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【短編】 柔らかな日差し

目覚ましアラームとともに自動カーテンがセット時間通りに作動し、室内に朝日が差し込む。

森田はベッドを出てコーヒーを淹れ、ネットニュースを音声で聴きながら着替える。
「今日は午後から雨か。薬は1錠でいいな」

ミネラルウォーターで錠剤をひとつ流し込むように飲むと、森田は足早に玄関を出て職場へと向かう。

駅までの道は街路樹のハナミズキが初夏の爽やかさを演出し、歩くだけで気分が高揚する。
そしてそれを台無しにするかのように、防護服に身を包んでゴミ出しをする地域住民。
もはやこの光景に違和感は感じないが、森田はホームでリニアシャトルを待ちながら「どうしてこんな世界になってしまったんだろう」とボンヤリ思う。

今は新世界歴0025年。
人類は未知のウィルスに感染したことで、紫外線をわずかでも浴びると死に至るという体質になってしまった。
この体質はDNAに刻まれ、親から子、子から孫へと遺伝していく。

45年前のパンデミックで、紫外線に適応できなくなった人類は約半数が生き絶えた。しかしその叡知を持ってして絶滅の危機を回避すべく、紫外線に適応できる薬の開発を試み、成功したのだ。

仕事を終えた森田は同僚と食事を楽しんでいた。
「今日は午後から雨で、日差しも少なかったから薬の量が少なくて済んだな」
「ああ。2錠飲むとカラダがだるくなるからな。極力飲みたくないよな」
「俺たちは生まれたときからこの世界しか知らないけど。薬も飲まず、存分に陽の光を浴びるって、どんな感覚なんだろうか」
「見当も付かないね。まったく、人類の歴史はウィルスとの闘いの歴史だって良く言うけど、こんな世界になるなんて先人たちも想像しなかっただろうな」

「SOLIS」=ソーリス:ラテン語の(太陽)の名を持つその薬は、ウィルスによって超有害となった紫外線から全ての細胞組織を防御するとともに、本来紫外線を浴びることで生成していたビタミンDを補う効果もある。
この薬の登場により、現世界の人類は何とか社会生活を営むことが出来ているのだ。

数日後、森田に姉から大事な話がある、と連絡が。

姉は結婚して家族を持ち、森田の住む街から少し離れた郊外の新興住宅地で暮らしている。森田は車を走らせ、姉の家を訪ねた。
「久しぶり、どうしたの。話って」
姉はやや疲れているように見えた。半年前に出産したばかりで、育児が大変なのだろう。
「やあ、みのりちゃん。叔父さんだよ~」
可愛い姪に会って抱っこする間もなく、姉は真剣な表情で話し出した。

「みのり、陽の光を浴びても大丈夫みたいなの。どうなってるんだか、良くわからなくて。どこに相談したらいいのか、困っちゃって」
「えー、そんなことがあるわけないでしょ。ダンナは?何て?」
「下手な医療機関に連れてって、誤診でもされたら嫌だねって。とりあえず、アンタに相談しようと。」

森田はとんでもない相談をされたことに驚いたが、同時に自分がこの問題を何とかしなくては、という妙な使命感が湧くのを感じてもいた。


各方面、調べに調べあげた森田が姉家族を連れて訪ねたのは、首都圏からは距離のある高原の別荘地。
手入れの行き届いた美しい森の中に、そのカフェは佇んでいた。

「ちゃんと薬飲んできた?高原だから、太陽にちょっと近いよ」
「笑、関係ないでしょ。飲んでるわよ、大丈夫。」

使い古された「新世界ジョーク」に失笑されながら、カフェの重厚な木製のドアを引く。
「いらっしゃい。・・あ、もしかして森田さん?」
「はい。この度はお時間作っていただき、あり」
「まあまあ、挨拶なんかいいから、座って」
カフェの店主、浦澤さんはとても感じのよい、気さくな方だった。緊張していた森田は、肩の力を抜いた。

「素敵なカフェだね」
姉のダンナ、田辺覚は言った。
「ええ。それと、森のなかでしょ。一日中日差しが適度に遮られてるから、ここにいると薬も1錠で済むみたいですよ」

美味しいコーヒーを頂き、本題に入る。
浦澤さんは全てを理解していた。
「ここにはね、みのりちゃんみたいな、紫外線に耐性のある子供がたくさんやって来るんだ。もちろん、それは生きていく上で制限が減るってことだから素晴らしいことなんだけど。世界の40億人から見たら圧倒的マイノリティだからね。慎重にならざるをえない」

「それは、みのりが差別を受ける、ということですか?」
不安しかない、といった表情の姉の質問に浦澤さんは穏やかな口調ながら、現実を伝える。
「差別、ぐらいで済めばいい方だよ。ウィルスによって歪められた遺伝情報をどうやって元に戻すか、どうやって紫外線を克服するかは、世界中の研究機関が必死になって取り組んでいる懸案だ。薬を必要としない人間というサンプルを、お金をいくら積んでも欲しいはずだ。」

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