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別れ話 第2話 

いつもの喫茶店で、僕たちは
重い空気に包まれていた。

彼女は、今の仕事を辞め、
夢を叶えるために
東京を離れて仕事をしたいのだという。

「私たち、もうダメかもしれない」は
「行かないで」と引き留めて欲しい
気持ちの表れなのかもしれなかった。

ところが
「別れましょう」と言った彼女の目は
本当に別れたいようにも見えた。

僕は迷っていた。
引き留めて、彼女を
幸せにできるだろうか。

今の僕はまだ
仕事で納得する成果を出せている
とは言えなかったのだ。

でも、彼女のことは
誰よりも愛していたし
ずっと一緒にいたいと
思っていた。

突然の「東京を離れます」宣言に
どうしていいのか分からなかった。

僕は、冷めたコーヒーを、
ひと口飲んだ。
彼女は、黙ったまま下を向いていた。

僕は、思い出していた。
これまで過ごした彼女との日々を・・・。

僕たちが決めた約束はシンプルだった。
満月の日には、
二人とも仕事を少し早めに切り上げて、
一緒に夕食を作って食べるということ。

彼女はメインディッシュ、
僕はサラダを作り、ワインで乾杯する。
窓際のテーブルは、月光に照らされる
特別な場所だ。

僕たちは、食事をしながら、
お互いの夢についてよく語り合い、
他愛のない会話を楽しんだ。

月光は、時間が経過するにつれて、
漆黒のまとわりつく空気の中、
彼女の肌をなぜか、より白く際立たせ、
僕たちの気持ちを優しく包み込んだ。
僕は、彼女の体温を確かめたくなる。
そこには、もう言葉など要らなかった。

彼女のプレイリストからは、
満月の日に作曲されたピアノの調べが
流れてきた。
その音色は、果実酒のような深みと、
今日がもう、最後の夜なのではないか
と思うくらいの
美しさと悲しみを内包し、
響いていた。
僕たちの記憶に刻まれる 音色だった。

僕は、これまで二人で過ごした日々が
いかにかけがえのないものであったのか
気付いた。
決して失ってはいけない
僕たちの20代の苦楽と
彼女の深い愛情が
そこにあった。
僕は、その愛情に応えることが
できていただろうか?
今、彼女から「別れ話」を
切り出されている。
彼女が、自由に進むことができるよう
僕が身を引くことが
愛情なのもしれなかった。

でも、迷いながら、
僕の口から出た言葉は、
僕の本心だった。

「僕は、君のいない日々は考えられない。」
彼女は突然の僕の言葉に驚いて
顔を上げた。
そして、僕をまっすぐに見つめた。

もう言うしかなかった。
「ずっと、一緒に住もう。」
「えっ?」と彼女・・・
「結婚 してくれないかな。 僕と・・・」
別れ話を切り出したはずの彼女は
とても戸惑っていた。

望月衛介さん
満月の日に作曲し、満月の日にレコーディング
されたピアノアルバム「満月」~秋~より 
AMORE  (チェリストとの共演版)
美しく、儚い音色は、「愛」とは何なのか問い掛けているようです・・・。
満月の度に作曲することを「おつとめ」と呼び、動画を配信されています。
月光と憂いを帯びた旋律です。

nekonosaraさんのステキなイラストを、
使わせて頂きました。ありがとうございます😊

【6行に託す独り言】シリーズはしばらくお休みして「別れ話」を第3話までお届けします。

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