見出し画像

戦闘霊ベルゼバブ(SF連載小説)第9次戦闘。

ザリンタージュのエイリアスは、サナック・スペサラキ大尉に案内されて、惑星バルフの巨大な地下空洞を探訪していた。
前回、バルフ表層への空襲を許してしまったが、そのせいでステルンの戦力に疑問符がついているようなバルフ側の報道もあった。

バルフのニュース網は原始的で、報道機関による自由競争によって行われていた。
原則的に報道機関が真実を報道するという前提に依存している。
星間国家におけるそれとは違い、その情報に紐づいた信頼性検証は、自力で探さなければならないらしく、その意味では虚偽が報道されることがあっても、それに気づかない場合もある。
むしろ自力で信頼性検証が行われることが、信頼性の担保となっているのだ。

いずれにせよバルフへの空襲は完全に実行されたので、それは事実として否定できない。
ただし攻撃の内容は、前々回にザリンたちが妨害に入らなければ、おそらくエスカレーションしたであろう威力外交の延長線上にあるもので、大量被害が出るような攻撃ではなかったことが幸いであった。

シズの空襲は居住区によるものではなく、地殻外の基地や通信施設、宇宙港などに集中していた。バルフィン防空軍、バルフィン連合宇宙軍施設も大きな被害を受けた。

ネーネいわく「戦略空襲が戦争の勝利をもたらす、という単純な発想は、そのもっとも最初の事例で早くも否定された。空襲を受けてもほとんどの国は政策を変更するようなことはせず、むしろ戦闘を継続する動機を与えてしまうのだ」
古代史に関してはよくわからない。いつものことだが、ネーネが言っていることは真実かどうかもわからない。

ただ報道の流れは、ステルンたちへの不信ではなく、シズに対しての敵対心の方に重点が移動しつつあった。

ここで閑話休題。
バルフィンには連合宇宙軍と防空軍という、ふたつの宇宙軍が存在する。
どうもお互いに牽制させるためらしいのだが。
まあ、外敵と接触する機会が少なければ、お互いがいちばんの脅威になるという発想も分からないではない。
一方で惑星世界を統治するための武力装置に関しては、国内軍として基本的に統一されている。パラミリがいないわけではないが、国内軍の指揮統制に従うことが絶対要件である。
また連合宇宙軍も、防空軍も、地上戦闘部隊はほとんど持たない。
特に防空軍は首都ロクサーヌ地方の国軍という性格が強い。
そして連合宇宙軍は惑星全体の連邦軍という性質がある。

スペサラキ大尉は連合宇宙軍の所属である。
首都出身であるが、いろいろと事情があって、あえて移籍することにした。

ザリンは考える。
「防空軍と連合宇宙軍の使う兵器は同じなのですか?」
スペサラキ大尉は答える。
「違う機種が採用されることもありますが、私が乗っているのは同じですね。あれは防空軍でも採用されています。ただロケット部分が違う仕様ですが」
ザリンは明後日の方向に視線を向けた。
考え事をしているようだ。

神皇ネサリケは、サナック・スペサラキ大尉が、ステルンの派遣隊指揮官ザリンタージュにバルフの名所を視察案内することを要請した。命令ではなく要請である。
神皇は不文法で立憲君主と定められており、基本的に行政機関に命令することはない。要請するだけだ。だが連合宇宙軍はこの要請を快諾した。
スペサラキ大尉に異存はなかった。
「この前は助けていただいてありがとうございます。あなたがいなければ私は撃墜されていました」
「お礼は以前に聞きました」とザリン。そっけない。

案内されたのはロクサーヌの市街地や観光地と呼べる場所ではなく、この惑星には大量にある安定した地殻内空洞だった。
熱的に非活性化した岩石惑星では珍しいものではなく、バルフは内核の熱がまだそれほど下がっておらず、原理的にはこのような構造ができる由来は不明である。
地殻内空洞には光学藻類が存在している場所と、いない場所がある。
ここはまだ光学藻類の力で明るい。
水が溜まって大きな湖になっている。地上と違い平面的ではなく湖岸と呼べるものはない。
垂直湖であり、湖岸と呼べるべきものがあれば、それは岩盤に張り巡らされたキャットウォークである。
バルフの都市は基本的にキャットウォークの延長で作られている構造が多いので、別にここでは普通だが、他の惑星都市を視たことがあるものには奇異に映る。

スペサラキ大尉は解説する。
「ここには大きな巨大生物がいましてね。ネファロンというのですが」
ネファロンは地底湖生態系の頂点捕食者だ。
形態としては巨大なオットセイといった体ではあるが、地球由来ではないらしく、ゲノム解析で先祖をたどれない。異星の生態系に由来するものだ。それもバルフ産ではない。
当然ながら肺呼吸でもなく完全な水生生物である。
外見がオットセイに似ているのは収斂進化であろう。
やや首が長い。
感覚は視力と、ロレンチニ器官に依存している。
ロレンチニ器官といっても地球の軟骨魚類が持っているものとは起源的にも形態的にも違いがあるが、機能的には同じである。
「電気ですか」ザリンはつぶやく。
それぞれの世界の生態系から入り込んできた生物が多いので、特定の機能ばかりが発達しているわけではない。
「私が知っているデンキウオにはしばしば人を殺すものさえいます」
ザリンが言っているのは彼女の住んでいた世界に存在した電気生物だ。彼女の民族と同じく絶滅種である。
「人を食べるのですか?」とザリン。
「よほどのことが無い限りはないですね。水に落ちたりすれば別ですが、防御用の器具があるんですよ。彼らは強い電気を恐れますし。電力それ自体を武器に使うようなことはないですから」とスペサラキの説明。
地球のサメも乾電池を落とすと、びっくりして逃げ出す。
ザリンのいた世界の電気捕食者とは違う。

こころなしかザリンの表情が落ち着いたようだ。
ザリンが観光案内に連れ出されたのは、少しでもステルンとバルフ政府との間を縮めるため。というよりは報道機関にさらされないようにする口実作りか。

2人はたくさんある洞窟の支流に入っていった。
光学藻が少なくなり、光が乏しくなる。

光学藻類は化学分解生物であり、植物ではない。
どちらかというと分解者に近い。
産出物を電磁波の形で放出するので光って見える。光に寄せられた生物が化学分解の更なる栄養を追加してくれる。
光学藻類は繁殖行為を電磁波によって行う。地球系生物ではない。彼らの生理的カスケードは万事、電磁波の生成から始まるので、どうしても外界に電磁波を排泄してしまう。いまやそれが新しい栄養を手に入れる手段にまで至っている。

スペサラキ大尉は、捕食者としての光学藻類がいる地域があることまでは言わなかった。
どのみちここには生息していないし、怖がらせたくなかったのだ。

バルフの生態系は地底からの化学的エネルギーの供給からはじまる。
なので下に行けば行くほど、生態系が濃密になっていく。
上には光学生産者、つまり地球系の植物生物がわずかにいる場所もあるが、主星アスカグラフの光量変動が激しく、かつ地殻外にはバイオスフィアの条件が満たされてない場所が多いので、上は何もいないことが多い。

洞窟の支流に入っていく。ここは暗い。地底湖に流れ出す川が流れており、せせらぎが聞こえる。道は狭い。
ザリンのステルン制服は、巨大なクリノリンキュロットを下に穿いている。
それが道の狭さに合わせて音もなく縮んだ。
肉体同様、投影物質で作られた衣服は、コントロールが自在である。
自分の体のように動かせる。
最大でボディラインに密着するまで、いやもっとやろうと思えばできるのだが、外見上の不快感を与えることになる。やる意味がない。

道の先に老人がいた。
妙だなとスペサラキ大尉は考える。
まだ洞窟開きはしていない時期だ。だから連れてきたのに。
定期的に地殻活動が活発化するので、その時期は観光を中止して進入禁止にする。
もっとも洞窟開きはすぐ先だ。もしかしたら観光局の職員かも。
それとも自分たちのように特別な立場で来た人物が他にもいるかもしれない。

「いやあ、どうもすみません。腰痛でね。年をとってから来るところじゃないですな」
ザリンは口を利かない。
スペサラキが替わりに話した。
「大丈夫ですか。荷物を持ちますよ。歩けますか?」

ザリンは別に変装はしていない。黒い肌とストレートの髪。ステルン正装。
あとひとつジャンの民の特徴は隠している。
バルフの民は白い民だ。地下生活のせいで彼らは光を取り込むべく薄い体色になっていった。
ネーネが言うには古代社会では黒い肌は差別の対象になったらしい。クリスマスローズのいたララメリカでも、古代社会を忠実に再現していたらしいので、その傾向がまだ若干あった。
星間国家にはそういう文化が無い。そももも放射線が多いところではそれに対する対抗機能が増えるのが当然で、黒い肌は少なくなかった。それにスキールモルフは姿形を自在に変形できるので、一点を除き隠す必要はなかったのである。

ザリンは悪意の雰囲気を感じている。誰もいないところに連れてこられ、予定にない客と会う。でもこの時点では過剰反応かもしれない。

「あなた方は政府関係者ですか? 連合宇宙軍の方ですよね?」とバデー編集長ツエグラは言う。
「実は連合宇宙軍はこの地区の自然遺産の保護に資金投入をしていましてね。だから職権乱用・・・ではなく本当に確認作業なんですよ。ただその時に部外者に活動を見てもらうこともあるわけなんです」
スペサラキ大尉は言っていいことなのかどうかわからないが、軽妙に説明した。
自然遺産の保護に資金投入するのは、場合によっては防衛目的での利用が見込まれるからだが。
「ところでそちらは?」
逆にスペサラキが質問する。
「いや、ずいぶんと正直におっしゃいますな? どうして軍が自然遺産に?」
ツエグラは質問に質問で返す。
「調査活動の結果、軍の活動に使用可能な自然空洞を確認するためですよ」
考えたあげく、隠さないことにした。隠したいのはここじゃない。
「それはそれは。そんなことを私に話してかまわないんですか?」
「ええ。隠していても仕方ないですし。ここに来ていらっしゃる以上はすでに事情通でいらっしゃる」
「もしかして私のことを存じていらっしゃる?」
「ジャーナリスト関係の方としてしか」

ツエグラは天井を仰いだ。
「いや、お見通しというわけですか。それなら私も正直にいいましょう。私はミルナシュ誌のツエグラと申しまして」
ツエグラは帽を取って敬意を見せた。
「おっしゃるとおり、取材に来ました。とくにそちらのお嬢さんのね」

「申し訳ないが惑星外の人たちとの接触は防衛省を通して頂かないと」
スペサラキは規定通りの回答。
ここに来ているということは、このジャーナリストにもコネクションがあるのだ。
ノーコメントは悪い結果をもたらすかもしれない。
「なぜですか?」
「誤解を恐れるためです」
「誤解?何を誤解すると?」
「国民が惑星外の人たちを誤解し、惑星外の人たちが我々を誤解すること」

ツエグラは納得しなかった。
「どう誤解するというんですか? 彼女たち、でいいのかな? 実際に空襲を防げなかったのでしょう?」
「防空の失敗で国軍を責められないのですか? 空襲阻止について本来は我々の担当範囲ですが」
スペサラキは自ら及び軍を矢面にすることも辞さない。
元よりこの星で、ステルンの立場を守れなければ、バルフに生きる道はないと思っている。
非難を防げないなら軍が犠牲になる。
軍が叩かれても、ステルンたちに悪意が向けられるよりはいい。

「失礼ながら、防空の失敗で軍を非難するのは無理でしょう。技術力が違いすぎる。星外からの勢力は比較にならないほど強い。ただ星外の勢力は少なくとも2つあり、しかもお互いに敵対状態ときている。私が聞きたいのは」
しかしツエグラはその件では攻めず、逆に指を二本立てて質問する。
ツエグラは、ただ単に批判だけして満足する人間ではなかった。
もっと知恵が回る。
「なぜ、彼女たちを味方として選んだのか? ということです」

「それこそ報道の通りですよ」
スペサラキは肩透かしをくらった気持ちで答えた。

先に接触したシズ共同体との関係がこじれたから。
これに尽きる。
武力衝突にまで至ってしまったのだから。
「私はそこにこそ問題があると思っていましてね。どうして交渉に失敗して武力衝突になってしまったのでしょうか?」

「それは私ではなく、政府に質問していただいた方がいいですな。私は外交の経緯については、一般の方と同程度にしか詳しくないのですから」

スペサラキは自分の責任範囲から議論の対象が去ったのだと思った。
彼は兵隊であり、戦えと命令されて戦うのが仕事である。
なぜ戦うのかを考える立場ではない。
その件については一般市民と同程度にしか知らない。

ツエグラは納得などしない。
「最初に接触した方の勢力、シズと言いましたか。政府が彼らの要求をはねつけたからだ。なぜはねつけたんですか?」
「それを私に聞かれても」

「回収されるからですよ」
これまで一言もしゃべらなかったザリンがはじめて口を開き、会話に加わった。すでに彼女はきれいなバルフ語を喋れるようになっているのは言うまでもない。

****

いつもありがとうございます。
誤字脱字、また変更や間違いがあったら、勝手に修正しております。
よろしくです。

#小説
#連載小説
#SF
#宇宙SF
#タイムトラベル
#スペースオペラ
#遠未来
#人工知性
#空中戦もの
#異星生態系
#異星生物

この記事が参加している募集

#宇宙SF

5,959件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?