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【小説】「生き直し ~私を探す旅~」 第八話・エピローグ[最終話]

進藤実優さんの動画をイメージとしてリンクさせて頂きました。ありがとうございます。


 翌日、龍司の母に呼ばれ、龍司が住んでいたアパートを引き払うというので立ち合った。色々な思い出の品が溢れていた。その中に古いピアノの発表会のプログラムが大切そうにパッケージされたものがあった。どこかで見覚えがあるような不思議な既視感がした。


 そのパッケージをそっと開けてプログラムを開いてみた。すると、赤鉛筆の線が2箇所あった。「W・ギロック作 雨の日の噴水 寺田龍司」もう一つは、「W・ギロック作 雨の日の噴水 花田萌歌はなたもえか」私の名前だった。同じピアノの発表会に出ていたのだ。幼い龍司が、発表会の後に赤鉛筆で線を引いたのだと思うと愛しさが込み上げてきた。
 龍司の母は言った。
「そのピアノの発表会は龍司が幼稚園年長だった頃、悪性リンパ腫で入院する前に参加できた思い出の発表会なの。その時にね、自分と同じ曲を弾いた子がいて、とてもピアノが上手で、とってもかわいかったってよく言っていたわ」
 入院中に病室のベッドで、何度も何度もそのプログラムを眺めていたという。

 私はとても驚いた。これまで、龍司から聞いたことのない話だった。
「病室のベッドで、にこにこしてその女の子の話をしてくれたの。少しお喋りもできたって言っていたわ。それって、萌歌ちゃんよね。龍司も、きっと、気付いていたと思うわ。まさか、初恋の女の子に、大学生になって出会えるなんてステキよね」

 私は、初めて聞くその話が嬉しかった。嬉しいはずなのに、涙が止まらなかった。龍司の溢れるような思いが伝わってきたのだ。
「龍司くんのお母さん、このプログラム、私が頂いてもいいですか?」
「もちろんよ、萌歌ちゃん。大切にあなたに持っていて欲しいわ」
 私は、そのプログラムを大切に抱きしめた。

 きっと龍司は、いつか私に話すつもりでいたに違いない。もしかしたら、ピアノコンクールファイナルの結果発表の後や、何かの記念日にサプライズをするつもりだったのだろう。こんな大切な話も直接聞くことができないまま、龍司は突然逝ってしまった。切なくて、寂しくて、涙が溢れた。私にとってこのピアノ発表会のプログラムは宝物だ。


 私は幼稚園の頃に龍司と出会っていた奇跡を、彼と共有できないことが残念だった。でも龍司の母が知っていて、私に伝えてくれたことが救いだとも思った。
「龍司くんのお母さん、遺品整理に呼んでくださって本当にありがとうございます。私の止まっていた時計の針が動き出しました」
「萌歌ちゃん、龍司はあなたの幸せを願っているの。いつか龍司のことを忘れてしまうくらい幸せになって欲しいと願っているわ」
 私は再会を約束し、龍司のアパートを後にした。


 今日から、新たな気持ちで、前を向いて生きていける。ピアノコンクールファイナルの日までを「龍司との練習の成果が出せるように過ごそう」とこの日、自分に誓った。アパートに戻ると、二人の名前が載ったピアノ発表会プログラムをカバンからそっと出した。プログラムを開くと、龍司への思いが溢れてきた。



 私の悲しみの感情を解き放ってくれた龍司に
 触れることはもうできない
 それでも
 あなたのことを思うとき
 あなたの優しさで心が満たされる
 そして時折 
 あなたの不在に 心が空虚になり
 痛みを覚える

 あなたの名前を呼びたい
 あなたの横で笑いたい
 あなたのぬくもりを感じたい
 そして 
 あなたに私の名前を呼んで欲しい



 愛する人に名前を呼ばれることがどんなに希望に満ちて幸せであるか、龍司が生きていた頃には気付かないことだった。


 次の日から、私は、大学の講義の時間以外は、楽器練習室にこもり、ショパン夜想曲十三番を弾いた。龍司と一緒に練習をした日々を思い出しながら、ピアノと感情を共有した。楽器練習室で龍司の気配を感じたかった。長い間、一緒に過ごした練習室には龍司の気配が残っている気がしたのだ。

 絶望の淵にいたショパンの魂と、私の魂は同化しそうだった。

 ピアノコンクールファイナル前日リハーサルの日がやってきた。『生き直し』前であれば、私が、オーバードーズをして意識不明になった日だ。参加者は、大学のホールでリハーサルを行う。『生き直し』前のように、私はもう迷ってはいなかった。どんなに究極の緊張感の中にあっても、甘いシロップの力で不安を取り除く必要はなかった。龍司と過ごした日々が私を支えている。それに私はショパン夜想曲十三番を、心から愛していた。この手で最優秀賞を掴みたいと願った。

 私が演奏する番となった。第一部から、第二部、そして第三部へと順調に演奏することができた。もちろん、二倍速ドッピオ・モヴィメントの箇所で、指がもたついてしまい、感情が絡みつくようなこともなければ、突然、ジョルジュ・サンドの顔が浮かぶこともなかった。私は、これまでで一番、納得のいく演奏をすることができたのだ。安心と同時に、心の解放を感じた。 

 この夜アパートに帰り、きたるべく明日のピアノコンクールファイナルに向けて準備を済ませた。私の心は整い、静かだった。



 翌朝「生き直し」後の私は、無事にピアノコンクールファイナル当日を迎えることができた。私は早めに支度を済ませて、地下鉄の駅に向かった。小鳥のさえずりが心地良かった。この道はよく、龍司と歩いた道だった。
 歩いている時、食事をする時、ピアノを弾く時、様々な場面で私の隣が空席になったままであっても、悲しむことはもうなかった。
 なぜなら、龍司を心の中に感じることができていたから。地下鉄の列車に揺られながら「私は今日、龍司と一緒に演奏をする。一人ではない」そう思うことができた。

 地下鉄を降りて駅前に続く道を少し歩くと、会場となるコンサートホールがあった。大きな門の横には、薄桃色の秋桜が揺れている。 
 私は、敷地に入る前に深呼吸をし、一礼した。受付で、必要な手続きを済ませ、コンサート用のドレスに袖を通した。緑青色ろくしょういろのドレスを選んでいた。深い沼のような悩みから解放された私は、今はこの色が好きだ。豊かな自然を表している。

 待合席に座っている時、前の人達の演奏は聞こえてきたが、不思議と今日は、自分に集中することができた。目を閉じると、龍司の穏やかな顔が浮かんでくる。私の耳にだけ聞こえるのだろう。
「萌ちゃん、僕が一緒だから大丈夫。大丈夫。大丈夫・・・・・・」
 私の前の人の演奏が終わり、大きな拍手が客席に響いていた。
「さあ、私の出番」
 深呼吸をするとその大きな拍手の中、ステージの中央にゆっくりと歩いて行った。全ての拍手を、自分を応援する力に変えて・・・・・・。

 私はステージの中央まで来ると、客席に向かって丁寧なお辞儀をした。グランドピアノの前に座り手を膝に置いてひと呼吸した。この瞬間、集中力は極限に高まった。今、私のショパンの物語が始まった。


 最初の左手の二音に全ての運命がかかっている。慎重に魂を込めて弾いた。この左手二音の低い音は、病に倒れたショパンが、愛するサンドを探して、足をひきずりながら歩いている音のような気がしてならない。探しても、探しても、サンドは見つからないのだ。

 第一部は、「メッザボーチェ」半量の声でとは、つまり低くささやくように演奏をするということ。ささやいているのは、ショパン自身。彼は、きっとサンドとの不仲を嘆いているのであろう。左手の低い音は、楽譜上では同じ長さで表記されているが、ショパンの曲では、楽譜の表記をどう解釈するのかが問われるところ。重々しい足を、ひきずりながら歩いているわけだから、当然、乱れるのだ。
 美しいメロディーは、感情の起伏を表している。感情の起伏に併せて、左手の重音は重々しく、そして少しだけ弱く、その音の表現の加減で拍の長さはゆらぎと表情とをもち合わせる。
 そして速度記号はレント。「遅く、ゆるやかに」ではあるが、この場合は、油断できないショパンの病状や、精神の状態を表現するために、緊迫感をもって演奏を進める。第一部では主旋律の美しさで、絶望感の中に「ほんの少しの希望」を残しているところを表現したい。
 私は恐ろしいほどの集中力で、これらの解釈を全て演奏に表現していった。まるで自分が弾いているのではないかのような冷静さと、激しい感情との両方を自由に操って弾いた。自分自身の生い立ちから湧き上がる激しい感情は、演奏を助けていた。


 第二部は、速度記号が「ポコ ピウ レント」だんだん遅くに加えて、「ソット ボーチェ」より少ない声でと記されている。コラールという賛美歌のような美しい和音で旋律がつくられている。ショパンが胸の前で手を合わせ祈りを捧げている様子が浮かんでくる場面である。
 彼は、神様に何を祈ったのであろう? 「病気の治癒」だったかもしれず、「サンドとの関係修復」だったかもしれず、または、「今後の自分の生活」だったかもしれない。
 私は、ショパンと龍司に祈りを込めて弾いた。美しい旋律は、魂を穏やかに保つ。オクターブの和音を、主旋律が浮き上がるように美しく弾くことが求められる。後半には、オクターブのまま、アルペジオの部分があり、モルト クレッシェンド「極めて、だんだん大きく」弾き、クライマックスである第三部につなげていく。
 私は、荒ぶる感情を調節しながら、クライマックスが早めに来ないように慎重に弾いた。そして第二部のフォルテッシモの部分を駆け抜けて第三部につないだ。


 第三部は、いよいよラスト、クライマックスである。
 ショパンが、関係修復を求めてサンドと交渉している場面ではないだろうか? 最初は、優しく、諭すようにサンドに自分の思いを伝える。それでも、サンドに自分の気持ちが届かないと知り、絶望の淵に立たされる。
 こうしたショパンの感情の変化を、音の表情で聴く人に伝えたい。一音、一音に魂を込めて弾いた。ショパンは天才だ。こんなにも、人の感情を揺さぶる曲を作曲するなんて。私は、今、ショパンと対峙している。  
 一瞬でもひるんだら、彼に負けてしまうとさえ思った。最後のフォルテッシモのところは、彼自身の「断末魔の叫び」ではなかろうか?
 その叫びの後「ディミニッシュ ア ラレタンド」だんだん弱く、ゆっくりと、と記されている。「断末魔の叫び」の後、彼がゆっくりと力尽きて死んで逝くことを意味しているのではなかろうか? 


 私は自分にある全てのエネルギーを注いで演奏し、最後の和音に鎮魂の気持ちを込め、静かに重々しく弾いた。
 指を鍵盤からそっと離し、膝の上に置いたところで意識が遠のいていった。私の脳は、シャットダウンされたコンピューターのように突然、ぷつりと真っ暗になった。消えゆく意識の中で、客席から湧き上がるような拍手と歓声が、聞こえたような気がした。





 私は、長い間、意識を失っていたようだ。目を覚ましたのは、ホールの医務室だった。過集中も拍車をかけ貧血のような症状を起こしていたのだという。目を開けると、父と母の顔が見えた。
「萌歌ちゃん、おめでとう」
 母が満面の笑みで言った。父もお祝いの言葉を掛けてくれた。視線を横にずらすと龍司の母もいる。そしてベッドサイドの机に、大きなトロフィーが見えた。「最優秀賞」の刻印が眩しく光っていた。哀しみも、喜びも今に繋がっている。
 龍司と私、二人で獲得した賞だった。


エピローグ


 「死」は、きっと終わりではない。その人が確かに生きていた足跡は、誰かの心の中でいつか「生きる希望」となる。
 生き続けることが叶わない人がいる一方で、「生」を与え続けられた者は、たとえ生きることが苦しくても「自分の命」を慈しみたい。

 あの時、自ら命を絶たなくて本当に良かったと心から思う自分がいた。私は危ういところで、自分の生き方を変えることができた。それは、龍司のおかげだと言える。ティムとして、龍司としての優しさに触れ、私は少しずつ変化していった。

 母親の希望通りではなく、自分の意思や感情に沿って行動できるようになったところから、心の在り方が変容したのだと言える。そして、変容した先に見えたものは、紛れもない私自身だった。
 今の私なら、母親の抱えていた苦悩も、不器用な私への愛情も少し分かる気がした。

 医務室のベッドの上から、ふと天井を見上げると、慌てて駆け抜けてゆくシマりすのティムと、一瞬だけ目が合った。


 私は「ありがとう」とつぶやいた。ティムでもある龍司に・・・・・・。(了)          





最終話まで読んでくださってありがとうございます。

松下友香