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小説「夫婦の絆」他

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自作の小説をまとめています。リライトのため 下書きに戻している作品もあります。
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記事一覧

【小説】「夫婦の絆」第四話・エピローグ

【小説】「夫婦の絆」第四話・エピローグ

第四話「冬」

 年老いた夫の指は依然として私の喉を絞めていたが、その力は少し弱くなった。或いは、私が痛みを感じないほどに死に近づいているのだろうか? 走馬燈であろう三十秒ほどのほんの僅かな時の流れの中、私の意識は令和を彷徨っていた。

 夫は七十代になった今も、工場を廃業した際に精算したつもりだった借金の残りを、返済するために週に四回終日のバイトを続けている。私も、数年前までは近所の総菜店にパー

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【小説】「夫婦の絆」第三話

【小説】「夫婦の絆」第三話

第三話「秋」

 年老いた夫の指は、依然として私の喉を絞めている。走馬燈というものは、時間にしたらほんの三十秒ほどなのに実際よりも長く永く感じてしまうのらしい。私の意識は色々な所に飛んでいった。我が子のことを思い出した私の瞳は涙で濡れているに違いない。

 次に浮かんできた光景は夫の実家工場が倒産の危機に陥った時のことだ。子供に手が掛からなくなった頃から、夫の工場で事務員として働くようになった。愛

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【小説】「夫婦の絆」第二話

【小説】「夫婦の絆」第二話

第二話「夏」

 年老いた夫の指が私の喉を絞めつけたまま、私の意識は色々な所に飛んでいった。事故で生死を彷徨った友人から聞いたことがある。走馬灯というものは、まるで幻燈のように人生が早送りで映されるのだと言う。
 次に浮かんできた光景は長女が誕生した時のことだ。

 付き合い始めてしばらくして分かったのだが、森山は家族経営の自動車部品工場の跡取り息子だった。結婚すると当然のように夫の両親との同居が

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【小説】「夫婦の絆」プロローグ・第一話

【小説】「夫婦の絆」プロローグ・第一話

あらすじ

プロローグ

 年老いた夫は穏やかな瞳に涙を浮かべながら私の喉元を押さえ「ありがとう」と繰り返す度に力を強めた。笑うと目尻が下がり、より一層柔和に見えるその笑顔は何十年も見てきたのだが、今日ほど狂気に満ちて感じたことはなかった。ユリカモメの鳴き声が聞こえる。ここは、夫がよく釣りに出掛けた汽水湖の畔にある公園。「非日常」が繰り広げられていても目撃者は誰もいないような寂れた公園駐車場だ。車

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小説プロジェクト「曇り空に」第1話

小説プロジェクト「曇り空に」第1話

第2話から最終話までリンクさせて頂いています。ぜひお読みください。✨

 会社からの帰り道、僕は、ふと空を見上げた。曇り空がどこまでも続いている。思わず苦笑いした。

「君、営業の仕事 何年やってんの? 向いていないんじゃない? 片手すら契約取れないなんて! 心が弱い証拠だよ!」
 年下の上司から罵声を浴びて、うつむいた。確かに、最近の僕の営業成績は思わしくない。「水を売る仕事」は僕には向いていな

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【渡邊惺仁さん企画参加】或る男の嘆き❷

【渡邊惺仁さん企画参加】或る男の嘆き❷

翌朝、出勤した守島はまだ誰も来ていないオフィスで、デスクの上に内部資料入りの封筒を並べた。報道各社に送るべきかどうか昨夜から迷っていたのだ。

そこに、思い掛けず直属の上司である真木が不意にやってきた。
「ねぇ、守島くん。どうして操作用手袋をはめているの?その封筒は何?」
尋ねられた守島は、ちょっと顔を曇らせて封筒をしまった。

真木は直属の上司にあたる。何か隠し事をしても、いつもばれてしまう直観

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【渡邊惺仁さん企画参加】或る男の嘆き❶

【渡邊惺仁さん企画参加】或る男の嘆き❶

男は夕飯に寄った居酒屋のテレビを見ながらつぶやいた。
「この国の正義はどうかしてるぜ」
男の名前は、守島英治。警視庁捜査一課に勤務するエリートなのだが、今夜も一人、居酒屋の片隅で「一人鍋」をつついている。この店のオススメ「鴨鍋」である。鴨肉が意外にも柔らかくて癖になる。

守島が気にいらないのは、あるスポーツ組織でこれまで隠蔽に隠蔽を重ねて隠し通してきた性暴力事件だ。これまで報道各社は、そのスポー

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別れ話 第7話【最終話】

別れ話 第7話【最終話】

第7話

「仕事が終わり次第、僕の勤務する農場レストランで食事をしよう」
と僕は彼女にDMを送った。彼女から「了解」の返信があった。
僕は、一旦家に帰ってスーツに着替えることにした。どんな言葉で「入籍できるようになったこと」を伝えようか考えていた。

プロポーズをしてから半年もの月日が過ぎてしまい、彼女には本当に心配をかけた。
でも、僕の収入が安定してからでないと前に進んではいけないような気がした

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別れ話 第6話

別れ話 第6話

「或る雪の降る夜のこと、女の子は•••」
イベントで彼女の朗読を聞きながら、僕は彼女の二面性について考えていた。東京にいる時の彼女は何があっても動じない落ち着いたタイプで、責任感が強く、小さな仕事もきちんとこなす人だった。でもその頃僕たちは、一緒に住んではいなかった。

安曇野に来て、最初の頃は東京にいる時と全く変わらない様子だった。一緒に暮らしてみたら、僕の彼女への気持ちは増すばかりで、彼女を支

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別れ話 第5話

別れ話 第5話

安曇野に来てから彼と同居を始めた。彼からのプロポーズを受けた私は、絶対的な安心感を手に入れたつもりだった。

「結婚してくれないかな。僕と」
別れ話を切り出したあの日、確かに彼はそう言った。それなのに婚姻届けにまだ判が押せないのは、収入が不安定だからなのだという。
彼は仕事を辞め、私と一緒に東京からこの地に移住して来たのだ。
それには、感謝している。

でも三十歳になった私は、結婚というものを手

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別れ話 第4話

別れ話 第4話

その川の流れは、僕が住んでいた町のどの川とも違い、澄んだ深い色をして、溢れそうなくらいに豊かだった。僕が彼女を追いかけて安曇野にやってきて半年が経とうとしていた。

「私の祖父母が安曇野でニジマスの養殖をしていたの」
「ふうん。ニジマスって川魚だと思ってた。養殖魚でもあるんだね」
「そうなの。安曇野は養殖に力を入れていて、今は信州サーモンっていうのが有名らしい」
「絶品だろうね」
川沿いを歩きなが

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別れ話 第3話

別れ話 第3話

いつもの喫茶店で、僕たちは
話し合っていた。
これからの二人の人生が
重なっていくのかどうか・・・

岐路に立たされていた。

彼女は、東京を離れ 
地方で或る仕事に就きたい
のだという。

別れ話を切り出した彼女に
プロポーズした僕・・・

彼女が地方に移住したい思いは
変わらなかった。

それなら僕が今の仕事を辞め
新しく仕事を見付けるより
他はなかった。

僕の年齢で
新しい仕事が見付かるの

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別れ話 第2話 

別れ話 第2話 

いつもの喫茶店で、僕たちは
重い空気に包まれていた。

彼女は、今の仕事を辞め、
夢を叶えるために
東京を離れて仕事をしたいのだという。

「私たち、もうダメかもしれない」は
「行かないで」と引き留めて欲しい
気持ちの表れなのかもしれなかった。

ところが
「別れましょう」と言った彼女の目は
本当に別れたいようにも見えた。

僕は迷っていた。
引き留めて、彼女を
幸せにできるだろうか。

今の僕は

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別れ話 第1話 

別れ話 第1話 

その日、君はいつもの喫茶店で
少し元気なくたたずんでいた。
ぼくは、声を掛けるのを
少しためらった。

しばらくして 僕は
君の斜め前に座った。
君は少し顔を上げて
僕の方を見て
微笑んだ。

その微笑みは
いつもと何も変わらないようで
いつもと全く違うようでもあった。

そして君は言った。
「私たち、もうダメかもしれない」
「別れましょう」
その瞳は 
僕を真っ直ぐ見つめていた。

とっさのこと

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