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十六夜にかぐや姫 【ユリちゃんの大作戦】


 ユリさんは、彼女からお見合いの予定を聞き出し、作戦を立てていた。
 来週、都内のホテルで御堂筋一郎氏と彼女がお見合いをする。
『お見合いだから両家の両親も同席』との話も出たが、それぞれ家の商売が忙しくて東京へ集まるのは難しく、彼女がユリさんのアドバイス入れ知恵で「両家全員集合」を拒んだため、叔父さんが仲を取り持つ形で2人が会うことになっていた。

「所長(ユリさんは叔父さんを『所長』としか呼ばない)が、一郎さんとミワさんを引き合わせて『あとは若い人どうしで』となる流れなので、作戦はそこから始まります」
 ユリさんが彼女と僕に見せるiPadには、叔父さんと別れたあと想定される2人の行動が箇条書きで並んでいる。彼女からお見合いの場所以外の情報も仕入れているようだ。
「2人がホテルのカフェでどうでも良い話をするでしょう? ミワさんにはiPhoneを通話状態にしてもらい、会話の内容をエムさんと私がそれを聞いて作戦のタイミングを図ります。それから…」
 ユリさんのやる気満々な、お見合い妨害大作戦の説明が続いた。

 * * *

「と、まあ、こんな感じですが、いかがでしょう」
 ユリさんは、iPadのKeynoteで作成した十数枚にのぼる資料で大作戦のあらましを説明した。
 今どきの高校生はあなどれない。これほどのプレゼンテーションが出来るのであれば、直ぐにコンサルタント候補で就活出来るのでは?
「作戦の内容はともかく(作戦の中には実現不可能なものもある)このプレゼンスは凄いね。学校の授業でこんなこともやるの?」ユリさんの説明も手慣れている。
「高校ではこんなことやりませんよ。エムさんたちが卒業した高校と同じ大学受験用のつまらない授業ばかりです」
 思わず『それで?』という表情で、その先の説明を促す。
「塾でいろいろ勉強しています。なので軽井沢合宿が終わってからは、ここに来る時間がありませんでした」
 大学受験の塾でないのなら、起業家養成所? 昨今、女子高生の起業家も珍しくない時代。
 興味が湧いたのでユリさんに聞いてみると、ユリさんは答えをはぐらかし「来年になったらお話しします」で、その話は終わり。彼女のお見合い妨害大作戦に話は戻り、ユリさんの作戦内容について話し合いを続けた。

 * * *

 翌土曜日の正午過ぎ、彼女は叔父さんのクルマでお見合い会場のホテルへ向かった。
 僕は2人の出発を見届けてからユリさんに電話を掛け、自分は合宿所に備え付けの古い自転車で最寄り駅へ急いだ。
 叔父さんは土曜午後の道路渋滞を考えて、早めに合宿所を出発したので、僕がこれから電車で出かけても、御堂筋一郎氏との待ち合わせ時刻には間に合うはず。ユリさんは、お昼前からホテルに入り、下見をしておくそうだ。並々ならぬ気合いが感じられる。
 彼女のお見合いが、そんなに気になるのだろうか。

 ユリさんが作った『お見合い妨害大作戦』は、打ち合わせで大きく修正され(ホテルの非常ボタンを押すのは、却下した)、実行計画と裏プログラムに絞り込んだ。
 当日の成り行きで、その中から作戦を選ぶ予定だ。
 土曜日の空いている地下鉄に座り、スマートフォンでプログラムを読み返し「やっぱり、ここはやり過ぎだよなぁ」と、1人でシミュレーションをしていると赤坂見附駅に到着した。
 今回、彼女がお見合いをするホテルは、6月にお狐さま騒動があった挙式会場を運営している赤坂の大きなホテルである。

「着きました」ユリさんに到着したことを電話する。
「エムさん、早く! 叔父さんが2人を引き合わせています!」
「エッ! 彼女から聞いていた待ち合わせ時刻まで、あと30分以上あるはずだけど」言いながら地下鉄の階段を駆け上がり、ホテルへの道を足早に歩いて行く。
「所長のクルマが予定より早く着いて、相手の御堂筋さんも早くホテルに来ていたのだと思います。アッ! 3人がエレベーターへ向かっています」
 それはおかしい。彼女の事前説明によれば、御堂筋氏と彼女はガーデンラウンジでお茶をしたあと、庭園を散歩する予定のはず。
「分かった。エレベーターホールへ向かうから、ユリさんは彼女たちの入る店が決まったら連絡くれるようにメッセージを入れておいて」
「分かりました。ツーッ ツーッ」電話が切れた。ユリさんが彼女にメッセージを送っているのだと思う。

 それにしても困った。
 ガーデンラウンジとホテルの庭園を舞台に作戦を実行するはずだったのに、上の階、おそらくタワーレストランかビューダイニングに向かっていると思うが、そんな見通しの良いレストランだと作戦が実行出来ない。
 ユリさんが最初に作って来た妨害大作戦の中から、没にしたモノを使うしかないのかも知れない。

 エレベーターホールに辿り着くと、ホールから少し離れた庭園が見渡せる大きなガラスエリアでユリさんが小さく手招きしている。
 今日のユリさんは濃いブルーのワンピースに麻のジャケットを羽織り、10cmはありそうなピンヒールと荷物が何も入らない小さなハンドバッグ。先週初めて見たパツッとカットしたショートボブの前髪は先週とは分け方を変えており、色の濃いサングラスを掛けている。童顔で幼く見える外見を、少しでも大人っぽく見せる努力が窺える。
「お待たせ。(彼女たちは)どこに行ったの?」
 ユリさんが、僕の格好を上から下までチェックする様に視線を動かす。
 コードレーンのジャケットに併せたシャツとパンツ、シューズを身につけているので文句は出ないはず。
「ビューダイニングに3人で入りました。所長も一緒です」サングラスを掛けていても困った表情が見て取れる。
「叔父さんも? 叔父さんは2人を引き合わせたら、いなくなる予定では?」
「理由は分かりませんが、まだ2人と一緒にいるそうです」
「困ったね。場所が作戦と違うし、何より叔父さんがいたら芝居が打てない」
 ガラス窓から見えるホテルの庭園を見ながら、どうしたものかと考える。

 ユリさんが「アッ」と言い何かを思いついた表情をして、テレフォンコーナーへ歩いて行きスマートフォンで何処かへ電話をし、しばらくして戻って来た。
「大丈夫です。もうしばらくしたら所長は、いなくなります」ユリさんは得意顔。
「どうやったの?」ユリさんはテレパシーが使える能力者なのか?
「父に電話して『所長が近くに来ていて、時間がありそうだから会えば?』と伝えておきました」
 なるほど、赤坂と神保町ならクルマで直ぐの距離。ユリさんの実家、古書店と叔父さんの関係を聞きそびれているが、叔父さんとユリさんのお父さんが小説家養成合宿所の話をしているのを、ユリさんが耳に挟んだので親しいのだろう。
「叔父さんがエレベーターで降りて来ると鉢合わせするから、何処かに入ろう」ユリさんと僕は、大作戦で御堂筋一郎と彼女が入る予定だったガーデンラウンジに入り、ホテルの通路から陰になる座席に座った。

 ユリさんは彼女にメッセージを打ち終わると、メニューを確認する。
「お昼、まだですよね?(僕「そう言えば食べていない」)今日は長丁場になるかもなので、お腹に何か入れましょう。えっとー(メニューを見ている)、いつお店を出ることになるか分からないので、ランチビュッフェにしませんか?」
「いいよ。それで」 ビュッフェならオーダーを待つ時間も省ける。
 係の人を呼びオーダーを伝えると、ビュッフェの客と分かる札をテーブルに置いてくれた。

「いつ上からお呼びが掛かるか分かりませんから、取りに行きます」食べる気満々のユリさん。見かけによらず、食欲旺盛なことを思い出した。だからランチビュッフェにしたのか。
 ユリさんがバッグとスマートフォンをテーブルに置いたまま料理を取りに行ったので、席で待つと両手に大皿を乗せて戻って来た。右手の皿にはプチケーキがたくさん、左手の皿にはローストビーフと付け合わせ。その組み合わせ、おかしくない?
「戦いに備えてタンパク質と糖分の摂取が必要です」視線に気がついたのか、僕が聞く前に説明いいわけをしたと思うのだが、ユリさんには、彼女のお見合いは戦いなのか。
「なるほど」差し障りのない返事をしながら席を立ち、ビュッフェコーナーに行くと残暑の9月に合わせた涼しげな料理が並ぶ。
冷たいジャガイモスープ、アスパラガスサラダ、冷製ミートパイ、9月のジュース(何だろう?)をテーブルに運ぶと、大皿のケーキが半分ほどなくなっていた。最初にケーキ?順番がおかしくない?と思いつつ席に着く。
「エムさん、水分をたくさん摂取すると、おトイレが近くなって尾行が出来ませんよ」
「彼女たちを尾行するの?」彼女の作った大作戦に、尾行は無かったはず。
「だって前提が大きく変わったでしょう? ミワさんたちが入ったお店は違うし、所長も一緒です。ホテルの庭園で決着をつける予定でしたが、長期戦になるのかも知れません」
 尾行が必要になるかは分からないが、作戦実行の前提が大きく変わったのは間違いない。「次に取りに行くとき、控えるよ」と言い、遅いランチを始めた。

 ユリさんが2回目のビュッフェコーナーで取った皿をキレイに平らげ、僕はデザートが終わりかけていた頃、時計を見ると3人がエレベーターに乗ってから1時間近く経っている。
「叔父さん、降りて来ないね」満腹になり眠たくなってきた。
「エッ! 嘘! なんでお父さんが来ているの!」ユリさんが声を抑えながら小さな溜息をつく。ユリさんの視線を追うとその先には、着流しを着た如何にも神田古書店の店主っぽい人がエレベーターホールに現れた。
「ユリさんのお父さん?」一応確認する。
「何でだろう?『所長が近くに来ているから神田に呼べば?』て言ったのに」解せないユリさんの言葉はホールにいるユリさんのお父さんに届くはずはなく、開いたエレベーターに乗りこんで行く。ユリさんのお父さんも同席すれば、お見合い妨害作戦の実行は不可能となる。
「彼女からメッセージは来てない?」叔父さんが彼女と御堂筋一郎氏と、別れていたら来るはずの連絡はまだ来ない。
「ミワさんにメッセージを入れてみます」ユリさんは手早くメッセージを送り、席を立つと、涼しげなデザートと飲み物を持って戻って来た。
 思わず「まだ食べるの」と言いそうになるのを押さえ、残暑が厳しそうな庭園をガラス越しに眺めていると、テーブルにあるユリさんのスマートフォンが唸り出す。
 ユリさんが取り上げてディスプレイを見ながら「なるほどー、そういう流れになりましたか。今日は長期戦ですね。こちらも戦力を増強しましょう」ユリさんが素早くメッセージを送る。

「結局、どうなったの?」
「上のレストランにいる4人は、所長のクルマで移動するそうです」
「となれば、尾行は出来ないね」僕たちはホテルでの作戦しか立てていない。
「今日、レイさんが日枝ひえ神社にクルマで来ています。同乗して追跡します」ユリさんは、神主修行をしているレイさんまで作戦に加えることを考えていたのか?
「でも、どうやってクルマを追跡するの? 叔父さんたちは直ぐにホテルを出るかもしれないし」スパイ映画の様に簡単にはいかないはず。
「エムさんはSF小説を書いているのに、思いつきませんか?」ユリさんが得意そうにiPhoneの画面を見せてくる。iPhoneの『探す』アプリをタップすると彼女の位置情報が表示されていた。彼女は今、ホテルの上階にいるから僕たちと同じ場所だ。
「見失ったときのことを考えてミワさんと位置情報を共有しておきました」
 ユリさんが『お見合い妨害大作戦』のプレゼンテーションを先週Keynoteにまとめてきた気合いは、未だ続いているようだ。
 テーブルのスマートフォンがまた唸りだし、ユリさんは手に取りタッチして何かを入力してバッグにしまう。
「レイさんが日枝ひえ神社を出てこのホテルに向かっています。ホテルから出て外で待ちましょう」
 ユリさんの動きは早く、小さなハンドバッグとiPhoneを手に椅子から立ち、お店を出た。会計をする札はテーブルに置かれたまま。
 ホテルのレストランで女子高生に払わせるつもりはないが、会計をすると大学生にも分不相応なお値段。どこかで帳尻を合わせなければ。
 会計を済ませてフロアに出ると、ユリさんは正面玄関の方から手を振っている。そっちに行くとレストランから出てくる叔父さんたちと鉢合わせをするのでは?
 急いで正面玄関へ行くと、ユリさんは玄関を出てピンヒールで走り始め、追いかけ始めた僕の方を振り返り大声を出す。「ミワさんたちがエレベーターに乗ります。急いで外に!」
 石畳の玄関から外の出口までユリさんと走る。ゲートを出てホテルの威厳を保つ塀の外にはオレンジ色のアバルト695が停まっていた。運転席にはイタリアの小さなクルマには似合わない白装束のレイさんが座っている。
 ユリさんとアバルトに駆け寄ると、窓を開けたレイさんから「早く乗って」と言われ、助手席のドアを開け、僕が後部座席にユリさんが助手席に座り、ユリさんが今までの様子を説明した。
「状況は分かりました。私はユリちゃんのナビでミワさんたちを追えば良いのね」久しぶりに会うレイさんは、6月に会ったときと同様、落ち着いている。
「昨日『もしかしたら』と連絡していたのが、本当になってしまいスミマセン」なるほど、ユリさんは彼女のお見合い話をレイさんにも伝えていたのか。それにしても手際が良い。
「気にしなくて良いよ。神社の用事はお昼前に終わり、食事をしていたところ。先に着替えておけば良かったけど仕方ないね」なるほど、だからレイさんは上が白装束で下は空色の袴を履いているのか。
「アッ、所長のクルマが出て来ました」ホテルのゲートから年季の入った赤いボルボステーションワゴンが出て来た。
「では追跡を開始します。2人ともシートベルトを忘れずにね」レイさんが落ち着いた物腰で話しかけるので安心してシートベルトを装着すると、スタートボタンを押したレイさんはアクセルを吹かしてマニュアルミッションを1速に入れ、タイヤを鳴らしながらホテルのゲートから反対側に出ていったボルボを追いかけ始めた。

「どこまで行くんでしょう?」助手席に座るユリさんが、誰に聞くでもなく口を開く。
「私も首都高速に乗った時は『ユリちゃんから聞いていた、お見合いの追跡ではないよね』と思ったけど3号や5号ではなくて1号線だから、遠くても三浦半島止まりだと思うけど」レイさんはボルボとの間に一台乗用車を挟んで追跡中。僕と同い年で大学に入ってから自動車免許を取ったと言っていたから運転歴は半年足らずだと思うが、マニュアルミッションの小さなイタリア車を小気味良くドライブする。
「このクルマ、レイさんが選んだのですか?」神主修行には少し似合わないように思う。
「このアバルト? これ兄貴のクルマ。今、論文が忙しくて研究室にこもっているから私が乗ってるの」

 残暑が厳しい9月、週末の午後。
 僕たち3人が乗る小さなイタリア車は首都高速を南西方向に南下して行った。

(つづく)



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