたぶき、束柱つかばしらくじけゆがみ、たなにあげをきし 道具だうぐども、家ごと一どうにおちくづれ、女房、子どもは いよ/\おそれまどひ、なききさけぶ声に取くはえて、をまはし、をとりうしなふものもおほかりけり。

※ 「あるひはひらにくづれ、あるひはかはらおち」は、あるいはひらに崩れ、あるいは かわらち。
※ 「かべわれて、ゆがみかたぶかず」は、かべれて、ゆがかたむかず。
※「ほぞおれてぬけかゝり」は、ほぞ折れて抜けかかり。ほぞは 木材同士を接合する際に、一方の端部に作る突起のこと(凸がほぞ、凹が枘穴ほぞあな)。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『艱難目異志 上,下

むかし文徳もんどくわう の御宇、斉衡さいかう二年五月五日の大地しんに、南都なんと東大寺とうだいじぶつみぐし をゆりおとせしと 記録きろくにしるせり。

※ 「斉衡さいかう二年五月五日の大地しん」は、斉衡二年(855年)に起きた地震で、この地震により東大寺の大仏の頭部が落ちたそうです。
※ 「みぐし」は、御頭みぐし。頭の敬称。

参考:東大寺Webサイト「東大寺の歴史

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『艱難目異志 上,下

このたびの地しんには、京都の大佛は 修造しゆざうのため、みぐし はすでにとりおろし奉りぬ。日ごとに手傳てつだひ日用ひようをいれて、金銅こんどう十六ぢやう仏像ぶつざうを、げんおう、かなとこをもつて かちくだき、うちこはす くはん/\といふ其ひゞき 四王しわう忉利たうりの雲のうへまでも聞え、水輪すいりん坤軸こんぢく の下までもこたへぬらんと、物すごくおぼゆるところに、俄に おびたゞしき 大なえゆりいだして、

※ 「修造しゆざう」は、神社や寺などを繕い直すこと。
※ 「日ごと」は、日毎ひごと。毎日。
※ 「手傳てつだひ」は、ここでは土木人夫のことと思われます。
※ 「日用ひよう」は、日雇ひよう。日雇いのこと。
※ 「金銅こんどう十六ぢやう仏像ぶつざう」は、方広寺の大仏のこと。
※ 「げんおう」は、玄能げんのう(玄翁)。金槌かなづちのこと。
※ 「かなとこ」は、鉄床かなとこ(金床)。金属をたたいて鍛える鋼鉄の台のこと。
※「かちくだき、うちこはす」は、かち砕き、打ち壊す。
※ 「くはん/\」は、カンカン。
※ 「四王しわう」は、四天王のこと。
※ 「忉利たうり」は、忉利とうりてん。六欲天の第二。須彌山しゅみせんの頂上に帝釈天が住む天界。
※ 「水輪すいりん」は、仏語。五輪(地輪・水輪・火輪・風輪・空輪)のひとつ。
※ 「坤軸こんぢく」は、大地の中心を貫き支えているとされる軸。地軸。
※ 「大なえ」は、大なゐ と思われます。大地震のこと。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『艱難目異志 上,下

佛殿ぶつでん ゆるぎはためきければ、日用ひようどもは 地しんとは思ひもよらず、うちくだく ほとけばちあたりて、たゞいま 無間むげん地ごくにおつるとこゝろえ、百人ばかりの日用ひようのものども一どうに声をあげ、手をすりて、「南無なむ釈迦しやか如来によらい、かやうにうちこはし奉る事、われらがこゝろよりおこる所にはさふらはず。日用ひようつかさにやとはれて、下知げちによりて打くだき奉る。我らにとがはなきものを。ゆるさせ給へ /\」とわびごとする。

※ 「無間むげん地ごく」は、無間むげん地獄じごく。八大地獄の第八、阿鼻あび地獄。地獄の中で最も苦しみの激しい所。
※ 「日用ひようつかさにやとはれて」は、日用司ひようつかさに雇われて。
※ 「下知げち」は、上から下へ指図すること。
※ 「とが」は、人からとがめられるべきこと。
※ 「わびごとする」は、ごとする。謝罪の言葉を述べる。

奉行ぶぎやうものどもは、「いかにこれは地しんなるぞや、日用のものども、さはぐな /\」といへども、みゝにも聞いれずして、仏のかたにのぼり、御手のうへにあがりて居たる日用ひようども、おつるともなく、とぶともなく、やう/\にげおりてこそ、初めて地しんなりとはおぼえけれ。

ある日用ひようのもの、かくぞつぶやきける。

  ゆるからに ほとけの罰と おもひきや
    なゆとしりせば おりざらましを

※ 「さはぐな /\」は、騒ぐな騒ぐな。
※ 「ゆるからに」は、揺るからに。
※ 「なゆ」は、なゐ と思われます。地震のこと。

出典:国立公文書館デジタルアーカイブ『都名所図会 巻之三』 14/88
大佛殿 だいぶつでん

※ この地震で被災した大仏殿は、慶長十七年(1612年)に完成した二代目の大仏になります。初代大仏は、文禄五年閏七月十三日(1596年9月5日)に起きた慶長伏見地震によって損壊したため、豊臣秀頼が再建を企図し、徳川家康の協力のもと再建されたものです。



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