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【小説】「君と見た海は」プロローグ・第一話「初恋」
プロローグ
浜の香りが懐かしいこの場所は私の故郷
ここに来ると子供の頃、幼馴染みのあなたと一緒に無邪気に遊んだ楽しい日々が浮かんでくる。
来る日も来る日も砂浜を裸足で駆け回って、君は私の麦わら帽子をふざけて取り上げて私は少しふくれっ面になって追い掛けた。
追い掛けて、追い掛けて、辿り着いたのは、別々の道だった。今もこの場所に来れば、あの頃のあなたに会える気がしてつい戻って来てしま
【小説】「君と見た海は」第二話「恋人」
第二話「恋人」
「仁海ちゃん、その浴衣よく似合ってる」
「ありがとう、翔太くん」
はにかんだ笑顔の翔太を見ていると、こっちまで照れ臭い。紺地に桃色と白のドットが入った珍しい柄だ。帯は、えんじ色に白く花模様が浮き上がる模様で作り帯になっている。草履に慣れていないことが少し不安だった。鼻緒が足先に当たると少し痛む。
この前、海辺に行った時、翔太から「つきあってください」と言われた。「これから先も
【小説】「君と見た海は」第三話「進路」
【第三話】「進路」
秋祭りで食べたりんご飴は、甘くてしょっぱくって、涙の味がした。彼が地元の手筒花火の揚げ手になりたいと思っていること、水産高校を志望して寮生活になることなど、どれもこれまでに聞いたことがなかった。「私は翔太のことをなんにも知らなかったのだ」
一番身近な存在だと思っていたのに、目の前にいる翔太が、突然遠ざかっていくような気持ちがした。「翔太は一人で大人になろうとしている」そう
【小説】「君と見た海は」第四話「喪失」
第4話「喪失」
翔太が水産高校の寮に行ってしまってから一週間後に私の高校生活が始まった。その間に、既に私は抜け殻のようになっていた。こんなにも大きな存在だったなんて気付かなかった。いつも一緒にいるのが当たり前で、空気のような存在だったから。翔太からの改まった「つきあおう」がなくたって、一緒にいたのだろうと思う。中学校三年生の三月までは・・・・・・。
翔太はLINEをするのが苦手なタイプ
【小説】「君と見た海は」第五話「再会」
第五話「再会」
私は、翔太が寮に行ってしまってから週に一度、翔太にLINEでメッセージを送っていた。特別な気持ちを伝えているわけではなく、その週にあった出来事を短く日記のように書いたものだ。土曜日に送信すると、翌週の水曜日くらいになると既読が付く。この一か月の間、返信が来たことはなかった。翔太は私のメッセージを読んでいるのか明日、会ったら聞いてみたかった。
翌朝、早めに起きて出掛ける準備を
【小説】「君と見た海は」第六話「未来」最終話
第6話「未来」最終話
アクアリウムの帰り道は、会話が続かなかった。哀しい気持ちに支配されて、せっかく一緒に過ごしているというのに気持ちはばらばらだった。翔太がどんなつもりであの言葉を言ったのかは聞くこともできなかった。
「無色透明であることは、周囲から必要なものを吸収できる権利なんだ。今、僕と仁海ちゃんが離れ離れでいることにもきっと意味があって、今はそれぞれに何かを吸収するべき時なんじゃない