『隻眼の邪法師』 第12章の7

<第12章:修羅の洞窟 その7>

 通路を曲がったアラードたちの眼前に、それは立ちはだかっていた。切り出したままの岩でできた巨大な胴と床まで届く剛腕。洞窟の天井に迫る高みから彼らを睥睨する小さな頭部。壁面で列をなす水晶玉が投げかける淡い光に染められた薄赤い闇を背に、巨体に不釣り合いなその顔面にはめ込まれた水晶玉が、同じ色の光をぼうっと灯していた。

「こいつが番人か!」

 敵愾心もむき出しに無貌の巨人を睨み上げるアラードの隣で、大剣と盾を構えたボルドフが小声で話しかけてくる。

「鈍重そうな見た目だが油断はできん。あの腕の長さなら通路の真ん中からでも両側の壁に届く。すり抜ける隙もない」

「だからといって、正面から撃破するのは無理だろう」

 背後から呻くようにグロスがいった。

「あれでは攻撃呪文など寄せ付けまい。だがあれをなんとかせねば、悪党のもとへは行き着けぬ。いったいどうすれば……」

「動き出す様子はないが固まっているのは危険だ。少し広がって反応を見るぞ」

 ボルドフの言葉を合図に、前列の戦士二人が左右に広がった。背後の三人も並んでいたままの順番で倣った。アルバとグロスがボルドフの、そしてオルトがアラードの背後に。

 だが石の巨人は反応しなかった。動きも見せず、顔面の光にも変化がなかった。人間たちの緊張など知らぬげに、人造の怪物は佇むばかりだった。

「どういうことじゃ……?」

 当惑を隠せぬ様子でアルバが呟いた。

「あるいは使い手の命を受けていないのでは?」

 グロスの言葉にボルドフが頷く。

「油断はできんが通らねばならんのも確かだ。アラード、試してみるか?」

 頷いた赤毛の剣士がじりじりと距離を詰め始めたが、石造りの怪物は微動だにしない。だが駆け抜ける体勢に移りかけた瞬間、突如として激しく明滅する水晶の単眼!

「やはり罠かっ」

 斜め後ろへ跳ぶアラードを躱しつつ、オルトがもたげられた拳の下を潜り抜ける。だがそんな二人に目もくれず、怪物は地響きをたてて背後の三人に迫る。背後のオルトの放つ炎やアラードの斬撃をものともせず、天井から振り下ろされる巨岩の拳!

「危ない!」

 二人の術者を突き飛ばした反動で躱したボルドフが立っていた床を砕く剛腕。左につんのめった術者たちを、だが人造のサイクロプスは一顧だにせず右に逃れたボルドフへと向き直るや、なお着弾するオルトの火術にも全く動ぜず黒髪の戦士を追いつめてゆく。そんな怪物の背後からオルトの上擦った声が叫ぶ!

「こ、これではどうにもならぬ。待っててくれ! こいつを操る悪党は私が倒す!」

「待て! 早まるなっ!」

 焦るアルバの叫びを背に洞窟の奥へと駆け去る少壮の院長。再び床を抉った剛打をからくも躱したボルドフが怒鳴る。

「どうやらこいつの狙いは俺だ。院長どのを追ってくれ! 俺もすぐ後を追う」

「……わかった」

 一瞬の逡巡をかみ殺すようにグロスが応じ、ためらうアルバを引きずらんばかりに洞窟の奥へと走り去る。それを目の隅に認めつつ、裂帛の気合いとともに巨人の足下を切りつけるアラード。火花を立てて弾かれる剣を両手に持ち替えるや、巨人に対峙する師に並び立つ。

「俺にかまうな。おまえも行け!」

「隊長を置いて行けません!」

「……強情な奴め。だがこのままではあいつらも危険だ。三回でこいつを倒せなければ行け。これは命令だ!」

 命じた師も頷く弟子も、目は巨人から一瞬も離さない。そんな二人めがけ両腕を高々と掲げつつ、巌の怪物は頭上の暗がりから獲物をねめおろす。


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「小癪な、奴め……」

 魔法陣を一歩出たまま、手にした水晶玉を睨む隻眼の邪法師が呻く。その声は水晶を通じてこちらを睨む黒髪の戦士への憎悪に黒々と染まっている。

 ゴーレムに剣など通用しない。そのはずなのに直感が告げていた。彼らがただ者でないことを、ゴーレムでは倒せぬ相手だと。現に手勢はすでに何人もがゴーレムを突破した。残る戦士たちも続くに違いない。そしてこの洞窟を突き進んでくるのだ。自分を討ちに、滅びた村の復讐に!

 哄笑が喉から迸る! 咳込み、血の混じった痰を吐きつつも、切れ切れの嘲笑が赤く染まった地の底にこだまする。

「愚か者めが! もはや死ぬと決まった俺をわざわざ殺しにくるとはな。ならばその徒労に報いてやるわ!」

 よろめきつつも魔法陣から離れ、右手の壁際をめざす男。その横顔を左から射す赤光が鬼面にも似た隈取りで彩る。指の欠けた手が壁から伸びた三本のレバーを次々と押し下げるや、反対側に口を開けた奈落の底から射す赤光が次第にゆらめき始める。壁に背を向け奈落に相対した男が中空を仰ぐや呪詛の叫びを頭上へと放つ!

「くるがいい! より奥深く! 破滅をめざして駆けてこい! あと一刻もすればこの奈落から溶岩が吹き上がり、洞窟を満たし火の山を崩し、荒野までも呑みつくすぞ。逃れられるなどと思うな! この俺が直々に相手をしてやるのだからな」

 天井に明滅する光が激しさを増すのに突き動かされるように、再び魔法陣によろけ込む魔導師。ぼろぼろのローブに身を包んだその黒き姿は、もはや死神以外の何者でもなかった。


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