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小説 「長い旅路」 27

27.許し

 俺は、先生から分けてもらった便箋に、諸般の事情を書き連ねた。それを、同じく譲ってもらった茶封筒に入れ、のりで厳重に封をする。

 後日、出来上がった手紙を持って恒毅さんの家を訪ねた。居間で封筒を差し出しながら、口話で「俺は、恒毅さんと一緒に暮らしたいのです」と言うと、彼は、受け取った封筒を開けもせずに、洋画の真似事のような大袈裟な仕草で俺を抱き寄せた。
「もちろんOKだよ!和真!」
その後、何度も額や頬にキスをされて、頭を撫で回された。その一連の動作はあまりにも自然で、拒もうなどと考えるいとまが無かった。むしろ、非常に心地良くて……拒む理由が無かった。そして、それは明らかに、あの頃の拓巳より巧かった。
 とはいえ、少なからず動揺はする。
「か、紙を……紙を読んでください!」
 俺にそう言われて、やっと封を開けて中身を読んだ彼は、顎に手を当てながら「ふむふむ」と頷いてみせた後、俺にも聴こえる大きな声で、独り言を言った。
「そうか、そうか。吉岡先生は奈良県民なのか……」
(どこに着目しているんだ……)
 彼は、便箋を丁重に封筒へ戻してから、手近にあったスマホを拾い上げ、素早く文字を打って、俺にLINEを送ってきた。
【うちは『ルームシェアOK』の物件だから、和真の身分証を持って不動産屋に行けば、すぐにでも一緒に住めるはずだよ】
信じられないほど あっさりと、うまくいきそうではないか。
 彼は住宅を探す段階で、新しい【伴侶】が見つかったら迎え入れることを想定していたということか。


 彼の説明は正しかった。
 後日2人で不動産屋に行くと、あっさりと俺の入居が認められた。
 そして、どうやらカウンターの向こうに居る担当者の目には、恒毅さんが「障害のある友人を自宅に匿い、暴力的な父親から守る」という、勇気ある行動に踏み切ったように映っているらしい。
 担当者は、入居に関する説明や注意事項が書かれた冊子に、惜しむことなく書き込みをしながら、個人情報保護に関する自社の徹底ぶりを熱心にアピールしてくれた。


 自分が彼と同じ部屋に「入居する権利がある」と判るまでは、吉岡先生には話さないと決めていた。だが、それが「ある」と判った今、いよいよ話さなければならない。
 俺は、夜に先生が資料室に居る時を狙って、必要ならば筆談が出来るようにとノートを携えて「お話ししたいことがあります」と声をかけた。先生は、日本刀に関する分厚い書籍を読んでいた。
 俺は、初めは至極端的に「この家を出て、友人とルームシェアを始めたい」と申し出た。俺がこれまでに幾度となく「迷惑をかけないために出て行く」「安い物件を探す」と騒いだことを知っている先生は、別段 驚きはしなかった。今回も至極冷静に、俺にその「理由」を尋ねた。
 俺は、馬鹿正直に全てを答えた。そして、不動産屋から了承を得られたことも伝えた。
 すると、先生は参考文献のページを開いたまま「そこまで、話が進んでいるのか!」と言って、さも愉快そうに笑った。それから「時代は変わったねぇ……」と言って、本を閉じてテーブルに置いた。
 残念ながら、日本ではまだまだ同性カップルが、特に男性2人が借家で同居をするのは、なかなか許されない場合が多いのだ。先生が言わんとしている事は、それだろう。
 しかし「ごく一部の自治体に限る」とはいえ、そんな嘆かわしい状況も、ここ数十年で劇的に変わった。
「例の、旅行に行った彼だろう?」
「そうです」
「君の体調が悪い時、しっかりとした対応が出来る人だと……聴いてはいる」
いつ、そんな話をしたのだろうか?……まぁ、いい。
「……君は、彼を信頼しているんだろう?」
「はい」
「私としては……反対する理由が無いね」
来たる者を拒まず、去る者を追わず。……本当に素晴らしい先生だ。
「ただ……一つだけ提案がある」
そう言いながら、人差し指を立てる先生。
「何ですか?」
「同居は、彼を お母様に紹介してからにすべきだ」
 母としても「会ってみたい」と言っていた。それは憶えている。
「カミングアウトをしなさいとは言わない。けれども……誰と暮らすのかは、明かしておくべきだと思うよ。君の場合」
「わ、わかりました……」
確かにそうだろう。


 俺はその夜、あえて薬を飲まずに起きていた。ずっと、母に送るLINEの下書きを打っていた。いっそのこと紙に書いて郵便で送ろうかと思うほど、母に伝えなければならない事は多かった。
 もう一度、先生に頼んで便箋と封筒を分けてもらおうか……。


次のエピソード
【28.新路】
https://note.com/mokkei4486/n/n91fb173152a6

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